Motorcycle Girl (Pakistan)

4.0
Motorcycle Girl
「Motorcycle Girl」

 2018年4月18日にラホールでプレミア上映され、20日にパーキスターン全国で公開された「Motorcycle Girl」は、パーキスターン人女性で初めてバイクに乗って中国国境のクンジュラーブ峠まで到達したゼーニト・イルファーンの伝記映画かつアドベンチャー映画である。

 監督はボクシング映画「Shah」(2015年)でデビューしたアドナーン・サルワール。主演は「Jawani Phir Nahi Ani」(2015年)に出演していたソハーイー・アリー・アブロー。他に、サミーナー・ピールザーダー、アリー・カーズミー、サルマド・クーサト、シャミーム・ヒラリー、ハーディー・ビン・アルシャドなどが出演している。

 ラホール在住のゼーニト・イルファーン(ソハーイー・アリー・アブロー)は、幼い頃に亡くした父親の夢である、バイクでクンジュラーブ峠まで行くという冒険を自分の夢にしていた。彼女は、保守的な祖母(シャミーム・ヒラリー)の反対に遭いながらも広告代理店で働いていた。しかしながら、通勤に苦労し、よく遅刻もしていた。弟のスルターン(ハーディー・ビン・アルシャド)からバイクの運転を教えてもらったゼーニトはバイクで通勤し始めるが、ボス(サルマド・クーサト)からは叱られる。もちろん、家族からも大反対を受けた。

 祖母はゼーニトを、ニューヨーク在住の医者ザファル(アリー・カーズミー)と結婚させようとする。職場の同僚に失恋させられ、クビにもなったゼーニトはザファルとの結婚を決め、婚約もするが、結婚する前に父親の夢を叶える許可をもらう。ゼーニトはバイクに乗ってクンジュラーブ峠を目指す。Facebookで冒険を報告するが、フォロワーからは多くの否定的なコメントを受けた。

 ゼーニトは順調にカラーコラム・ハイウェイを北上するが、パスーで事故に遭い、村人に助けられる。パスーでは女性たちが自立して生き、少女たちも大きな夢を抱いていることを知り、影響を受ける。ザファルがパスーまでやって来るが、ゼーニトは婚約を破棄し、一人でクンジュラーブ峠を目指す。そして遂に到達する。

 ゼーニトは有名人となり、女性リーダーシップ会議で演説もする。ゼーニトは女性に対し交通の自由を手にすることを訴える。

 インドのバイク乗りにとって、誰もが憧れる聖地といえば、ラダック地方にあるカルドゥン峠である。標高は5,602mとも5,359mともいわれているが、どちらにしてもインドでもっとも標高の高い自動車通行可能道路になる。それではパーキスターンにはカルドゥン峠にあたるようなバイク乗りの聖地があるのかといえば、どうやらそれはクンジュラーブ峠(標高4,693m)のようだ。峠は中国との国境を成しており、その先は新疆ウイグル自治区になる。ユーラシア大陸を横断する旅人には有名な峠である。「Motorcycle Girl」の主人公ゼーニトはラホールからバイクでクンジュラーブ峠を目指す。

 映画中に出て来た具体的な地名は以下の通りだ。まず、出発地はラホール(Lahore)で、そこからグジラート(Gujrat)を経由し、カラーコラム・ハイウェイに入る。途中、標高4,173mのバーブーサル峠を越えて北上し、パスー(Passu)に至る。そこでしばらく逗留するが、旅を再開し、とうとうクンジュラーブ峠(Khunjerab Pass)に到達する。ラホールからの距離は1,200km近くになる。

 映画は、ゼーニトがバイクに乗って道路を走るシーンを「現在」とし、その合間に複数の回想シーンを差し挟んで、彼女が旅立った理由や、そこに至るまでの経緯が語られる構成になっている。

 当然、若い女性であるゼーニトは、家族や世間からバイクに乗ることすら眉をひそめられる。インド映画よりもさらに保守的な風潮が感じられ、女性が外で働くことすら容易に許されない雰囲気である。しかも、職場では彼女は正当に評価されない。彼女がせっかく用意したプレゼンテーションを、上司のお気に入りの男性同僚に奪われてしまう。そしてとうとうクビになってしまう。

 もちろん、結婚も差し迫ってくる。ゼーニトはザファルというハンサムな医師と婚約するが、彼はニューヨーク在住なのにもかかわらず、非常に保守的だった。ゼーニトは大学で勉強するために働いてお金を貯めていたが、ザファルは、自分と結婚すれば何不自由ない生活が待っているのだから、勉強することも働くことも無駄だと言い放つ。そして彼女に、家庭に入って母親になるように圧力を掛ける。それでも、ザファルは彼女がバイクでクンジュラーブ峠へ行くことを許してくれた。

