Vikram Vedha (Tamil)

4.0
Vikram Vedha
「Vikram Vedha」

 2017年7月17日公開のタミル語映画「Vikram Vedha」は、インドの説話集「バイタール・パチースィー(屍鬼二十五話)」に着想を得て作られた、警官とギャングの間の物語である。「バイタール・パチースィー」は「千夜一夜物語」のような枠物語である。ヴィクラマーディティヤという王がバイタールと呼ばれる屍鬼を捕らえるが、その屍鬼が物語を語り出し、最後に問い掛けをする。王がその問いに正しく答えると、屍鬼は逃げ出し、また王は屍鬼を追うことになる。その繰り返しにより、複数の小話が語られていく。題名「Vikram Vedha」は、善玉ヴィクラムと悪玉ヴェーダーの名前から構成されているが、これは「バイタール・パチースィー」のヴィクラマーディティヤ王と屍鬼バイタールをもじったものになっている。

 監督はプシュカル・ガーヤトリー。プシュカルとガーヤトリーという夫婦によるデュオ監督だ。音楽はサムCS。善玉ヴィクラムを演じるのはRマーダヴァン、悪玉ヴェーダーを演じるのはヴィジャイ・セートゥパティである。その他のキャストは、シュラッダー・シュリーナート、ヴァララクシュミー・サラトクマール、プレーム・クマール、アチユト・クマール、マニカンダン、ハリーシュ・ペーラディ、ヴィヴェーク・プラサンナ、カティルなど。

 タミル語版を英語字幕で鑑賞したため、細かい部分までの理解はできていない。

 舞台はチェンナイ北部。ヴィクラム警部補(Rマーダヴァン)は、同僚のサイモン(プレーム・クマール)と共に潜伏中のギャングの親玉ヴェーダー(ヴィジャイ・セートゥパティ)を追っていた。タレコミを受けて踏み込んだアパートの一室で数人のギャングを射殺する。その中には非武装の若者もいたが、ヴィクラム警部補は現場を偽装して、正当防衛を演出する。

 その後、突然ヴェーダーが警察署を訪れ自首をする。ヴェーダーは尋問に来たヴィクラム警部補に対し、ひとつの物語を聞かせる。13年前、ヴェーダーがギャングの親玉チェーター(ハリーシュ・ペーラディ)の信頼を得てのし上がるまでの話であったが、その中で彼の弟プッリについても語られた。ヴィクラム警部補の妻プリヤー(シュラッダー・シュリーナート)は弁護士で、ヴェーダーの弁護を務めることになった。彼女がヴェーダーの保釈命令を持って来たため、彼は保釈となる。だが、ヴィクラム警部補は、自分が殺した非武装の若者がヴェーダーの弟プッリであることを直感する。また、ヴェーダーが最後にヴィクラムに問い掛けた内容から、チームを率いていたサイモンの命が危ないことを察知する。だが、サイモンはプッリの妻チャンドラー(ヴァララクシュミー・サラトクマール)と共に廃工場にて遺体で発見された。

 サイモンを殺したのはヴェーダーに違いないと考えたヴィクラムは、プリヤーを尾行してヴェーダーの居所を突き止め、急襲する。ヴェーダーは捕まるが、彼は再びヴィクラムにひとつの物語を聞かせる。それは3年前の話で、成長したプッリ(カティル)はヴェーダーのマネーロンダリングを助けていた。マネーロンダリングに興味を持ったチェーターはヴェーダーに500万ルピーを預けるが、チャンドラーが持ち逃げしてしまった。その後、チャンドラーはプッリのところに帰って来て金も返すが、チェーターはチャンドラーの殺害をヴェーダーに命じた。ヴェーダーはプッリとチャンドラーを守ることを決意し、チェーターと抗争状態に入る。ヴィクラム警部補も彼の選択に同意したが、ヴェーダーは突然彼を襲い、逃げ出す。

 ヴィクラム警部補は、サイモンにプッリの居所を教えたタレコミ屋を探す。彼はケーララ・ギャングの一員によって殺されていたが、残っていた証拠から、ヴェーダーの下で働くラヴィ(ヴィヴェーク・プラサンナ)が裏切り者であることに気付く。ラヴィはプッリの居所を警察に流すことで、ヴェーダーを追い落とそうとしたのだった。ヴィクラム警部補はその情報をヴェーダーに渡す。ヴェーダーはラヴィを、サイモンが殺された廃工場に連れて来る。そこへ駆けつけたヴィクラム警部補に対し、ヴェーダーは3つ目の話を語り出す。

 それは半年前のことだった。ヴェーダーはプッリとチャンドリカーをムンバイーに逃していた。ヴェーダーはムンバイーで銃を調達し、チェンナイでのチェーターとのギャング戦争を有利に進める。だが、チェーターはヴェーダーに不満を抱いていたラヴィを仲間に引き込む。ラヴィは警察を買収してヴェーダーのギャングを一網打尽にしようとした。警察の中にギャング掃討のための特別部隊が編成され、サイモンが率いることになった。サイモンには病気の息子がおり、その手術代を捻出するため、ラヴィからの賄賂を受け入れていた。

