ラージャスターン州は観光地に事欠かない州で、ジャイプル、ジョードプル、ジャイサルメールなど、インド随一の人気と魅力を誇る都市が目白押しだ。そんな数ある観光地の中で、アルワル近くに位置する城塞都市バーンガル(Bhangarh)はマイナーな遺跡に分類されるだろう。
だが、知る人ぞ知る、バーンガルはインド最恐の呪われた廃墟なのである。バーンガルが呪われた理由については諸説あるが、ラトナーワティー姫とターントリク(呪術師)に関する逸話が有名だ。絶世の美女として知られたバーンガルのラトナーワティー姫に恋したターントリクが、媚薬を使って彼女を虜にしようとしたところ、誤ってその媚薬が岩に掛かってしまった。媚薬の魔力でターントリクに欲情した岩はターントリクに向かって突進し、彼は押しつぶされて死んでしまった。だが、死ぬ前にターントリクはバーンガルに呪いをかけ、ほどなくしてバーンガルは廃墟となったというものだ。今でもターントリクの呪いは続いており、夜にバーンガルに足を踏み入れた者は二度と生きては帰れないと恐れられている。
これだけならば古い遺跡に付きもののよくある逸話なのだが、バーンガルの呪いの信憑性を高めるある事実がある。通常ならば、遺跡を管理するインド考古局(ASI)のオフィスは遺跡の中に建てられるのだが、バーンガルだけはオフィスが遺跡の外に建てられている。これは、ASIの役人たちがバーンガルの呪いを恐れて中に滞在したがらないからである。遺跡利用の注意事項にも、日の入り後と日の入り前のバーンガルへの入域を禁じる旨が書かれている。
筆者も、バーンガルの呪いの噂を聞きつけて、友人たちと連れ立って、デリーからバイクで訪れたことがある。バーンガル自体は、カンボジアのアンコール・ワットなどを想起させるような、とても美しい遺跡である。バーンガルの観光は日中行ったし、バーンガルにいる間は何も起こらなかった。しかし、バーンガルからの帰り道、奇妙なことに我々のバイクのタイヤが一台ずつ順番にパンクしていった。まるでバーンガルの呪いが後を追い掛けてきたかのようだった。パンクくらいで許してもらえたならば可愛い呪いだが、この奇妙な出来事により、バーンガルにまつわる伝説を少し信じるようになった。
2014年8月28日公開の「Trip to Bhangarh」は、バーンガルの呪いを中心にストーリーを組み立てた、ユニークなホラー映画である。監督は新人のジーテーンドラ・パワール。キャストも無名の若い俳優たちばかりで、マニーシュ・チャウダリー、スザンナ・ムカルジー、ピーユーシュ・ライナー、ラチト・ベヘル、ローヒト・チャウダリー、プーナム・パーンデーイ、ヴィクラム・コッチャール、スディール・レークリー、サリーム・サイディー、ヴィドゥシー・メヘラー、ラグヴェーンドラ・ティワーリーなどが出演している。「プーナム・パーンデーイ」という名前があるが、2011年のクリケット・ワールドカップでインド代表が優勝したらヌードになると宣言して物議を醸した女優プーナム・パーンデーイとは別人である。
デリー在住のジャイ(マニーシュ・チャウダリー)、ジャードゥー(ラチト・ベヘル)、アーシュー(ローヒト・チャウダリー)、ゴールー(ピーユーシュ・ライナー)、そしてカーヴィヤー(スザンナ・ムカルジー)は大学時代の仲良し5人組で、卒業後久しぶりに大学の同窓会で再会する。彼らは、いじめられっ子のチールー(ヴィクラム・コッチャール)や、作家志望だったマングー(スディール・レークリー)とも会う。 マングーは現在、ムンバイーの映画産業で脚本家として活躍していた。マングーは現在執筆中の脚本「Trip to Bhangarh」についてジャイたちに聞かせる。バーンガルに興味を持ったジャイ、ジャードゥー、アーシュー、ゴールー、カーヴィヤの五人は、スリルを求めてバーンガルへ向かう。バーンガルでは幽霊に出会うこともなく、肩透かしを喰らう。 バーンガル旅行から10日ほどが経った頃だった。