Blood Money

2.5
Blood Money
「Blood Money」

 インドはダイヤモンドと縁の深い国だ。かつてインドは世界唯一のダイヤモンド産出国で、コーヘヌールをはじめとする世界的に有名な巨大ダイヤモンドのいくつかもインドで見つかっている。インドのダイヤモンド鉱山のほとんどは既に枯渇してしまい、ダイヤモンド産出国としてのプレゼンスはインドにはないが、ダイヤモンド原石の輸入量と研磨量、そして製品の輸出量では世界トップである。本日(2012年3月30日)公開の新作ヒンディー語映画「Blood Money」はダイヤモンドを題材にしたスリラー映画だ。ただし舞台はインドではなく、南アフリカ共和国となる。レオナルド・ディカプリオ主演のハリウッド映画「ブラッド・ダイヤモンド」(2006年)を想起させる題名とストーリーであるが、リメイクではない。監督は「Kalyug」(2005年)や「Raaz: The Mystery Continues」(2009年)で助監督を務めたヴィシャール・マハードカルで、本作が監督デビュー作となる。主演はクナール・ケームーとアムリター・プリー。

監督:ヴィシャール・マハードカル(新人)
制作:ムケーシュ・バット
音楽:ジート・ガーングリー、プラナイ、サンギート・ハルディープル、スィッダーント・ハルディープル
歌詞:サイード・カードリー、クマール
出演:クナール・ケームー、アムリター・プリー、マニーシュ・チャウダリー、シェーカル・シュクラー、ミア・ウエダ、ティーシャイ、サンディープ・スィクチャンド、カラン・メヘラー
備考:PVRプリヤーで鑑賞。

 クナール・カダム(クナール・ケームー)はムンバイーで妻のアールズー(アムリター・プリー)と共に貧しい生活を送っていたが、運良く南アフリカ共和国ケープタウンに本社を置くインド系ダイヤモンド企業トリニティー・ダイヤモンド社に就職が決まり、アールズーを連れてケープタウンにやって来る。高給と豪邸を提供され、クナールとアールズーは有頂天になっていた。同時に、真面目に正直に働き、さらなる成功を誓う。クナールは同僚のショーン・マシューズ(ティーシャイ)と仲良くなり、ダルメーシュ・ザヴェーリー社長(マニーシュ・チャウダリー)にも気に入られる。しかし、ザヴェーリー社長の弟で副社長のディネーシュ(サンディープ・スィクチャンド)はクナールの出世を面白く思わず、秘書のローザ(ミア・ウエダ)にクナールを誘惑させる。仕事が忙しくなったこと、そしてローザの誘惑に負けてしまったことなどで、クナールが家にいる時間は少なくなり、アールズーの不安は蓄積されて行く。

 また、クナールは偶然ディネーシュの不正を見つけてしまう。クナールはまずショーンにそのことを明かすが、ショーンは誰にも他言しない方が身のためだと助言する。しかしクナールはザヴェーリー社長に直談判してしまう。ザヴェーリー社長はクナールに、真実を知らずに人生を楽しむか、真実を知って人生の汚なさを悟ってしまうか、どちらがいいか質問する。クナールは躊躇なく真実を知る選択肢を取る。そこでザヴェーリー社長はクナールに、ダイヤモンドの密輸を行っていることを明かす。クナールはショックを受けるが、ザヴェーリー社長の不正に荷担することを余儀なくされる。

 しかし、ディネーシュ副社長はクナールとローザの不倫現場を盗撮しており、その写真を使ってクナールを脅す。自暴自棄になったクナールはアールズーに自ら不倫したことを明かす。それを聞いてアールズーはムンバイーに帰ると言い出す。クナールはすっかり落ち込んでしまった。

 そのときザヴェーリー社長はクナールに重要な取引の任務を与え、彼をアンゴラへ送る。アンゴラでクナールを待ち構えていたのはテロリストであった。テロリストからダイヤモンドの原石を受け取ったクナールはその代金としてケープタウンから持って来た箱を渡す。クナールは全く知らなかったが、その中には武器や銃弾が満載されていた。しかもテロリストの首領はクナールの目の前で一人の少年を殺害する。また、クナールがケープタウンに戻ると、ムンバイーでテロが発生したことを知る。その容疑者としてニュースで報道されていたのは、先程取引を行ったテロリストであった。また、留守の間にショーンが自殺したことを知る。だがクナールは知っていた。それは自殺ではなくザヴェーリー社長によって殺されたことを。クナールは一刻も早くザヴェーリー社長の悪事を暴くことを誓う。

 クナールは知己の警官(カラン・メヘラー)に連絡をする。警官もザヴェーリー社長の犯罪を暴こうとしており、そのための証拠を探っていた。クナールは、ザヴェーリー社長の部屋からハードディスクと日記を盗み出す任務を与えられる。クナールは早速それを実行するが、ディネーシュに見つかってしまう。クナールは腹部をナイフで刺されるがディネーシュを気絶され逃亡する。そして何とか追っ手を振り切って警官との待ち合わせ場所まで辿り着くが、なんとその警官はザヴェーリー社長と密通しており、クナールは殺されそうになる。クナールが苦労して盗み出したハードディスクや日記もガラクタであった。しかしながらザヴェーリー社長はクナールを殺す前に自分の正体がかつてムンバイーを拠点にしていたマフィア、ラマン・ザカーリヤーであることを明かす。ところがクナールは予め警官の裏切りを察知しており、インターポールに通報していた。絶好のタイミングでインターポールの急襲があり、ザカーリヤーは逮捕される。

