Daughters of Mother India

3.5
Daughters of Mother India
「Daughters of Mother India」

 2012年12月から13年4月に掛けて、2つの強姦事件がデリーを震撼させた。ひとつめは俗に「ニルバヤー事件」と呼ばれるデリー集団強姦事件で、女子医学生が走行するバスの中で6人の男性に集団強姦され残忍な暴行を受けた事件である。2012年12月16日の夜に発生し、被害者の女性は13日後に死亡した。ふたつめはグリヤー事件と呼ばれており、ニルバヤー事件からわずか4ヶ月後の2013年4月15日に発生した。この事件では、わずか5歳の少女が2人の男性に誘拐されて強姦された。

 2014年に初上映のドキュメンタリー映画「Daughters of Mother India」は、上記2つの事件を導入として、これらの事件がどのように人々の意識を変え、社会に影響を及ぼしていったか、著名人のインタビューなどを通して追っている。監督はヴィバー・バクシーである。

 社会学者のディーパーンカル・グプター教授は、インドの女性問題の根源が「カンニャーダーン・コンプレックス」にあると喝破する。インドでは、花嫁側の家族が花婿側の家族よりも下の立場に置かれ、持参金も花嫁側から花婿側に支払われる。娘を持つことは社会的地位の低下につながることになるため、女児の誕生が忌避され、堕胎もされる。たとえ無事に生まれたとしても、女性は男性よりも低く扱われ、それが「女性には何をしてもいい」という偏見に行き着く。インドにおいてなかなかレイプが減らないのは、社会の根本に「カンニャーダーン・コンプレックス」があるためで、その解決のためにはこの慣習を変えるしかないと述べる。

 家族に女児が生まれることで社会的地位が下がる割に、女性を無事に育て結婚させることは大きな責務であり、それができるかどうかがその家の名誉と直結する。よって、レイプの被害に遭った女性は家名を汚す存在となり、その家にとって重荷になる。レイプされたら死んだ方がマシというのが、その家族の正直な思いでもある。そうでなくとも、ひたすら世間に隠し通そうとする。そのため、強姦事件が起こった場合、被害女性とその家族が泣き寝入りをするのが大半で、逆にレイプ犯は犯罪を犯しても裁かれることがなくなり、ますます調子の乗ることになる。

 これがニルバヤー事件が起きるまでの状況だが、ニルバヤー事件が起き、人々が「これではいけない」と果敢に立ち上がったことで、強姦の被害に遭った女性が声を上げられるようになった。警察も、性犯罪の被害に遭った女性たちの被害届を受けやすい制度を整え、警察官の意識改革にも取り組んだ。ニルバヤー事件以降、ヘルプラインへの相談件数も飛躍的に伸び、今までなかなか表に出てこなかった事件が表に出るようになった。

 社会を変革するためのもっとも効果的な手段は教育である。インドの幼稚園や学校では「グッド・タッチとバッド・タッチ」など、子供の頃から性犯罪に対する警戒心を植え付けようと努力している。また、活動家アルヴィンド・ガウルが創設したアスミター劇団のように、ストリートパフォーマンスによる啓蒙活動を行っている団体もある。

 ニルバヤー事件をきっかけに性犯罪に関する法律改革も進んだ。ニルバヤー事件後に政府に対する提言をまとめたメンバーの一人、法務次官補のインディラー・ジャイスィンのインタビューもあった。その提言は画期的なもので、それを受けて、強姦の定義拡大や厳罰化、裁判の迅速化など、様々な改革が行われた。

 女性初の警察官僚であり、現在は社会活動家のキラン・ベーディーは、女性の治安問題を解決するためには、両親、警察、司法、政治家、刑務所が連携して対処する必要性を唱え、男性はもっと感受性を、女性はもっと勇気を持つべきだとしている。

 「Daughters of Mother India」は、ニルバヤー事件などを通し、「レイプ大国」として世界中に悪名を轟かせるようになってしまったインドが、どのように自己改革しようとしているのかを見せてくれる作品である。なかなか状況は改善されていないのだが、それでも強い問題意識と責任感を持って取り組んでいる人々がたくさんいることが分かり、勇気づけられる。