ジャイは恋人のプラーチー(プーナム・パーンデーイ)に振られ、アーシューは職を失った。また、ジャードゥーは事故に遭って骨折する。バーンガルに行って以来、どうも運が悪かった。そこへチールーが現れ、マングーの脚本通りの目に彼らが遭遇していると指摘する。 ゴールーの両親は心配して呪術師(ヴィドゥシー・メヘラー)を呼び、お祓いをする。迷信を信じないジャイは、マングーと連絡を取ろうとするがつながらない。ジャイはジャイプルにあるマングーの実家まで訪れるが、彼は同窓会以来帰っていなかった。そこへチールーから電話があり、「Trip to Bhangarh」の脚本が見つかったと伝えられる。そこには、バーンガルへ行った五人の内の一人が殺されるとあった。 ジャイは、ゴールーの命が危ないと直感し、祈祷が行われている場所に直行する。だが、ゴールーの命を狙っていたのは実はチールーだった。大学時代、五人からいじめられていたチールーは、同窓会でも変わらずいじめられたことで復讐を思い立ち、バーンガルの呪いを使って彼らを怖がらせようとしていた。また、彼はマングーを殺していた。チールーは警察に逮捕されるものの、マングーの亡霊が現れ、チールーを殺す。
スターパワーがなく、知名度もなく、低予算の映画だったため、当初から大きな期待と共に観たわけではない。単に「バーンガル」という地名が懐かしくて興味を持った映画だった。予想通り、全体的にチープな作りではあったが、意外に楽しく観ることができた。
まず、やはり大学時代の友人たちが久々に集まって旧交を温めるという導入部が琴線に触れた。誰にでも学生時代の友人との思い出はあるもので、青春を共に過ごした仲間たちとの再会は嬉しいものだ。若い俳優たちが自然体で同窓会を楽しんでいるような感じをうまく出せており、その中で登場人物の紹介や個性付けもできていて、うまい滑り出しだった。
学生時代のノリで、怖い物見たさでバーンガルに行ってしまうのも、いかにも若者にありそうな行動だ。当然、バーンガルで実際にロケが行われている。彼らはふざけながらラトナーワティーの名前を呼ぶ。これでバーンガルで本当に幽霊が現れたりしたら興ざめだっただろうが、幽霊には遂に出合えず終わる。この辺りまでの流れは完璧だった。
デリーに戻ってから彼らの身に異変が起こり始める。次々に殺されていく、というありがちな方向には持って行かず、失恋したり失職したりと、意外に手緩い呪いだったのも好感が持てた。彼らがバーンガルを知るきっかけになった脚本家マングーが書いた脚本「Trip to Bhangarh」通りに物事が進んで行くというのもなかなか面白い仕掛けだった。だが、遂に仲間の内の誰かが殺されるかもしれないという事態に至り、物語は結末に向かって急展開する。
結局、彼らを困らせていたのはバーンガルの呪いではなく、五人が大学時代にいじめていたチールーによる復讐だったことが分かる。いつの間にかバーンガルは関係なくなってしまっており、最後にマングーの幽霊が登場したことで、完全にバーンガルは切り離される。バーンガルに実際に行った身としては、何かバーンガルの要素を最後まで残しておいて欲しい気持ちもあったが、まとめ方としては悪くなかった。
音楽が致命的にダメな映画だった。劇中、何曲か挿入歌が入るのだが、どれも低レベルで、ない方がマシだった。
バーンガル以外には、ジャイプルやマナーリーなどでもロケが行われていた。だが、何と言ってもバーンガルというマイナーな遺跡を前面に押し出して映画を作ったという点が非常にユニークである。
「Trip to Bhangarh」は、インド最恐のホラースポットである、ラージャスターン州のバーンガルを巡るホラー映画である。監督やキャストなどに全く期待できる要素はないのだが、バーンガルの知名度を上げる役割は担っており、内容も期待値が低いこと前提に、意外に楽しめる。バーンガル観光前に観るのがいかがだろうか。