
2017年10月13日に釜山国際映画祭でプレミア上映され、インドでは2018年9月1日からNetflixで配信開始された「Love and Shukla(愛とシュクラー)」は、オートリクシャー運転手と新妻の間の淡いラブストーリーである。
監督はスィッダールタ・ジャートラー。「ジャートラー・スィッダールタ」とクレジットされることもある。撮影監督としてのキャリアが長い人物であり、数本の短編映画を監督しているが、長編映画の監督は本作が初である。キャストは、サハルシュ・シュクラー、タニア・ラージャーワト、ヒマー・スィン、アパルナー・ウパーディヤーイ、ロークナート・ティワーリーなどである。
マヌ・シュクラー(サハルシュ・シュクラー)はムンバイーでオートリクシャーの運転手をしていた。母親(アパルナー・ウパーディヤーイ)はマヌをラクシュミー(タニア・ラージャーワト)と結婚させる。ラクシュミーはとてもシャイな女性で、ほとんど口を利かなかった。
マヌの一家はチャール(集合住宅)の狭い部屋に暮らしていた。新婚のマヌはラクシュミーと初夜を迎えたかったが、家族が一緒に寝ていてなかなかチャンスがない。しかも、嫁入りしていた姉のルーパー(ヒマー・スィン)が夫のスニールに暴力を振るわれ実家に戻ってきてしまう。マヌの家はますます手狭になり、マヌはラクシュミーと水入らずの時間を過ごすのが難しくなった。
両親とルーパーが出掛けたときがあった。マヌはラクシュミーを連れ出し、ホテルの一室に入る。だが、買春をしていると勘違いした警察が踏み込んできて邪魔をされる。
酔っ払って帰ってきたマヌは母親やルーパーに当たり散らす。翌朝、マヌは何を言ったのか全く覚えていなかった。夫と電話で話していたルーパーを見つけたマヌは彼女と話し、悩みを聞く。マヌはスニールのところへ行き、彼を家に連れて来る。母親はスニールを叱るが、マヌが母親を叱り、ルーパーはスニールと婚家に戻ることになる。
マヌとラクシュミーはアラビア海を眺めながら、初めて心を打ち明け合うことができた。
親が子供の結婚相手を勝手に決めてしまうアレンジド・マリッジが主流のインドでは、恋愛は結婚後に始まるといわれる。結婚式で初めて顔を合わせた新郎新婦が、結婚後にお互いを知り、恋愛関係に入っていくのである。「Love and Shukla」の主人公マヌとラクシュミーの関係もそのようにして始まる。
だが、我々外国人の目からすると、インド人の夫婦生活には謎が多い。よく疑問として挙がるのが、インド人夫婦はいつセックスをしているのかということである。中産階級以下の家庭は狭い部屋で集住していることが多い。そんな環境において夫婦がゆっくりセックスをするプライベートな空間や時間はなかなかなさそうなものである。「Love and Shukla」の夫婦もまさにそういう悩みを抱えていた。
さらに、マヌは結婚まで女性経験がなかった。彼はブラーフマンであり、女性を邪な目で見てはいけないという教育を受けたため、女性経験がなかったと語っていたが、カーストの上下にかかわらず、インドでは男女の垣根が高いため、異性経験がないまま結婚する男女は今でも少なくないと予想される。しかし、マヌはとても優しい男性であり、ラクシュミーに強要することはなかった。家庭内暴力や家父長制などを取り上げた映画ではなかった。
この映画で槍玉に挙がっていたのはむしろ母親であった。マヌの母親は、嫁いできたばかりのラクシュミーに対し水を持って来させたりチャーイを作らせたりして、使用人扱いしていた。自分はずっと嫁姑モノのTVドラマを観ていた。娘のルーパーが嫁ぎ先で虐待を受けて戻って来ると、相手家族の悪口を言うのだが、自分が同じことをラクシュミーに対してしていることを完全に棚に上げていた。しかも、父親はどんなことがあっても沈黙を守り、妻に干渉しようとしなかった。それがマヌの家で母親の傍若無人ぶりを助長していたのだった。マヌがラクシュミーとの幸せな夫婦生活を築くためには、まず母親を黙らせる必要があった。
「Love and Shukla」で描かれた家族の姿は、おそらく多くのインド人が共感できるものなのではなかろうか。一般のインド映画のように結婚生活がバラ色のファンタジーで飾り立てられることなく、母親が神格化されることもなく、現実そのものが正直に描写されていたといえる。
また、オートリクシャー運転手という仕事が楽ではないことも描かれていた。とにかく乗客から運賃を踏み倒されることが多いのである。挙げ句の果てには真夜中に乗せた乗客から集団で暴行され強盗までされてしまう。オートリクシャー運転手というと、低予算でインドを旅行する外国人旅行者がまずお世話になるインド人であり、デリーやアーグラーなどの都市ではその悪質さがしばしば話題に上るが、彼らも彼らで多くのリスクを抱えながら仕事をしているのだということがうかがえる。
さまざまな苦労がありながらもマヌはへこたれることなく常に前向きである。ラクシュミーも全力で夫を支え、付き従う。そういう過程があったおかげで、映画の最後、砂浜に座って語り合う二人の姿はとても微笑ましくまぶしく感じられた。幸せになってほしいと心から願わされた。
「Love and Shukla」は、インド人下位中産階級の新婚夫婦が直面する悩みを赤裸々に描きだしたリアリズム映画である。アレンジド・マリッジしたばかりの、ひたすら優しい夫と恥ずかしがり屋の妻が、日々の問題に立ち向かいながら、徐々に絆を深めていく様子が静かに描き出される。佳作である。