Mother India

5.0
Mother India
「Mother India」

 1957年10月25日公開の「Mother India」は、インド映画史上最大のヒット作であると同時に最高傑作に数えられることも多い伝説的作品である。メヘブーブ・カーン監督は、独立前に作った一人の貧しくもたくましい女性の物語「Woman」(1940年)を翻案し、独立インドにふさわしいインド人母親の理想像をこの作品で打ち立てた。国際的にも高い評価を得て、インド独立後に作られた映画としては初めてアカデミー賞外国語映画賞にノミネートされた。一説では、「Mother India」は公開以来、30年以上の長きに渡って、インド各地のどこかの映画館で連続して上映され続けたとされている。

 独立前後のヒンディー語映画界を代表する映画監督・プロデューサーだったメヘブーブ・カーン監督のキャリアでは「Mother India」は後期の作品に位置づけられる。音楽はナウシャード、作詞はシャキール・バダーユーニー。

 タイトルロールであるラーダー役を演じるのは、独立前から映画界で子役として活躍し、「Andaz」(1949年)、「Barsaat」(1949年)、「Awaara」(1951年)、「Shree 420」(1955年)など数々のヒット作を飛ばしていたナルギス。彼女は撮影開始時に押しも押されもしない大スターだったが、まだ年齢は26歳であった。それにもかかわらず彼女は一人で初々しい新婦から中年女性、そして老婆までを驚くべき迫真性と共に演じた。

 他に、スニール・ダット、ラージェーンドラ・クマール、ラージ・クマール、カナイヤー・ラール、ジッルー・マー、クムクム、チャンチャル、シーラー・ナーイク、ムクリー、アズラーなどが出演している。

 キャストの中で特筆すべきはスニール・ダットである。彼はナルギスと同い年であったが、撮影当時まだ1作品しか出演がなく、ナルギスに比べたら格下の売り出し中俳優であった。よって、彼のキャスティングは抜擢だった。彼はラーダーの息子ビルジュー役を演じた。当初は大スター、ディリープ・クマールにオファーが行っていたようだが、過去にディリープとナルギスはカップリングされており、いまさら母子の役を演じるのは不適切だとされて却下されたらしい。撮影中、スニールはナルギスを火災事故から救い、それがきっかけとなって二人は恋に落ちて結婚した。スニールとナルギスの間に生まれたのがサンジャイ・ダットである。

 題名の「Mother India」は、米国人歴史家キャサリン・メイヨー著「Mother India」(1927年)と同じである。メイヨーはインドの文化や伝統を徹底的に批判し、インドの独立に反対した。この本は米国人のインドに対するイメージ形成に大きな影響を与えたとされている。もちろん、インド人からは大変嫌われおり、メヘブーブ・カーン監督は、メイヨーへの当てこすりとしてわざわざこの題名を選んだといわれている。

 舞台は農村。ラーダー(ナルギス)はシャームー(ラージ・クマール)と結婚するが、義母のスンダル(ジッルー・マー)はその費用を高利貸しのスキー(カナイヤー・ラール)から500ルピーの借金をして用立てていた。一家が所有していた20ビーガー(約12エーカー)の土地は担保となり、元本を返さない限りは収穫物の3/4を利子としてスキーに支払わなければならなかった。シャームーの父親はなく、彼が一家の大黒柱であったが、いつまでも借金はなくならず、スキーから搾取されていた。

 シャームーとラーダーの間には3人の息子が生まれる。担保になっていない5ビーガー(約3エーカー)の土地は石ころだらけで農地には向かなかったが、ラーダーは生計を立てるためにその土地を夫と共に耕し始める。だが、大きな石を無理にどかそうとして牛1頭を失ってしまう。ラーダーは結婚式の日にもらった金の腕輪をスキーに質に出して牛を購入する資金を作る。もう一度牛を使って大きな石をどかそうとするが、シャームーの両腕が石に挟まり、彼は両腕を失ってしまう。全く稼げなくなったシャームーは恥じ入り、屈辱に耐えきれずにある日姿をくらましてしまう。その直後、スンダルも死ぬ。

 後に残されたラーダーは義母の葬儀を済ませた後、3人の息子を食わせるために諦めず働く。だが、大雨が降り洪水となって、村の家や農地は流されてしまう。食べ物が全くなくなってしまい、三男を死なせてしまったラーダーは、残った2人の子供たちを食わせるため、一瞬だけスキーの妾になろうとするが、途中で思いとどまる。災害に希望を打ち砕かれた村人たちは村を捨てて出て行こうとするが、ラーダーは夫の帰りを待つために残ることを決意し、村人たちにも残るように呼びかける。戻ってきた村人たちはラーダーと共に荒れ果てた農地を耕し始め、村は再生される。

