2008年11月7日公開の「Ek Vivaah… Aisa Bhi(このような結婚も)」は、「Hum Aapke Hain Koun..!」(1994年)や「Prem Ratan Dhan Payo」(2015年/邦題:プレーム兄貴、王になる)で有名なスーラジ・バルジャーティヤー監督がプロデュースした映画である。ベンガル人作家アーシャープールナー・デーヴィーの小説を原作にしているとされているが、どの作品かまでは特定できなかった。また、スーラジ・バルジャーティヤー監督の祖父ターラーチャンド・バルジャーティヤーが「Tapasya」(1976年)という映画を撮っているが、これもアーシャープールナー・デーヴィー原作の映画であり、この「Ek Vivaah… Aisa Bhi」は「Tapasya」のリメイクだともされている。公開当時はパスしていたが、2022年8月29日に鑑賞し、このレビューを書いている。
監督は、いくつものTVドラマを撮ってきたカウシク・ガタク。映画を撮るのは初となる。主演はソーヌー・スードとイーシャー・コッピカル。他に、ヴィシャール・マロートラー、アーナンド・アビヤーンカル、アムリター・プラカーシュ、アーローク・ナート、スミター・ジャイカル、チャヴィ・ミッタル、ヴァッラブ・ヴャースなど。
舞台はマディヤ・プラデーシュ州ボーパール。敬虔なヒンドゥー教徒であるブーシャン・シュリーヴァースタヴァ(アーローク・ナート)は、妻を亡くした後、旧市街にある家「ラクシュミー・ニワース」を守りながら、3人の子供を男手ひとつで育ててきた。長女のチャーンドニー(イーシャー・コッピカル)には音楽の才能があり、コンペティションに出場する。そこでミュージシャンを目指すプレーム・アジメーラー(ソーヌー・スード)と出会い、やがて恋に落ちる。プレームの母親(スミター・ジャイカル)もチャーンドニーを気に入り、二人の結婚はトントン拍子で進む。 ところが結婚式を前にしてブーシャンが突然死してしまう。ブーシャンの弟夫婦は彼の家を狙っており、チャーンドニーの弟アヌジと妹サンディヤーの面倒もまともに見てくれそうになかった。そこでチャーンドニーはプレームとの結婚を止め、ラクシュミー・ニワースに住み続けることを決意する。一方、プレームはチャーンドニーが結婚できるようになるまで待ち続けると誓う。その後、プレームはミュージシャンとして成功する。また、チャーンドニーは家で音楽教室を開き、生計を立てる。 それから12年が過ぎ去った。アヌジ(ヴィシャール・マロートラー)とサンディヤー(アムリター・プラカーシュ)も成長し大人になっていた。チャーンドニーはアヌジを大学の友人ナターシャ(チャヴィ・ミッタル)と結婚させ、安心する。だが、ラクシュミー・ニワースにやって来たナターシャは裕福な家の出身で、シュリーヴァースタヴァ家の保守的な雰囲気や旧市街の雑踏などを嫌い、家を出ようとする。チャーンドニーはアヌジをナターシャと共に行かせる。 チャーンドニーは、プレームの母親から選択を迫られ、プレームとの結婚を完全に諦めようとする。しかし、サンディヤーがそれに反発する。また、サンディヤーは米国に留学することになり、かつての教え子との結婚も決まる。ナターシャも、出産を機に考えを変え、サンディヤーの結婚式にアヌジや赤ん坊と共にやって来る。また、サンディヤーの結婚式が終わった後、プレームとチャーンドニーの結婚式が行われる。
「Hum Aapke Hain Koun..!」はひとつの結婚を延々と追うタイプの映画だったが、「Ek Vivaah… Aisa Bhi」は複数の結婚を続けて繰り出すタイプの映画だった。共通するのは、中心的な議題が結婚であることだ。2000年代に公開された映画ではあるが、1990年代あたりの古き良きインド映画の特徴をよく保存しており、家族の素晴らしさを声高らかに歌い上げる。また、ストーリー部分よりもソングシーン部分の方が長いのではないかと思われるほど頻繁に挿入歌が差し挟まれ、ミュージカル的な展開を見せる場面もある。
「Ek Vivaah.. Aisa Bhi」の興行収入は振るわなかったようだ。おそらく、ヒンディー語映画が劇的な変化を遂げつつあった2000年代には、観客の目に古風すぎに映ったのかもしれない。だが、このような古風な映画がヒンディー語映画界からほぼ消滅してしまった2020年代に観ると、やたらと懐かしく、心をストレートに打つものがある。この映画は、インド文化と家族の率直な賛歌であり、インド映画が決して失ってはならない魂のようなものを改めて思い出させてくれる作品である。
主人公であるプレームとチャーンドニーの恋愛は割とサラリと描かれるが、それもとても古風なものだった。何しろ詩が二人の心をつなげたのである。最初に恋に落ちたのはプレームの方だったが、チャーンドニーはなかなか隙を見せなかった。プレームはチャーンドニーの寝顔を見て詩を書く。チャーンドニーは、勝手に自分について詩を書かれたことに怒ったような素振りを見せるが、後に「続きは書かないの?」と聞き、彼の愛を受け入れたことを示す。このような詩的な心の通わせ方を見たのは何年ぶりであろうか。
