ヒンディー語映画界はファミリービジネスの傾向が強く、制作者側にしろ俳優にしろ、2世・3世が有利な世界となっている。ただ、特にスター俳優や有名プロデューサーの子供に生まれたからと言って、映画界において必ずしも成功が約束されていると言う訳でもない。その辺りは一応フェアなところがある。最近の失敗例と言えば、シャトルガン・スィナーの息子ラヴ・スィナーが思い当たる。「Sadiyaan」(2010年)でデビューしたが、身体が華奢でスターのオーラが全くなく、お笑い種になって消えてしまった。彼の妹ソーナークシー・スィナーが急速にスターダムを駆け上がっているのと比べるとさらに彼の悲惨さが引き立つ。その他にも、親の七光りがありながらいまいちパッとしない俳優は少なくない。
2014年5月23日公開のヒンディー語映画「Heropanti」は、ダンディーさで名を馳せた男優ジャッキー・シュロフの息子タイガー・シュロフのデビュー作である。タイガーの名前と体格は立派だが、ラヴ・スィナーと同じにおいがしたため、観るのが後回しになっていた。監督は「Kambakkht Ishq」(2009年)のサービル・カーン。「Kambakkht Ishq」はシルベスター・スタローンが出演していたという理由だけで日本で「スタローンinハリウッド・トラブル」という酷い邦題と共にビデオ販売された作品だが、その内容もしょうもないものだった。よって、不安はさらに増す。作曲はサージド・ワージドなど、作詞はカウサル・ムニールなど。タイガーの相手役を務めるのは、これまた新人のクリティ・サノン。テルグ語映画では出演経験があるが、ヒンディー語映画は初である。他に、プラカーシュ・ラージ、サンディーパー・ダール、ヴィクラム・スィンなどが出演している。ちなみに「Heropanti」とは「英雄的な行動」みたいな意味である。意訳して「ヒーローごっこ」としてしまってもいいだろう。
ハリヤーナー州のジャート・コミュニティーの中で畏怖される政治家チャウダリー(プラカーシュ・ラージ)の長女レーヌ(サンディーパー・ダール)が、結婚式当日に恋人のラーケーシュと逃亡した。チャウダリーは兄弟や手下を送って探させるが見つからなかった。そこでレーヌと逃げたラーケーシュの友人を一人一人当たることにする。その中で浮上して来たのがバブルー(タイガー・シュロフ)であった。バブルーは一騎当千の戦闘力を誇っており、チャウダリーの部下たちを大いに苦しめるが、不意打ちを喰らって気絶し、捕らえられてしまう。 バブルーはチャウダリーの邸宅にある倉庫に閉じ込められる。そこには大学時代の友人たちも捕らえられていた。バブルーは早速友人たちを連れて逃げ出すが、その途中で、かつてデリーで一目惚れした女性がいるのを見つけ、わざと追っ手に捕まって戻って来る。だが、その女性は実はチャウダリーの次女ディンピー(クリティ・サノン)であった。ディンピーもバブルーの気持ちに気付くが、姉が駆け落ちしたため、自分は恋愛結婚などもってのほかと考えており、最初はバブルーのことを迷惑がっていた。レーヌの件で大学に通わせてもらえなくなってしまったため、早くレーヌが見つかればいいと思っていた。 バブルーはラーケーシュの居所について白を切っていたが、遂にラーケーシュとレーヌの居所がチャウダリーにばれてしまう。彼らは友人の家に匿われていた。バブルーも捜索に連れて行かれたが、そのとき彼は隙を見て逃げ出し、いち早くラーケーシュに危険を知らせて、シムラー行きのバスに乗せる。実はバブルーは最初からラーケーシュとレーヌの結婚を応援していたのだった。しかし、そのことがチャウダリーにばれてしまう。チャウダリーはバブルーを尋問する。バブルーは口を割ろうとしなかったが、友人の命が危険にさらされたため、仕方なく彼らはデリーにいると出任せを言う。 チャウダリーはバブルーやディンピーを連れてデリーへ向かう。そこであらゆる手段を使ってレーヌを見つけようとする。その中でディンピーが悪漢どもに誘拐されてレイプされそうになる。間一髪のところで助けたのがバブルーであった。このデリーでの数日間が二人の距離を一気に縮め、恋仲となる。ところが、ラーケーシュとレーヌはたまたまデリーにいて、チャウダリーに見つかってしまう。チャウダリーは彼らの命までは奪わなかったが、レーヌを勘当する。 こうして一件落着となった。だが、今度はディンピーが地元のゴロツキであるラッジョー(ヴィクラム・スィン)と結婚させられることになる。バブルーの元にも招待状が届く。バブルーはディンピーと駆け落ちするために式場を訪れるが、チャウダリーは二人の仲に勘付いており、バブルーを決して一人にしなかった。バブルーもチョウドリーの心を察知し、決してディンピーと駆け落ちしないと約束して式場を去る。しかし、それをラッジョーが引き留め、バブルーに襲い掛かる。バブルーはラッジョーを返り討ちにする。それを見たチャウダリーはバブルーをディンピーの夫として認める。また、レーヌとラーケーシュの結婚も認める。