 それから20年の月日が流れ去った。長男ラームー(ラージェーンドラ・クマール)と次男ビルジュー(スニール・ダット)はたくましく成長した。ラームーは真面目な性格で日々農業に勤しんでいたが、ビルジューは落ち着きがなく、賭博をして遊び歩いていた。ラームーは、ラーダーの親友カムラー(シーラー・ナーイク)の娘チャンパー(クムクム)と恋仲で、それを知ったラーダーは二人を結婚させる。一方、ビルジューはスキーを敵視し、彼が母親から奪い去った腕輪を何とかして取り戻そうとしていた。無学な彼には借金や利子の仕組みがよく分からなかったが、スキーの手元にある証文を読むことができれば解決すると考え、学校で文字を習い出す。先生の娘チャンドラー(アズラー)はビルジューと親しくなるが、先生は乱暴者のビルジューに娘を嫁がせるのには反対だった。また、ビルジューはスキーの娘ルーパー(チャンチャル)とよくぶつかり合っていた。

 ホーリー祭の日、ルーパーは腕輪をビルジューに見せびらかし、それが彼を刺激して二人の間でケンカになる。普段からトラブルメーカーだったビルジューは村人たちからリンチを受ける。ラーダーは村人たちの前で、この村の女性の尊厳は自分が守ると宣言する。だが、怒りが収まらないビルジューはスキーの家に忍び込んで腕輪を奪おうとする。ビルジューは銃で撃たれて逃亡する。

 その後、ビルジューは盗賊になっていた。婚列を襲うが、輿で運ばれていたのがチャンドラーだと分かり、彼は見逃す。その後、ルーパーが結婚することになった。ビルジューはスキーに手紙を送って襲撃を予告する。スキーはラーダーに助けを求める。ラーダーとラームーは結婚会場に現れたビルジューを止めようとするがかなわず、ビルジューはスキーを殺し、彼から腕輪を奪った後、ルーパーを誘拐して逃げ出そうとする。ラーダーは銃でビルジューを撃ち、ルーパーを助ける。ビルジューは母親に腕輪を渡した後、彼女に抱きしめられながら絶命する。

 それから何十年もの月日が流れ、村にはダムや水路ができ、発展していた。ラーダーは村人たちから「母」と呼ばれ慕われていた。

 「Mother India」の物語は前半と後半に分かれる。前半では、主人公ラーダーが貧困と次々に襲い来る不幸に翻弄されながらもたくましく生き抜く姿が描かれる。ラーダーがシャームーと結婚するところから始まるが、その結婚が借金の原因となり、その後は高利貸しのスキーから搾取され続けることになる。農民にとって農地は命より大事なものだが、その農地が担保になっていて、しかも元本を完済しない限り収穫物の3/4が利子として取られてしまうという不利な契約になっていた。シャームーは必死に働くが、延々と利子を返すだけの生活に陥り、抜け出せなくなる。それでも、シャームーとラーダーの間には3人の息子が生まれ、この頃のラーダーはまだ幸せだった。

 子供の数が増え、年々成長していくにつれて、収穫物の3/4を召し上げられてしまう生活では食っていけないことが明らかになる。向上心のあるラーダーは、荒れ地のままでほったらかしになっている土地に目を付け、それを耕すことで生活を向上させようとする。当初は否定的だったシャームーも、ラーダーの強い意志に負け、協力して荒れ地を耕し始める。だが、その過程で牛1頭を失い、新しい牛を買うためにラーダーは金の腕輪を質に入れる。そして心機一転と思った矢先にシャームーは事故に遭い、両腕を失ってしまう。両腕のない農民は労働力としては無に等しい。その情けない状態に我慢できなくなったシャームーはある日、老いた母と妻子を残して出奔してしまう。彼はその後、二度と戻らなかった。その直後に母親も死んでしまう。

 それでもラーダーは諦めない。まだ三男は赤ん坊だったが、長男ラームーと次男ビルジューは母親の仕事を手伝えるくらいには成長していた。三人は力を合わせて働くが、相変わらず収穫物の3/4はスキーの手中に収められた。ラームーとビルジューは、働かない者が成果をかすめ取っていくその理不尽な仕打ちに怒りを募らせるが、まだ子供だったため、何もできなかった。また、スキーは妻をなくしており、ラーダーとの再婚を狙っていた。

 ただでさえ不幸が続いたラーダーの身にさらなる不幸が襲い掛かる。村は大雨と洪水に見舞われ、多くの村人たちが家と農地を失ってしまったのである。ラーダーも全てを失い、食べ物すらなく、三男を死なせてしまった。そんな惨状の中でもスキーだけは変わらず余裕のある生活をしており、今がラーダーを手込めにするチャンスだと、彼女の様子をのぞきにやって来る。ラーダーは、自分の尊厳を売ってまで生きることを潔しとしなかったが、息子たちの命が懸っているため、話は別だった。運命に負けたラーダーはスキーの家を訪ね、食べ物をねだり、自らの身をスキーに委ねようとする。だが、彼の邪な手が彼女の身体に触れる前にラーダーは自分がまだ既婚者であることを思い出し、スキーからの支援を拒絶して外に出る。