 それを聞いたヴィクラム警部補は半信半疑であったが、ヴェーダーがラヴィを殺してしまったため、真偽を聞き出せなかった。そこへヴィクラム警部補の上司スレーンダル(アチユト・クマール)と警官たちが駆けつける。ヴィクラム警部補は、警察全体がラヴィに買収されていたことを知る。サイモンを殺したのも彼らだった。スレーンダルたちは、チャンドリカーを誘拐して暴行を加え、それによってプッリをおびき出し、プッリを殺すことでヴェーダーをおびき出そうとしていたのである。それを知ったヴィクラム警部補は殺されそうになるが、ヴェーダーが救援に駆けつける。二人は警察と銃撃戦を繰り広げ、最後にヴィクラム警部補はスレーンダルを殺す。一息付いた後、ヴィクラム警部補とヴェーダーは銃を突き付け合う。

 警察とギャングの間の戦いを描いた映画だった。通常ならば、警察が善玉、ギャングが悪玉となる。主人公ヴィクラム警部補も当然のように警察は善の側だと信じていた。彼はギャングを掃討する上で、犯人を法に則って逮捕せず、正当防衛を言い訳にして射殺してしまう「フェイク・エンカウンター」の手法を用いていたが、相手は全員悪人ということで、全く罪悪感を抱いていなかった。彼は、任務としてギャングの親玉ヴェーダーを追い、同僚かつ親友のサイモンが殺されてからは、彼を殺したのはヴェーダーだと決め付け、私情も入れながらヴェーダーを追い続けた。

 だが、ヴェーダーとの一連のやり取りの中で、ヴィクラム警部補の心の中にあった、警察が常に善であるという信念が揺らぎ始める。それを引き起こす触媒として働いていたのが、ヴェーダーがヴィクラム警部補に聞かせる物語と、彼の問い掛けだった。この部分が「バイタール・パチースィー」のスタイルを踏襲している。

 ヴェーダーは主に3つの小話と3つの問い掛けをする。最初の問い掛けは、弟プッリが受けた暴行に関するものだった。当時、チェンナイ北部のアンダーワールドを牛耳っていたギャングの親玉はサングーで、ラヴィはその手下だった。サングーは、警察に密告したプッリを罰するようにラヴィに命じ、ラヴィはそれに従ってプッリの右手を鉄串で刺した。それを知ったヴェーダーはすぐに復讐に乗り出す。ヴェーダーの問いは、実行したラヴィを殺すべきか、命じたサングーを殺すべきか、であった。ヴィクラム警部補は迷わずサングーを選ぶ。ヴェーダーもその通りにサングーを殺し、彼に成り代わったのだった。

 2つ目の問い掛けは、やはりプッリとその妻チャンドリカーに関するものだった。チャンドリカーは、ヴェーダーが親分のチェーターから預かった大金を持ち逃げしてしまう。後にチャンドリカーはプッリへの愛情に目覚め、自ら帰って来て、金も返す。だが、チェーターの怒りは収まらず、ヴェーダーにチャンドリカーの殺害を命じる。それを拒否したらヴェーダーはチェーターと戦うことになるが、それを実行したらプッリは敵になる。どうしたらいいか問われたヴィクラム警部補は、プッリを選ぶ。実際にヴェーダーはプッリとチャンドリカーを守り、チェーターと抗争状態に入る。

 3つ目の問い掛けは、ヴィクラム警部補の親友サイモンに関するものだった。サイモンには重病を患った息子がおり、その手術代は、とても警察の安月給で賄えるものではなかった。チェーターの手下になったラヴィは、サイモンの弱みにつけ込み、彼を買収して、チェーターのライバルとなったヴェーダーのギャング掃討を警察に任せる。これについて是非をヴィクラム警部補は問われる。サイモンのみならず、他の警官もそれぞれ金につられ、チェーターのギャングには手を付けず、ヴェーダーのギャングのみ、掃討していた。ヴィクラム警部補のみは金を受け取っていなかったが、彼が正義と思ってやっていたことは、全てチェーターのギャングの思惑通りに進んでいたものだった。彼は知らず知らずの内に悪に加担していたのだった。

 これらのやり取りを通して、ヴィクラム警部補は今まで明確に線引きをしていた善と悪に線引きができなくなる。映画のラストでヴィクラム警部補とヴェーダーは力を合わせてスレーンダル以下の警官たちを銃撃戦を繰り広げるが、それが一段落付くと、今度はお互いに銃口を向ける。そこで映画が終わっているため、その後の展開は観客に委ねられていた。

 ヴィクラム警部補を演じたRマーダヴァンとヴェーダーを演じたヴィジャイ・セートゥパティはどちらも高い演技力で知られるスター俳優たちである。今回、両者ともハードボイルドな役柄を見事に演じ切っており、素晴らしかった。

 「Vikram Vedha」は、説話集「バイタール・パチースィー」に着想を得て作られた、タミル語映画界の演技派スターたちの競演によるハードボイルドなアクションスリラー映画である。枠物語構造によって善と悪の境界線が次第に霞んで行くのが乙である。興行的にも批評家的にも成功を収め、タミル語ネオノワール映画の傑作に数えられている。サイフ・アリー・カーンとリティク・ローシャン主演でヒンディー語リメイクも作られている。