1965年4月9日公開の「Bhoot Bungla(幽霊屋敷)」は、「Stree」(2018年)などがホラーコメディー映画人気に火を付けたことで、その半世紀前に作られたヒンディー語映画初のホラーコメディーとして発掘され再評価が進んでいる白黒映画だ。
監督はメヘムード。当時コメディアンとして一世を風靡した俳優で、監督やプロデューサーもしていた。「Bhoot Bungla」の主演もメヘムードである。彼は女優ミーナー・クマーリーの義弟にあたり、歌手ラッキー・アリーの父親にあたる。音楽はRDブルマン。ヒンディー語映画音楽の巨匠であり、トレンドセッターだ。ただ、「Bhoot Bungla」を作曲したときにはまだそれほど名の知れた音楽監督ではなかった。彼の父親SDブルマンの時代がまだ続いていたのである。RDブルマンの本格デビュー作は「Chhote Nawab」(1961年)であったが、これの監督はメヘムードであった。以降、二人の間には友情が生まれ、この「Bhoot Bungla」ではなんとRDブルマンがカメオ出演している。彼が映画に俳優として出演した数少ない例である。
ヒロインを務めるのはタヌジャー。女優カージョルの母親である。タヌジャーは大女優であったが、「Bhoot Bungla」時はまだブレイク前だった。他に、ナズィール・フサイン、ハリンドラナート・チャットーパディヤーイ、ナーナー・パールシーカル、アスィト・セーン、ジャグディーシュ・ラージなどが出演している。
2024年10月28日に鑑賞しこのレビューを書いている。
シャームラール(ナズィール・フサイン)は、兄と頭がおかしい弟ラームーと共に郊外の邸宅に住んでいた。兄の娘レーカー(タヌジャー)が海外から3年振りに帰国することになり、彼らは別々に空港まで迎えに行く。ところが兄は交通事故に遭い、死んでしまう。警察の見立てでは殺人であった。さらにその直後、ラームーも首を吊って自殺するが、やはり他殺の可能性があった。それでも犯人は不明だった。不気味に感じたシャームラールはレーカーを連れてボンベイの家に引っ越す。
レーカーは、友人たちと共にピクニックに行った帰り、嵐に遭って邸宅に泊まった。そのときから、謎の男から殺しの脅迫の電話を受けるようになる。実際に、バスを待っていたときに何者かに押され、危うくバスに轢かれそうになった。ユースクラブの会長モーハン・クマール(メヘムード)は何かとレーカーを手助けし、彼女と恋仲になる。
モーハンはレーカーの悩みを聞き、クラブの会員ストーキー(RDブルマン)と共に邸宅を探索に行く。そこで彼らは幽霊を見る。モーハンと警察はシャームラールが犯人ではないかと疑っていた。
シャームラールはレーカーがユースクラブの青年たちと交遊するのを面白く思っていなかった。あるときシャームラールはレーカーを邸宅に連れて行く。レーカーは部屋に閉じこめられるが、モーハンが助けに入る。警察も邸宅に突入して来るが、そこに一人の老婆が現れる。彼女は、50年前、この邸宅の主だった、シャームラールの叔父の妻だった。叔父はシャームラールの父クンダンラールに殺され、彼女は子供ハリラールを連れて逃げ出した。ハリラールは成長した後、シャームラールたちの主治医(ハリンドラナート・チャットーパディヤーイ)になっており、復讐の機会をうかがっていた。彼はシャームラールの兄と弟を次々に殺し、次はシャームラールとレーカーを殺そうとしていたのだった。だが、ハリラールは警察に射殺される。
21世紀に人気となったホラーコメディー映画は、コメディーとホラーの均等な融合である。だが、「Bhoot Bungla」は現代的な意味でいうホラーコメディー映画ではなく、あらゆる娯楽要素を詰め込んだマサーラー映画の亜種といえる。マサーラー映画の中のホラー要素を増やしたような形だ。よって、観客を怖がらせることに専念した映画ではなく、むしろいろいろ楽しませようとありとあらゆるサービスをしている。
ストーリーはメチャクチャである。幽霊屋敷を主題としながら、幽霊屋敷とは関係なく物語が進んでいる時間帯が長く、それらが最後に有機的に結び付くような気の利いた展開もない。ヒロインのレーカーを殺そうとする電話の主も、丁寧に伏線が張られておらず、ほとんどポッと出であった。殺された父親の復讐という動機はいいのだが、なぜそれに50年もの歳月が掛かったのか、全く説明がない。普通ならば駄作として歴史の闇に埋もれていたはずの作品だ。
この映画が人々の記憶に残る原因になったのは、ひとえに音楽が良いからである。親の七光りはあったものの、まだ駆け出しの音楽監督だったRDブルマンが作曲しており、当時としてはかなりモダンなサウンドに感じる。ラター・マーンゲーシュカルの歌うシンプルなラブソング「O Mere Pyar Aaja」、ノリノリのツイスト曲「Aao Twist Karen」、米映画「ウエスト・サイド・ストーリー」(1957年)的なケンカとダンスの融合「Jago Sonewalo Suno Meri Kahani」、NHK教育テレビの人気番組「おかあさんといっしょ」的な子供たちとのダンス「Ek Sawaal Hai」など、ホラー映画とは思えないほど歌と踊りに力が入り、しかもバラエティーに富んでいる。いや、結局これはホラー映画ではないのである。
それを端的に証明するのが、タイトルソングともいえる「Bhoot Bungla」だ。メヘムードとRDブルマンが、幽霊屋敷で幽霊や骸骨マンたちと一緒に踊る、カオスなダンスシークエンスである。ただでさえカオスなのに、贅沢に特殊効果を使って、カオス度が倍増している。ヒンディー語映画史に残るファニーシーンとして知られている。
これだけ幽霊を登場させたのだから、その邸宅が幽霊屋敷であることは決定したと判断するのだが、結末ではなぜか全て人間の仕業ということになっており、何が何だか分からない。
敢えて工夫されていた点を挙げるとすれば、シャームラールやレーカーなど主要人物の周辺に配置した個性的なキャラたちである。ゾンビ顔のメイド、ドラキュラ顔の庭師、ミイラ顔の郵便配達人など、怪しげなキャラのオンパレードで、真犯人の特定を惑わせた。
また、レーカー役のタヌジャーは白黒のスクリーンにひときわ清楚に輝いており、さすがスター性を感じさせた。
「Bhoot Bungla」は、ホラーコメディー映画の元祖として再評価が進む、メヘムード監督・主演の作品である。ただ、実態はマサーラー映画の亜種であり、現代的な意味でのホラーコメディーとは区別すべきだと感じる。まるで行き当たりばったりで撮影されたかのように、ストーリーは混沌としている。それでもRDブルマンによる挿入歌の数々は素晴らしく、ダンスもいろいろな意味で最高だ。まとまりには欠けるものの、ぶっ飛んでいる分、インパクトの強い作品である。