「今年最もエキサイティングなスリラー」として大々的に売り出されていたヒンディー語映画「Naqaab」。2007年7月13日から公開された。
監督:アッバース・マスターン
制作:クマール・S・タウラーニー、ラメーシュ・S・タウラーニー
音楽:プリータム
作詞:サミール
出演:ボビー・デーオール、アクシャイ・カンナー、ウルヴァシー・シャルマー(新人)、ヴィカース・カラントリー、ヴィシャール・マロートラー、ラージ・ズトシー
備考:サティヤム・シネプレックス・ネループレイスで鑑賞。
ソフィー(ウルヴァシー・シャルマー)は、ドバイ在住のインド人女性で、バーガーキングで働いていた。ソフィーは偶然大富豪カラン・カンナー(ボビー・デーオール)と出会い、婚約する。ところが結婚式直前、ソフィーはレストランでヴィッキー・マロートラー(アクシャイ・カンナー)と出会う。それ以後、ヴィッキーはソフィーに付きまとうようになる。最初はヴィッキーのことを拒否していたソフィーだが、二人は意外とウマが合い、いつしかソフィーはヴィッキーのことを愛し始めてしまう。 その頃からソフィーは、誰かに追われている気配を感じていた。彼女はてっきりヴィッキーが尾行して来ているのかと考えていたが、実際は違った。それはサム(ラージ・ズトシー)という探偵だった。サムはカランに雇われ、ソフィーを盗撮させていた。また、ヴィッキーはローヒトという名の謎の男とソフィーのことで頻繁に連絡を取り合っていた。 ヴィッキーは、結婚直前のソフィーとデートを繰り返すことに罪悪感を感じ、彼女を避け始める。ソフィーは最初、突然連絡を絶ったヴィッキーに不信感を抱くが、彼女の幸せのためにわざと無視しているのだと知り、ますますヴィッキーのことを愛するようになる。カランとの結婚式の日、ソフィーは式場を逃げ出し、ヴィッキーの家へ駆け込む。そのまま二人はベッドで一夜を明かす。 翌朝、ソフィーは謝罪しにカランに家へ行く。だが、カランは激怒していた。ソフィーが去った後、カランは拳銃自殺をしてしまう。それを知ったソフィーはヴィッキーの家に泣きながら戻り、起こったことを話す。すると、ヴィッキーは真実を話し始める。 実はヴィッキーは、ムンバイーで俳優募集の広告を見て応募し、採用されてドバイにやって来たのだった。雇い主はローヒトという名前で、現実世界の恋愛劇を隠しカメラで撮影したリアリティー映画を作ろうとしていた。その標的となったのがソフィーだった。ヴィッキーは最初断ったが、借金があまりにも多すぎたため、仕方なく引き受けたのだった。ヴィッキーはローヒトやそのアシスタントの指示通りにソフィーに近寄り、彼女の心を巧みに動かして、映画のようなストーリーに仕立て上げたのである。 それを話しているときに、ヴィッキーの家に一人の男が訪ねて来た。それは死んだはずのカランであった。そしてそのカランこそがローヒト(ボビー・デーオール)であった。カランの自殺もトリックを使った映画撮影であった。ヴィッキーの家にも隠しカメラが仕掛けられており、ヴィッキーとソフィーのラブメイキングのシーンも撮影されてしまっていた。それをネットで流すと脅し、ローヒトは強行的にリアリティー映画「Naqaab」を公開する。 「Naqaab」は世界中の映画祭でグランプリを獲得し、いよいよインドでも公開されようとしていた。ゴア映画祭がその皮切りであった。その授賞式でやはりグランプリを獲得したローヒトは、喜び勇んで壇上へ上がろうとした。そのときヴィッキーが隠し持っていた拳銃でローヒトを撃った。ローヒトは倒れ、病院へ運ばれたが、死亡してしまう。ヴィッキーは現場で取り押さえられたが、ヴィッキーが持っていたのは空砲であった。彼はローヒトのアシスタントに頼まれて、サプライズ・ショーの一部としてやっただけだった。では誰が犯人か?警察はローヒトのアシスタント二人が犯人だと断定した。彼らが持っていたビデオカメラにもその様子が映っていた。二人は刑務所に放り込まれてしまう。 だが、実際にローヒトを撃ったのはソフィーであった。ソフィーはヴィッキーが銃を撃つのと同時に隠し持っていた実弾入り拳銃でローヒトを撃ち、混乱に乗じてその拳銃をアシスタントのポケットに入れたのだった。こうして二人はローヒトやアシスタントに復讐し、「Naqaab」の成功を独り占めにしたのだった。