このシーンで挿入される「Neend Mein Hai」が気に入ったので全文を訳してみたが、元の歌詞の良さは半分も伝わらないだろう。
बला का हुस्न ग़ज़ब का, शबाब नींद में है
है जिस्म जैसे गुलिस्तान, गुलाब नींद में है
उसे ज़रा-सा भी पढ़ लो तो शायरी आ जाए
अभी ग़ज़ल की मुकम्मल किताब नींद में है
मचल रही है मेरे दिल में दीद की हसरत
वह दाले चेहरे पे नीला नक़ाब नींद में है
वह इनक़लाब उठाता है लेके अंगड़ाई
सवाल जागा हुआ है जवाब नींद में है
若く美しい人が眠っている
花園ような身体の人、バラは眠っている
君を見ると詩が浮かんでくる
今はその完璧な詩集は眠っている
僕の心は君を一目見たくてざわめく
君は顔に青いベールを載せて眠っている
彼女が伸びをすると革命が起きる
質問は覚醒したが、答えは眠っている
ソーヌー・スードとイーシャー・コッピカルは20世紀末の同じ頃にデビューしており、この映画の公開当時はどちらもまだ完全には業界に地盤を築いていなかった。今でこそアクションを含め万能の俳優に成長しているソーヌーは、「Ek Vivaah… Aisa Bhi」では完全なロマンティックヒーローを演じているし、恵まれた体格と運動神経を活かした役を演じることが多いイーシャーは今回、伝統的なインド人女性を演じている。
イーシャー演じるチャーンドニーは、父親が突然死したことにより、自分の幸せよりも弟と妹の幸せを優先し、恋人のプレームと結婚せず、ミュージシャンになる夢を諦め、12年間の長きに渡って、弟と妹の母親代わりになってきた。彼女の自己犠牲の心は胸を打つが、恋人のプレームもそんな彼女の意思を尊重し続けてきた。彼はチャーンドニーを愛し続け、彼女に結婚のための心の準備が整うまで、急かさずに彼女を待ち続けた。チャーンドニーもプレームも、相思相愛でありながら、結ばれない時間を健気に過ごしてきたのである。
ただ、チャーンドニーの前には2つの大きな壁が立ちはだかる。ひとつは、弟アヌジの妻ナターシャである。ナターシャは裕福な家の娘で、モダンかつ現実主義的な考え方をしており、伝統と家族を最優先する価値観に自らを適合させることができなかった。結婚したら、家族のしがらみなどに極力邪魔されず、新しい家で夫と二人で過ごしたいと考えており、父から受け継いだ家に住むことにこだわるアヌジと対立する。そして、アヌジと別れて家を出て行こうとする。チャーンドニーはここでも弟の幸せを優先し、二人を送り出す。
もうひとつは、プレームの母親であった。基本的にプレームの母親はチャーンドニーを気に入っており、息子が彼女と結婚することにも賛成だった。しかし、彼女も年老いてきており、息子の結婚式を見られずに死ぬことを恐れていた。プレームの母親はチャーンドニーに、今すぐプレームと結婚するか、プレームとの関係を絶つかを迫る。
プレームの母親の気持ちももっともなもので、チャーンドニーはジレンマに陥る。だが、やはり彼女は自己犠牲を選び、プレームが他の女性と結婚することを後押しする。とにかくチャーンドニーはひたすら自分を犠牲にし続けるのである。
だが、そんなチャーンドニーを支える人が現れないはずがない。妹のサンディヤーも自分が姉の重荷になりたくないと考えており、彼女にプレームと結婚することを強く要望する。また、自宅で子供たちに音楽を教えていたことで、彼女の教え子たちが成長し、彼女を助けるようになる。そして、チャーンドニーと喧嘩別れしてしまったナターシャも、結局はチャーンドニーのところへ戻ってくる。サンディヤーの結婚式の日、周囲の人々の祝福を受けながら、彼女はプレームと挙式する。
現代風の物語にするのならば、ナターシャのような女性を主人公にし、古風な価値観を持つ上の世代の人々を枷として描出したはずだ。だが、この映画では逆転しており、古風な女性が主人公となって、モダンな女性が悪役になる。そこに古さを感じる人もいるだろうが、「Ek Vivaah… Aisa Bhi」における観客の感情コントロールはほぼ完璧であり、このエンディングに文句を言う人はあまりいないのではなかろうか。
「Ek Vivaah… Aisa Bhi」は、不朽の名作「Hum Aapke Hain Koun..!」のスーラジ・バルジャーティヤー監督がプロデューサーを務め、彼の持ち味がかなり色濃く表れた、家族礼賛の映画である。結婚に次ぐ結婚、ソングシーンに次ぐソングシーンであり、古風な作りではあるが、そこにはインド映画が守り続けてきた価値観やエッセンスが詰め込まれており、非常に感動できる作品である。興行的には振るわなかったが、それだけで却下するのは誤りである。もっと評価されていい映画だ。