 その後、クナールはアールズーと共に海岸に学校を開き、子供たちを教えていた。

 映画としての完成度は並以下であった。脚本家が空想と都合のいい展開をつなぎ合わせて作り上げたストーリーという感じで特に見るべきものはない。監督の手腕にも疑問符が付いており、冗長で無駄なシーンがいくつかあった。ダイヤモンド密輸貿易の実態についても全く調査不足で何の現実味もなかった。しかし、現在のインドの文脈に照らし合わせてこの映画を観てみると多少考えさせられるところがある。

 劇中でグリップ力があるのは前半である。主人公のクナールとアールズーが初めての海外、高給のもらえる職業への就職と言った興奮と共に空港に降り立つ冒頭のシーン、真面目に働いて成功の階段を駆け上がろうと誓う部分、そして積極的に自己アピールし社長の信頼を得ていく展開など、将来に大きな希望と野望を抱くインド人若者の心情をよく表していて好感が持てた。そして何より前半最大の盛り上がりは、ディネーシュ副社長の不正をザヴェーリー社長に密告した後の高級イタリア料理店での会食シーンである。ザヴェーリー社長は「もし何も考えずに目の前の料理を食べればこれまで味わったことのないような幸せを得られる。だが、台所へ行って真実を目の当たりにすれば、もはや料理を楽しむことはできなくなるだろう。さあ、どちらを選ぶ?」と問い掛ける。もちろんこれは比喩であり、つまりは会社の実態を知りたいか否かの問い掛けであった。クナールは臆面なく真実を知る道を選ぶ。その答えを聞いたザヴェーリー社長は会社が密輸、マフィアとの取引、不正会計などを行っていることを明かし、クナールに協力を求める。

 前半で提示されたメッセージは、「正直者では人生やっていけない」ということである。金儲けは綺麗事ではなく、不正にも手を出して行かなければならない。真面目に働いて成功を掴もうと誓っていた新入社員クナールにとってその真実はあまりに残酷であったが、彼はその真実に自分を合わせる道を選ぶ。南アフリカ共和国は、インド建国の父マハートマー・ガーンディーがサティヤーグラハ(真理の主張)を始めた土地である。そこでクナールは真実の道から外れてしまった。この辺りのストーリーは、現在インド中央政権を握る国民会議派が直面するいくつもの汚職事件を下敷きにしていると深読みすることができる。

 しかしながら、後半ではクナールの目の前に極限の現実―――彼がテロリストに提供した武器がムンバイーでのテロで使用された―――が提示され、彼は改心してザヴェーリー社長に正義の鉄槌を下す決意をする。ラストのどんでん返し、つまりインターポールの介入は取って付けたような展開であったが、とにかくザヴェーリー社長は逮捕され、クナールの決死の行動は報われることとなる。この辺りはアンナー・ハザーレーによる汚職撲滅運動を想起させる。

 つまりは、不正とは無縁の生活を送って来た一般人がいざ巨大な不正に直面したとき、どのような行動をすべきかを描いたのがこの映画であり、舞台は南アフリカ共和国となっているものの、文脈は明らかにインドに直結するものであった。そしてこの映画は、勇気を持って告発する道を説いていたと言える。

 また、ユニークな点としては、「ヘンゼルとグレーテル」の童話を下敷きにしていたことだ。アールズーは突然舞い込んだ成功に不安を感じるようになり、「ヘンゼルとグレーテル」の話を思い出す。そして宛がわれた豪邸をお菓子の家ではないか、魔女が住んでいるのではないか、とクナールに打ち明ける。果たして彼女の不安は的中し、二人は大きな試練の時を過ごすこととなるのである。

 クナール・ケームーは東南アジア系の顔をした男優で、「Kalyug」で本格デビューした。地味だがしっかりした演技をしており、「Blood Money」でもベストと言える演技を見せていた。ただ、イムラーン・ハーシュミーの方がこの役には合っていたかもしれない。アムリター・プリーは「Aisha」(2010年)でデビューした若手女優で、笑顔とえくぼがかわいい。主な見せ場は前半で、希望と不安に入り交じった新生活の中での若い女性の気持ちをとても自然に演じていた。

 しかしながら、もっとも迫力のある演技をしていたのはザヴェーリー社長を演じたマニーシュ・チャウダリーである。葉巻をくわえ、威厳のある落ち着いた態度を見せており、完成度の低いこの映画を何とか見られるものとするだけの演技をしていた。

 2時間弱の短い映画であったがいくつかミュージカルシーンがあった。しかしながら力のある曲は少ない。ラーハト・ファテー・アリー・カーンの歌う「Chaahat」ぐらいが特筆すべきか。この曲はエンドクレジットで使われる。

 「Blood Money」はハリウッド映画「ブラッド・ダイヤモンド」に似たテーマの映画だが、リメイクではない。現在のインドの文脈に照らし合わせて鑑賞すると少しだけ見応えがあるが、映画自体の完成度は高くない。スキップしても構わないだろう。