「Born Into Brothels」は、西ベンガル州の州都コルカタにある有名な赤線地帯ソーナーガーチーで暮らす子供たちを題材にしたドキュメンタリー映画である。監督は英国人写真家ザナ・ブリスキと英国人映画監督ロス・カウフマンだが、映画はインドと米国の合作とされている。2004年1月17日にサンダンス映画祭でプレミア上映され、高く評価された。多くの賞を受賞したが、特に2005年のアカデミー賞ドキュメンタリー映画賞を受賞したことで有名になった作品である。日本では2008年11月22日に「未来を写した子供たち」の邦題で公開された。
映画は、ザナ・ブリスキがソーナーガーチーの子供たちに写真を教えるところから始める。ザナ自身が写真家なので、おそらく当初の目的はインドの売春街を写真に収めることだったのではないかと思うのだが、インドの売春街でカメラを持ち歩いているといつ暴行を受けてもおかしくない。それほど売春街に住む人々はカメラに敏感になっている。そこで彼女は、ソーナーガーチーに住む子供たちのために写真教室を開くことにしたのではないかと思われる。子供たちにカメラを渡せば、自分で勝手に撮ってくるので、それで売春街を写した写真が手元に集まるという算段である。
案の定、子供たちは生まれて初めて見たカメラに興味津々で、すぐに使い方を覚え、あちこちの写真を撮ってくるようになる。その中には売春街の様子を赤裸々に映し出したルポルタージュ的写真もあったし、芸術的に優れた構図のものもあった。また、隙を見て監督たちは子供たちにインタビューをしている。
次第に子供たちに情が移ってきたのか、ザナは途中から、写真教室に来た子供たちを学校に入れようと奔走し始める。このまま売春街にいたら彼らはまともな教育を受けることができず、自分たちも親と同じように犯罪や売春の道を歩むことになってしまう。子供たちも口を揃えて、ここから抜け出したい、親と同じようにはなりたくないと語っていた。教育こそが彼らを救う道だと考えたザナは、彼らを受け入れてくれる学校を探し始める。
また、彼らの教育資金を集めるため、ザラはニューヨークに飛んで、子供たちが撮った写真の展覧会を開く。中でもアヴィジートという子供の写真が高い評価を集め、彼はオランダのアムステルダムで開かれる写真のワークショップに招待された。世界中から10人の子供しか選ばれないという非常に栄誉あるワークショップであった。
しかし、売春街の子供たちを受け入れてくれる学校はなかなか見つからず、アヴィジートのパスポート取得も難航した。アヴィジートの母親が殺されるというハプニングも起き、彼はふさぎ込んでしまう。映画の前半は子供たちが被写体の中心だが、後半は子供たちのために駆け回るザナ自身がストーリーの主体になり、全く別の映画のようだ。
結局、アヴィジートには無事にパスポートが下り、アムステルダムのワークショップに参加することもできた。帰国後は学校に通っていると知らされる。他の子供たちのその後も様々であったが、ショッキングなことに、あれだけザナが苦労したにもかかわらず、子供たちの大半は学校に入学しなかったか、入学してもすぐに退学してしまっていた。それに対するザナのコメントはなかった。
ドキュメンタリー映画ながら、途中から監督自身がカメラの前に出て、情熱を持って主体的に動き出すため、ストーリー性の強い映画になっていた。アカデミー賞を受賞しただけあって優れた映画ではあるが、インド人からはすこぶる評判が悪い映画でもある。インドの貧困をことさら強調し、インドのマイナスのイメージを増幅するような、外国人監督が撮った映画は、インドにおいて批判の対象になることが多い。「Slumdog Millionaire」(2009年/邦題:スラムドッグ$ミリオネア)もアカデミー賞受賞作であるが、インドでは賛否があった。
しかしながら、外国人がソーナーガーチーのような赤線地帯で映像作品を作り上げることは容易ではない。ザナが映画の中で行った行為は「偽善」との批判はあるものの、ドキュメンタリー映画としてのバランスを崩してまで、カメラの前で主体的に彼女が行おうとしたことの裏には、純粋に人道的な衝動があったと信じられる。また、自らの将来に漠然とした不安を抱えながらも、与えられたチャンスを受け入れ、楽しんでいた子供たちの無邪気な姿も、決して演技ではないだろう。
ザナは何度か子供たちを外に連れ出していた。一度は動物園へ、一度は海へピクニックに行っていた。おそらく写真の研修を口実にして親元から連れ出し、彼らに外に世界を見せてあげようとしたのだろう。海のシーンはこの映画で一番気に入った。子供たちはバスでの移動中から大はしゃぎで、海に着くと我先にと走り出した。多分、海を見たのも生まれて初めてだったと思われる。そして彼らは海の中に入って、びしょ濡れになるのも嫌がらず、束の間の自由を楽しんでいた。
「Born Into Brothels」は、英国人監督による、コルカタの売春街で生まれ育った子供たちを題材にしたドキュメンタリー映画である。前半の比較的冷静な滑り出しからは想像できないような中盤以降の情熱的な展開がドキュメンタリー映画の枠を外れるような吸引力を醸し出しており、アカデミー賞受賞に輝くほどの映画の魅力になっていた。インド国内からは批判の声もあるが、インドをテーマにしたドキュメンタリー映画として歴史に名を残すことになる作品だ。