アッバース・マスターンという兄弟映画監督は、安っぽいスリラー映画を得意としている。彼らの映画では、死んだと思った人物が実は生きており、その人物が事件の黒幕だった、という展開が非常に多い。だが、娯楽に徹した作りで決してつまらないことはなく、なかなかハラハラドキドキさせられる。僕は彼らの「Ajnabee」(2001年)という映画が大好きだが、最新作の「Naqaab」も悪い映画ではなかった。ただ、細かいところを突っ込んでいけば、ストーリーの破綻はいくつも見つけられる。
最大の突っ込み所は、隠しカメラを使って私生活を盗撮した卑劣なリアリティー映画が、カンヌ国際映画祭などの権威ある映画祭でグランプリを獲得することはないだろう、という点だが、そこは敢えて目をつむっておこう。最も残念だったのは、エンディング直前、ヴィッキーとソフィーがローヒトに復讐する下りである。これまでかなり緻密にどんでん返しの複線を敷き詰めた展開だったのに、復讐のシーンでは、空砲と実弾入り拳銃の2つを使って殺人をするという、あまりに幼稚な「完全犯罪」で幕が閉じられていた。しかも、空砲でローヒトを撃つように指示したのは、ローヒトのアシスタントという筋であったが、もし彼らがそれを計画しなかったら、復讐は成り立たなかったということで、説得力に欠ける。
ヴィッキーとソフィーが心を通わす上でひとつのターニングポイントとなったのは、ハイアットでの一幕であった。貧乏なヴィッキーは、ソフィーとハイアットのレストランで食事をするようなお金の余裕はない。だが、彼には秘策があった。「Do Not Disturb」の札が掲げられた部屋を見つけ、その部屋番号を名乗ってルームサービスに電話をかけ、食事を注文し、部屋の前に置かれた食事をちょうだいする、というものだ。そのずる賢さにソフィーは感心して、ヴィッキーのことを考え出すのだが、これはちょっと前に公開された「Life Mein Kabhie Kabhiee」(2007年)の一部と全く同じプロットだった。もしかしたらハリウッド映画か何かに元ネタがあるのかもしれない。インド人はすぐに映画の真似をするので、多分、全国の高級ホテルで「Life Mein Kabhie Kabhiee」や「Naqaab」を真似た悪戯が頻発しているのではないかと思う。
それでも、映画の至る所で突然挿入される不気味な盗撮シーンは、非常にスリリングだった。映画の最初から最後までビデオカメラが一貫して重要な役割を果たしていたのも、ヒンディー語映画では珍しい展開だったと思う。一体誰が盗撮しているのか、そのベールが徐々に徐々に明かされて行く。ボビー・デーオールが黒幕であることは予想がついたが、映画撮影のためにやっているというところまでは予想が及ばなかった。
ヒロインのウルヴァシー・シャルマーは、この映画がデビュー作。モデルで、既にいくつものTVCMやミュージックビデオに出演しているようだ。色白なのは分かるが、取り立てて美人という訳でもない。だが、演技力は人並み以上だった。驚いた顔がとても様になっている女優だと感じた。既に数本の映画への出演が決まっており、今後ヒンディー語映画でよく見ることにことになるのではないかと思う。
男優陣では、ボビー・デーオールとアクシャイ・カンナーが共演。二人とも長年くすぶり続けて来た男優だが、ここに来てようやく実力を付けつつある。今年はボビー・デーオールの映画がやたらと多いが、単に多いだけでなく、きちんと演技のできる俳優であることを一本一本証明して来ている。アクシャイ・カンナーもここ数年いい演技をしている。もうすぐ「Gandhi, My Father」(2007年)というアクシャイ主演の映画が公開されるが、非常に期待している。
3時間映画分の内容が詰まっていたような錯覚を覚えたが、2時間に収まっていた。その代わり、音楽は印象に残るものが全くなかった。音楽監督はプリータムだが、スリラー映画では持ち味を活かせなかったようだ。
最近のヒンディー語映画では、映画の最後のスタッフロールに関して2つの流行がある。ひとつはスタッフロールと合わせて映画のストーリーとは全く関係のないオールキャストのアイテムナンバーを流すこと、もうひとつはジャッキー・チェン映画のようにNGシーンを流すことである。「Naqaab」では後者だった。しかし、コメディー映画ならまだしも、緊迫感溢れるスリラー映画を見終わった後に、間抜けなNGシーン集を見せられたくない。雰囲気台無しである。ここはもっとよく考えてやってもらいたい点である。
「Naqaab」は、詰めが甘いながらもそれなりに楽しめるスリラー映画である。今年最もエキサイティングかどうかは分からないが、少なくともハラハラドキドキすることはできるだろう。