Mississippi Masala (USA)

4.0
Mississippi Masala
「Mississippi Masala」

 「Mississippi Masala」は、ウガンダ出身で米国ミシシッピ州在住のインド系米国人女性とアフリカ系米国人男性との間の異人種間恋愛を軸にした物語である。1991年9月18日にフランスで上映されたのが初となり、米国では1992年2月5日に公開された。

 監督は、「Salaam Bombay!」(1998年/邦題:サラーム・ボンベイ!)で注目を集めたインド系米国人女性監督ミーラー・ナーイル。脚本はスーニー・ターラポールワーラー。音楽は、著名なインド人バイオリニスト、Lスブラマニヤム。

 キャストは、デンゼル・ワシントン、サリター・チャウダリー、ローシャン・セート、シャルミラー・タゴール、チャールス・S・ダットン、ジョー・セネカ、ランジート・チャウダリー、モーハン・ゴーカレー、モーハン・アーガーシェー、アンジャーン・シュリーヴァースタヴなど。これは東西のアンサンブル・キャストといえる。デンゼル・ワシントンは「マルコムX」(1992年)や「トレーニング デイ」(2001年)などで有名な米国を代表する黒人俳優であり、サリター・チャウダリーは後にミーラー・ナーイル監督の「Kama Sutra: A Tale of Love」(1996年/邦題:カーマ・スートラ 愛の教科書)にも出演することになるインド系英国人女優だ。ローシャン・セートも著名なインド系英国人俳優であるし、シャルミラー・タゴールはアジア人初のノーベル賞受賞者ラビンドラナート・タゴールの血を引くインドの往年のトップ女優である。

 物語は、1972年と1990年の2つの時間軸を往き来する。1971年はウガンダで政変が起こった年で、当時軍参謀総長だったイディ・アミンがミルトン・オボテ大統領の留守中にクーデターを起こし権力を掌握した。ウガンダには、英領時代に移住してきたインド系移民が多数おり、経済を握っていた。その多くがグジャラート州からの移民だった。クーデターを起こしたアミンはアジア人追放政策を採り、その結果大量のインド系移民が出国を余儀なくされた。「Mississippi Masala」の主人公ミーナーの家族も1971年のクーデターでウガンダから追放されることになったのである。このときミーナーはまだ5-6歳だった。その後、一家は英国を経由して米国ミシシッピ州グリーンウッドに落ち着く。米国ではグジャラート人がモーテル経営で成功しており、一家は同胞のグジャラート人が経営するモーテルで働くことで生計を立てていた。1990年にはミーナーは24歳になっており、退屈な田舎町から外に羽ばたきたい気持ちを抱き始めていた。ちなみに、ミシシッピ州は米国でもっとも黒人人口の比率の多い州である。

 1972年、ウガンダの国家元首イディ・アミンはアジア人追放を宣言し、同国で生まれ育ったインド系弁護士ジャイ(ローシャン・セート)、妻キンヌー(シャルミラー・タゴール)、そして一人娘のミーナー(サリター・チャウダリー)はウガンダから出国することになった。

 1990年、24歳になったミーナーはミシシッピ州グリーンウッドにいた。ジャイとミーナーはジャンムーバーイー・パテール(アンジャーン・シュリーヴァースタヴ)の経営するモーテルで働いて生計を立てていた。ジャイはウガンダに残してきた資産を取り戻すためにウガンダ政府に手紙を送り続けていた。

 ミーナーは交通事故をきっかけにして、カーペット清掃業を営む黒人青年デメトリウス・ウィリアムス(デンゼル・ワシントン)と出会い、恋に落ちる。デメトリウスはミーナーを家族に紹介する。

 あるときミーナーはデメトリウスに誘われ、メキシコ湾岸の町ビロクシに1泊2日の旅行に出掛ける。デメトリウスとのデートであることは両親には内緒にしていたが、ビロクシで知り合いに見つかってしまう。特にアニル(ランジート・チャウダリー)はデメトリウスに殴りかかってしまう。

 この事件がきっかけでミーナーとデメトリウスの仲は両親に知れてしまう。そればかりか、インド人と黒人の恋愛はグリーンウッド中の噂になる。デメトリウスの顧客にはインド系移民が多かったため、顧客を失い、銀行からのローンも却下される。ちょうど、ウガンダでジャイの資産を巡る裁判が始まろうとしていた。ジャイは家族を連れてウガンダに帰ることを決意する。

