2006年12月15日に2本のヒンディー語映画が公開された。「Aryan」と「Kabul Express」である。まずは「Aryan」を観た。
監督:アビシェーク・カプール
制作:プーナム・クバーニー、ヴィピン・アーナンド
音楽:アーナンド・ラージ・アーナンド
歌詞:アーナンド・ラージ・アーナンド、クマール
振付:レモ
出演:ソハイル・カーン、スネーハー・ウッラール、プニート・イッサル、インドラ・クマール、ファリーダー・ジャラール、サティーシュ・シャー、スプリヤー・カールニク、ファルディーン・カーン(特別出演)、カピル・デーヴ(特別出演)
備考:PVRプリヤーで鑑賞。
アーリヤン(ソハイル・カーン)は、ボクシングのナショナル・チャンピオンになることを夢見ていた。アーリヤンにはネーハー(スネーハー・ウッラール)というガールフレンドがいたが、コーチのランヴィール・スィン(プニート・イッサル)からは彼女に会うことを禁止されており、内緒で付き合っていた。同じ学校には、ランジート・スィンという有能なボクサーが転校して来る。だが、ランジートは密かに筋肉増強剤を使用していた。ある日、コーチはランジートが注射を打っているところを発見する。コーチはボクシング協会に報告はしなかったものの、彼をナショナルマッチの選手から外す。ランジートは、アーリヤンが密告したと勘違いし、彼に恨みを持つ。 だが、同じ頃ネーハーが妊娠したことが発覚する。アーリヤンはボクシングの夢をきっぱりと諦め、ネーハーと結婚し、仕事を探し始める。ネーハーの母親(スプリヤー・カールニク)はこの結婚に猛反対で、彼女は勘当同然となるが、父親は娘の新生活を後押しした。アーリヤンはスポーツ番組のキャスターに、ネーハーは音楽番組のVJになった。二人の間には一人の息子も生まれた。アーリヤンはコーチの名を取って、息子をランヴィールと名付ける。 4年後。ランジートはいつの間にかボクシングのナショナル・チャンピオンになっており、既に3回も防衛に成功していた。アーリヤンの息子ランヴィールもラグヴィールの大ファンだった。アーリヤンは番組の中でラグヴィールのインタビューをするが、そのとき二人の間でトラブルが起き、そのせいでアーリヤンは解雇されてしまう。アーリヤンは新しい職を見つけられず、収入を妻に頼る生活を始める。だが、次第にアーリヤンとネーハーの間にすれ違いが起こるようになり、遂にネーハーは実家に帰ってしまう。 一人残されたアーリヤンは毎日泣き暮らす。ネーハーもアーリヤンのことを心配し、ある日コーチを訪ねる。アーリヤンにはボクシングが必要だった。ネーハーはコーチに、アーリヤンをもう一度リングに立たせるために応援してくれないかと相談する。 こうして、アーリヤンはコーチと共に再び夢を追い始める。3ヶ月後に迫ったナショナル・マッチに出場するため、アーリヤンは特訓に特訓を重ねる。アーリヤンは決勝戦まで辿り着き、チャンピオンのランジートと対戦する。アーリヤンとランジートは死闘を繰り広げ、最終ラウンドにおいてアーリヤンがランジートをノックアウトし、見事ナショナルチャンピオンとなる。
インド映画には珍しいスポ魂モノ映画。しかもボクシングをテーマにしており、さらに珍しかった。一応、過去には「Boxer」(1984年)というボクシングをテーマにしたインド映画が作られている。言うなれば「Aryan」は、「ロッキー」の1~5を1本に凝縮したような映画であった。最後に主人公が勝つのは分かっているのだが、なぜか泣けてしまうものだ。こんなに涙を流したのは「Lage Raho Munna Bhai」(2006年)以来である。いい映画だった。
ボクシングをテーマにしていながら、ボクシングの試合がまともに出て来るのは終盤のみ。それ以外は夢を諦めた負け犬男の暗い人生が描かれていた。エモーショナルな部分が非常に巧みに強調されていたため、最後の試合シーンが非常に生きていた。アーリヤンはボクシングのナショナルチャンピオンになるという夢を抱きながら、ガールフレンドが妊娠したことを知った瞬間、夢よりも彼女を取る。迷わず愛を取ったアーリヤンの決断は立派なもので、責められるべきものではない。現に、彼は幸せな家庭を築いていた。だが、そのときは新生活の準備に追われ、諦めた夢のことを考える暇などなかったのだろう。本当の試練は失業してからだった。彼は毎日家でゴロゴロと生活するようになる。かつての友は夢を実現させ、成功の階段を着実に駆け上がっていた。ますます彼は自己嫌悪に陥っていく。それと比例するように、彼は証拠もないのに妻の浮気を疑うようになる。この辺りのプロセスは、負け犬男の心理をよく分析していたと思う。ボクシングをテーマにしていたものの、この映画の核心はこの部分であった。
アーリヤンは、コーチから再びリングに上がることを促されても、最初は素直に従えなかった。ボクシングをやめてから既に4年が経っていた。ボクサーにとって、4年という歳月は全人生に等しい時間であった。今またボクシングを始めても、どうせ赤っ恥をかくだけだろう。アーリヤンは言う。「果たせなかった夢が打ち砕かれたら、俺はもう生きていけない。」だがコーチは力強く答える。「打ち砕かれた夢よりも、果たせなかった夢の方が心を悩ますものだ。」その言葉に、アーリヤンは再びリングに上がることを決意する。
主役はソハイル・カーン。兄のサルマーン・カーンよりも無骨な外観で、ボクサーのようなマッチョな役がとても似合う。踊りはどうも苦手のようだが、サルマーン・カーンよりもエモーショナルな演技のできる男優である。一方、ヒロインのスネーハー・ウッラールは、「Lucky」(2005年)でデビューしたアイシュワリヤー・ラーイ似の女優。まだ10代である。リヤー・セーンと共に、ヒンディー語映画界のロリコン系女優群を形成している。デビュー作に比べたらだいぶ演技ができるようになっていた。だが、まだ垢抜けていない。これからの成長に期待である。
音楽はアーナンド・ラージ・アーナンド。「Ek Look Ek Look」は名曲。特にサントラCDに入っているバングラー・リミックス「Ek Look Ek Look Dhol Mix」が最高。それ以外にも「Janeman」「It’s Beautiful Days」「Lamha Lamha」など、いい曲がいくつかある。
「Aryan」はインド映画には珍しいスポ魂映画。日本には似たような漫画や映画がたくさんあるので、日本人には目新しい部分は少ないかもしれない。だが、この映画の本当に観るべきところは、中盤における主人公の苦悩であろう。