 よって、世間の視線は冷たかったものの、ゼーニトは婚約者の許可を取り付け、旅に出る。決して全てを捨てて旅立ったわけではない。それでも、彼女がFacebookに旅の様子をアップロードすると、フォロワーからは多くの否定的なコメントが寄せられた。「異教徒(カーフィル)」という悪口まで言われた。

 彼女の行動には逆風が吹いていたが、いざ旅を始めてみると、途中で出会う人々の多くは彼女の冒険を応援してくれた。特にパスーで医師や宇宙飛行士になる夢を堂々と語る少女たちと出会ったことで彼女の考えはガラリと変わる。今までゼーニトは、都会に住む自分たちが先進的で、田舎は保守的だと考えていた。ところが実際に彼女が目の当たりにしたのは、むしろ都会の人々の方が因習に囚われ、「常識」の名の下に女性の自由を奪おうとしている現状であった。ゼーニトが後進的な生活を送っていると決め付けていた田舎の女性たちは、意外にも、よりよい未来に向かって前向きに自分の人生を謳歌していた。

 クンジュラーブ峠に到達し、パーキスターンでもっとも有名なバイク乗りになったゼーニトは、TEDのような場に呼ばれ、自分の冒険を語る。そこで彼女は、移動の自由がないために女性の自立が脅かされていると指摘し、女性たちに自分の交通手段を持つことを訴える。

 「Motorcycle Girl」はバイクがテーマの映画だったために、女性たちもバイクに乗るように訴えかけるメッセージに聞こえるが、もっと大きく捉えるべきであろう。インドでは各都市で次々にメトロ(地下鉄)が開通している。メトロの恩恵を最大限に享受しているのは女性だとされている。今までインドでは公共交通機関が脆弱で、しかも決して快適ではなかった。バスに乗れば痴漢の被害に遭うし、オートリクシャーに乗れば料金交渉をしなければならない。公共交通機関が発達していない地域ではどうしても女性が出不精になってしまう。だが、メトロができることで女性が安心して利用できる交通手段ができ、一気に可能性が広がるのである。パーキスターンでも2020年にラホールでメトロが開通している。おそらくこれから女性たちが移動の自由を享受し始め、社会が変わっていくはずである。

 「Motorcycle Girl」は実話にもとづいた物語であり、ゼーニト・イルファーンは実在の人物だ。ただし、彼女の生い立ちは映画では完全に語られていない。実はゼーニトはアラブ首長国連邦(UAE)のシャールジャで生まれている。彼女がパーキスターンに移住したのは13歳の頃で、それまで多様な子供たちと共に教育を受けてきた。よって、彼女は生い立ちから通常のパーキスターン人女性とは異なる。やはりパーキスターンに住み始めてからは窮屈な生活を余儀なくされたようだ。また、母親がかなり理解のある人で、実は彼女にバイクに乗ることを勧めたのも母親らしい。さらに、彼女は単独でクンジュラーブ峠までバイクで到達したわけではなく、仲間がいた。映画では、よりドラマティックにするために、その辺りの事実が改変されている。

 ちなみに映画中でソハーイー・アリー・アブローが乗っていたバイクは、アトラス・ホンダのCD125Redのはずである。125ccの単気筒バイクで、日本の法律では原付二輪になる。実際のゼーニトも125ccのバイクでクンジュラーブ峠まで走ったようだ。

 ゼーニトの行動はパーキスターンで大きなセンセーションとなったようだ。パーキスターン人女性がバイクに乗ってツーリングしたこと、そして125ccの小型バイクでクンジュラーブ峠まで到達したことが、二重の驚きだったようである。

 ゼーニトが最後のスピーチで触れていた勇敢なイスラーム教徒女性は、カウラ・ビント・アル・アズワルだ。預言者ムハンマドの同志として知られる軍事指揮官で、正統カリフ軍のレバント征服に寄与したことで知られている。ゼーニトは、武器を持ち馬を駆って活躍した女戦士カウラの例を出し、イスラーム教では女性がバイクに乗ることは禁止されていないと訴えたのである。

 「Motorcycle Girl」は、女性がバイクに乗ってラホールからクンジュラーブ峠を目指すという筋書きのロードムービーである。展開は大体予想通りであるが、旅情にカラーコラム・ハイウェイの険しくも美しい風景が重なり、しかも人間ドラマもうまくまとまっていて、観ていて爽快感のある作品になっている。パーキスターン映画の底力を感じさせてくれる映画だが、興行的には振るわなかったようで残念である。まだまだ女性主人公の映画はパーキスターンでは受け入れられにくいのかもしれない。