 ミーナーは帰る前にデメトリウスに別れを告げに行く。そこでミーナーは彼と共にどこかへ行くことを思い付き彼に提案する。ジャイは単身ウガンダに戻り、かつての我が家を訪れる。

 米国を舞台にしたインド系移民とアフリカ系米国人との間の異人種間恋愛ではあるが、主人公ミーナーの一家がウガンダから米国に逃れてきたという背景が話を複雑にしている。英領時代にアフリカには多くのインド人が出稼ぎや商売のために移住し、特にケニアや南アフリカ共和国などでは今でもインド系移民のプレゼンスがある。よって、彼女の存在は特殊ではない。また、ミーナーは生まれてから一度もインドに行ったことがないと語っていた。幼少時から各地を転々としてきた彼女は、それほどインド人としてのルーツを感じていないようであった。むしろ、自身の出自を「ミシシッピ・マサーラー」と呼び、そのごちゃ混ぜ状態をアイデンティティーとしていた。ちなみに、ミーナーの恋愛相手になるデメトリウスも、いわゆる「アフリカ系米国人」だが、一度もアフリカに行ったことがない。インドに行ったことのないインド系移民と、アフリカに行ったことのないアフリカ系米国人がミシシッピ州の片田舎で出会い、恋に落ちるという構造になっている。

 その一方で、ミーナーの父親ジャイは、黒人に対して複雑な思いを抱いていた。ウガンダ在住時代、彼は黒人の人権保護のために戦う弁護士であった。彼は誰よりも自分のことをウガンダ人だと考え、ウガンダという国や土地を愛していた。だが、政変後に彼は十把一絡げに「アジア人」に分類され、黒人から追われる立場になってしまった。特にショックだったのは、彼の親友だった黒人が「アフリカはアフリカ人のものだ」と口走ったことだった。ミーナー以上にジャイもアイデンティティー危機に陥っていたといえる。彼は普通のインド人よりも黒人に対して理解があった。理解があったが、苦い経験もしていた。それゆえに娘のボーイフレンドがアフリカ系米国人であると分かると、素直に受け止められなかったのである。

 さらに状況を複雑にしていたのは、米国におけるインド系移民とアフリカ系米国人の力関係だ。アフリカ系米国人よりもインド系移民の方がアメリカ大陸の新参者になるが、インド系移民は概して商売上手であり、経済的地位の上昇が早い傾向にある。映画の舞台となっていたグリーンウッドでも、インド系移民はモーテル経営などに従事して羽振りが良かった。その一方でデメトリウスはカーペット清掃業を立ち上げていたが、そのお得意様になっていたのがモーテルであり、多くのモーテルはインド人によって経営されていた。よって、ミーナーとの恋愛が保守的なインド系移民コミュニティーに知れ渡ったことで反感を買い、彼は仕事を失う羽目に陥ったのである。

 ミーナーがデメトリウスに惹かれたのも、彼女の幼少時の記憶とリンクさせてもいいかもしれない。ミーナーはウガンダで黒人の子供と仲良しだったが、同国を去る際、涙の別れをして来た。デメトリウスにその子の姿を重ねていたと考えるとより面白いだろう。

 ただ、かといってミーナーはウガンダに恋い焦がれていたわけではなかった。そこは父親のジャイと決定的に違うところである。ミーナーは「ミシシッピ・マサーラー」と自覚するアイデンティティーを受け止めながら前に進もうとする。その道連れに選んだのがデメトリウスだったわけであり、それは過去への回帰ではなかった。ジャイはウガンダに帰り、ミーナーはデメトリウスと未知の旅に出掛けるという結末は、この二人の決定的な違いをよく象徴している。そして、それらは各人が自分のアイデンティティーと向き合おうとする態度の表れなのだ。

 1990年代以降、「ヒングリッシュ映画」と呼ばれるインド製英語映画のジャンルが勃興したが、「Mississippi Masala」はその先駆けに目される作品である。セリフのほとんどは英語であるが、時々ヒンディー語、グジャラーティー語、そしておそらくスワヒリ語が使われている。映画全体の根底に流れる混交性はセリフのみならず音楽にも現れており、インド音楽とアフリカ音楽が効果的に使用されていた。

 「Mississippi Masala」は、一筋縄ではいかないアイデンティティーを持つインド系移民の一家が移民先の米国で直面するアイデンティティーの問題を描いた典型的なディアスポラ映画である。ヒングリッシュ映画黎明期の一本という意味でも歴史的な意義がある。若き日のデンゼル・ワシントンが出演している点も注目である。インド系移民について知りたかったら必見の映画だ。