実はこの「Heropanti」はテルグ語映画「Parugu」(2008年)のリメイクである。よって、所々に南インド映画らしい特徴が見られる。例えば、最近のヒンディー語映画では大家族制が設定として採用されることがほとんどなくなってしまったが、南インド映画ではまだ残っており、この「Heropanti」でもその傾向が見られた。一目惚れから始まる恋愛というのも、ヒンディー語映画では徐々に時代遅れとなっているが、テルグ語映画リメイクの「Heropanti」ではやはり一目惚れが依然として恋愛の起点であった。南インド映画のリメイクはここのところ非常に多いのだが、南インドでいかにヒットした映画であっても、そのまま無批判にヒンディー語映画にすると、南北の差異が目立ってしまい、時代に乗り遅れた印象を受けることがある。よって、南インド映画のリメイクにおいて、監督の第一の腕の見せ所は、いかにヒンディー語映画の観客向けにローカライズができているかになる。
そういう観点で見ると、「Heropanti」は、まだ上記のように南インド映画臭さが抜けていない部分もあるのだが、全体的には北インド的雰囲気を醸し出すことに成功していたと言える。勝因はハリヤーナー州の田舎を舞台にしたことであろう。北インドであっても、ハリヤーナー州の地方ではまだまだ大家族制が残存していてもおかしくないし、ハリヤーナー州に特有の方言や服装をはじめ、かなり徹底的にハリヤーナー州らしさが強調されていたために、ヒンディー語映画としてよく仕上がっていた。また、チョウドリーをはじめ、ヒロインのディンピーを取り巻く人物はジャートというコミュニティーに属するが、これは同州の農業を牛耳る農民階級である。
また、ハリヤーナー州のジャート・コミュニティーではカープと呼ばれる長老会議が絶大な権力を握っており、これが度々問題も引き起こしている。特にセンセーショナルなのは名誉殺人である。カースト制度は内婚集団を基本としており、ジャートの人間はジャートの人間と結婚することになる。ただ、他にもいくつか面倒な決まりがあり、ゴートラというものもある。これは氏族のようなもので、同じジャートであっても、同じゴートラの者同士が結婚することは近親相姦扱いとなって禁止されている。また、ゴートラにも近縁のものが設定されており、ゴートラ名が異なっていても、近縁ということになれば、やはり結婚はできない。さらに、ハリヤーナー州では女児の間引きのせいで女性の人口が激減しており、ますます結婚相手を見つけるのが困難になっている。こんな状況の中で、タブーを犯して異宗教間、異カースト間、同ゴートラ間の結婚をする若者が当然のことながら出て来る。そういう案件が発生した場合、カープはそのカップルを勝手に裁く。よくて村八分や追放であり、悪くて死刑となる。これが名誉殺人として報道されることになる。
「Heropanti」ではカープによる私刑の様子が描かれていた。チャウダリー自身がカープの長であり、駆け落ち結婚をした娘を裁かなければならない立場であった。だが、チャウダリーは娘たちをこの上なく愛していた。もし娘が、誘拐されたのではなく、自ら選んで駆け落ちをしたということになれば、カープの掟に従い、娘を殺さなければならなくなる。彼は葛藤に苛まれる。この映画が成功していたのは、単に恋愛結婚を賞賛するだけでなく、今まで手塩に掛けて娘を育てて来た父親の気持ちも存分に描写されていたからだ。そして、その父親の気持ちを、ディンピーと駆け落ちしようとしていたバブリーが理解するという展開が非常に新しかった。これは、従来から僕の主張している「インド映画の良心」のひとつだと言える。インド映画は、様々な難しい局面を提示するが、常に、道徳的に正しい選択肢は何かということを考えさせてくれる。決して身勝手な行動を手放しで後押しすることはない。「Heropanti」は、基本的には恋愛映画だったが、その実態は一人の女性を巡る父親と恋人の映画、つまり男と男の映画だったと言える。男同士だからこそ、無言の内でも分かり合えるものがあったのである。
タイガー・シュロフは予想以上に良かった。「Dabangg」シリーズのサルマーン・カーンを彷彿とさせるヒーロー振りであったし、何より運動神経が抜群である。体操選手だったらしく、身体が非常に柔らかい。そのしなやかな身体から、超絶のアクションと華麗なダンスが飛び出す。表情や台詞回しに関してはまだ固いところがあったのは否めないが、今後場数を踏むことですぐに解消する問題であろう。非常に将来性のある若手が登場したと感じる。とりあえず「Heropanti」は彼のお披露目という意味合いが強かった。彼は一人で何でもやっていた。アクション、ロマンス、コメディーなどなど・・・。筋肉馬鹿が多いヒンディー語映画界において、リティク・ローシャン、シャーヒド・カプール、ヴィデュト・ジャームワール、そしてこのタイガー・シュロフと、見せかけだけの筋肉だけではなく、実際に身体能力のある男優が増えて来たのは素直に歓迎したい。
ヒロインのクリティ・サノンも悪くなかった。スターとしてのオーラはまだ感じなかったが、作品に恵まれていけば、ある程度のキャリアを築けるかもしれない。
「Heropanti」は音楽も良かった。テーマソングとも言える「Whistle Baja」、ディスコソングの「Raat Bhar」、エンドクレジットに流れるボーナスソング「The Pappi Song」など、若々しい曲が多く、新人二人を起用した映画の雰囲気を盛り上げていた。
「Heropanti」は、それほど予算を掛けて作らなかったことも功を奏して、そこそこのヒットとなったようである。おそらく元のテルグ語映画「Parugu」の脚本が良く出来ていたことも成功の要因であろうが、それだけでなく、北インドらしさ、タイガー・シュロフのヒーロー振り、音楽など、複数の要素がうまく噛み合ってヒットにつながったのだと思う。観て損はない映画だ。