レーカー主演の名作「Umrao Jaan」(1981年)を撮ったことでヒンディー語映画史に永遠に名を刻むことになったムザッファル・アリー監督は、アワド地方コートワーラー藩王の家系に生まれた王族であり、芸術家である。映画監督は彼の数ある肩書きのひとつに過ぎず、「Anjuman」(1986年)を撮った後は映画界から離れていた。その彼が約30年振りに作った映画が、2015年8月7日公開の「Jaanisaar(愛国者)」であった。
主演はパーキスターン人俳優イムラーン・アッバースとインド人デザイナーで古典舞踊家の新人パルニヤー・クライシー。ムザッファル・アリー監督自身が重要な脇役で出演している他、ダリープ・ターヒル、ビーナー・カーク、カール・ウォートンなどが出演している。
1857年、インド大反乱の後、アワド地方の藩王国の王子アミール・ハイダル(イムラーン・アッバース)は英国に送られ、ヴィクトリア女王の庇護の下、英国人高官ジョン・キャヴェンディッシュ(カール・ウォートン)に育てられる。 それから20年後の1877年、知事としてキャヴェンディッシュはアワド地方に赴任することになり、アミールも戻ることになった。クンワル・イクバル・ハサン(ダリープ・ターヒル)など、地元の王族はアミールの帰還を歓迎する。 アミールはタワーイフ(芸妓)のヌール(パルニヤー・クライシー)と出会い恋に落ちる。ヌールは、密かに反英活動を行うミール・モホスィン・アリー(ムザッファル・アリー)から軍事訓練を受けていた。 アミールはキャヴェンディッシュから、父親のアッバース・ハイダルは親英的な人物だと聞かされてきたが、現地で人々の話を聞くと、それとは正反対で、20年前に英国と果敢に戦った人物だということを知る。また、ヌールの所属する館の主ムシュタリー・ジャーン(ビーナー・カーク)は、アミールとヌールが近付くことを嫌い、二人の仲を裂こうとする。 英国はタワーイフに対し締め付けを強め、ムシュタリーの館に押し入る。ムシュタリーは死に、ヌールは売春婦の烙印を押される。アミールはヌールとの誤解を解き、ミールと共にキャヴェンディッシュに反旗を翻す。列車で移動中だったキャヴェンディッシュを襲撃し、彼を殺すが、ミールも殺されてしまう。
1980年代のノリで2010年代に作られた映画であり、映像やストーリーテーリングなど、時代錯誤も甚だしい。映画というよりも舞台劇を観ているようで、現代の観客に受け入れられることはないだろう。主演であるイムラーン・アッバースとパルニヤー・クライシーのどちらも大根役者であり、演技面からも映画に命を吹き込むことができていなかった。
ただ、衣装には目を引くものがあった。ムザッファル・アリーは「House of Kotwara」というファッションブランドを持っており、アワド地方の特産品であるチカン刺繍などを施したインド貴族スタイルのアパレルを売り出している。「Jaanisaar」は映画というよりもファッションカタログなのではないかと感じた。
また、近年の映画の中ではダンスシーンがよく挿入される映画であった。パルニヤー・クライシーの演技は素人レベルだったが、タワーイフ役で起用されただけあって、ダンスだけは悪くない。パルニヤーは幼い頃からアーンドラ地方の古典舞踊クーチプーディを習ってきたプロの古典舞踊家だ。しかも、「Jaanisaar」ではカッタクの巨匠パンディト・ビルジュ・マハーラージが振付をしており、「Hamein Bhi Pyar Kar Le」や「Achchi Surat Pe」など、人々の前で踊るムジュラーのシーンは大きな見所になっている。
ウルドゥー語の牙城ラクナウー周辺部の物語であり、台詞で使われる言語は、ヒンディー語というよりもウルドゥー語だ。雅な言葉遣いがされており、ウルドゥー語の学生にとっては教材になり得る作品の一本である。ヒンドゥー教徒のキャラの中にはアワディー語訛りのヒンディー語を話す者もいた。
ムザッファル・アリー監督の「Umrao Jaan」もタワーイフが主人公の映画であったが、「Jaanisaar」でもタワーイフの存在感はとても強い。一般的にタワーイフは娼婦と同一視されるが、アリー監督は両者を厳密に分けている。19世紀、タワーイフたちはもっとも教養のある女性たちで、インド文化の保護者であった。英国から20年振りにインドに帰ってきたアミールは、インド文化を学ぶため、タワーイフの館に送られる。また、英国がタワーイフを「売春婦」と同じカテゴリーに分類して規制しようとしたとき、館主のムシュタリーは「タワーイフは売春婦ではない!」と言い返す。
「Jaanisaar」は、「Umrao Jaan」の物語から20年後のアワド地方を舞台にした時代劇であり、インドを植民地支配する英国に反旗を翻すインド人フリーダムファイターたちの物語である。芸術家が作った映画なだけあって、衣装やダンスなど、映画を彩る芸術分野の作り込みは素晴らしい。だが、その反面、ストーリーは貧弱で、主演俳優たちの演技も学芸会レベルである。当然、興行的にも大失敗に終わった。ダンスシーンなどを観るだけで十分な作品だ。