 ラーダーは子供たちと共に再び農地を耕し出す。多くの村人たちは災害に心折れ、村を去ろうとしていたが、ラーダーが彼らを呼び戻す。村人たちが力を合わせて村の再生に乗り出し、やがてかつての繁栄を取り戻す。このおかげでラーダーは村人たちから一目置かれる存在になっていた。

 ここまでが前半だといえる。後半は時間が飛んで、災害からおよそ20年後となる。ラーダーはすっかり中年女性になっていたが、ラームーとビルジューは立派な青年に育っていた。ここからスニール・ダットとラージェーンドラ・クマールが登場する。

 後半は、ラーダーとビルジューの関係にフォーカスされる。そのため相対的に長男のはずのラームーの存在感が減る。優等生タイプのラームーに比べてビルジューは遊び人かつ乱暴者であった。村のトラブルメーカーでもあった。だが、母親にとってはそんな子ほど愛おしいもので、ラーダーはビルジューにラームー以上の愛情を注ぎ込んでいた。もちろん、叱るときは毅然と叱っていた。棒で叩いてもいた。だが、それでも二人の間には通常の母子以上の結びつきが感じられるほど強い絆で結ばれていた。

 母親のためなら命を投げ出すのもいとわないほどの母親好きであったビルジューにとってもはや執着といってもよかったのが、スキーから母親の腕輪を取り戻すという使命であった。スキーの娘ルーパーは生意気な女の子で、時々その腕輪をわざわざ身に付けてビルジューに見せびらかしてもいた。ホーリー祭の日、とうとうビルジューは堪忍袋の緒が切れてルーパーから腕輪を奪い取ろうとする。それが大問題となって、ビルジューは村人たちからリンチを受け、村から追放されそうになる。一時は気を失ったビルジューであったが意識を取り戻した後はスキーの家に押し入って腕輪を奪おうとする。ビルジューは撃たれ、追われる身となって、そのまま村を出ることになってしまう。

 このときラーダーは村人たちの前で誓いを立てる。村の女性たちの尊厳を守るという誓いである。ラーダーは、インド神話の中ではクリシュナ神の恋人であり、ラクシュミー女神の化身でもある。そして彼女は村を捨て去ろうとしていた村人たちを引き戻したことで、土地の女神の象徴にもなっていた。だが、この誓いを立てたことで、彼女は村の女性たちの守り神にもなった。この点は非常に重要である。

 その後、ビルジューは盗賊になって村に舞い戻り、今度こそスキーから腕輪を奪い取って、彼の娘ルーパーを誘拐しようとする。あらかじめビルジューを止めるために駆けつけていたラーダーに引き留められるが、彼は聞かない。ラーダーは銃を持っていたが、それでもビルジューはひるまなかった。母親に自分が撃てるわけがない、という思い上がりがあった。だが、ラーダーはビルジューの母親であると同時に、村の守り神でもあった。ラーダーは誓いを優先し、ビルジューに向かって引き金を引く。弾丸が当たったビルジューは馬から落ち、最期に母親に腕輪を渡して、彼女の腕の中で息を引き取る。彼の顔には不思議な喜びが浮かんでいた。もちろん、ラーダーの顔は母親のものに戻っていた。

 インド映画では絶対的な母性愛が礼賛されることが常で、「Mother India」のように、母親が腹を痛めて生んだ子供を自ら殺すという結末は実は稀だ。だが、そこにこの映画のメッセージが凝縮されている。独立インドにおいて、国家の安全と公共の福祉のために、自らの子供も犠牲にできるような、強い母親像が求められたのである。同時に、女性に内在する、母性愛とは別の強い愛国心や犠牲心も探究されている。

 「Mother India」で描かれた世界は独立前のインドといっていいだろう。だが、少しだけ現在(1957年)のシーンもある。物語の冒頭と最後はその現在シーンにあたる。そこで老年となったラーダーが村の「母」としてダムや水路を作って村の近代化に貢献する様子が描かれる。当時インドの首相を務めていたジャワーハルラール・ネルーはダムを「現代の寺院」と呼び、治水や灌漑のためにインド各地にダムを建設していた。「Mother India」の元ネタになった「Woman」には全くなかった描写である。「Mother India」は独立から10年経った頃に公開された映画であり、まだこの作品には独立直後の高揚心や国造りに邁進するエネルギーが残っている。また、途中には農民たちの群衆がインドの地図を形成するようなモチーフも用いられており、愛国心の喚起も促されている。そういう意味でも「Mother India」は時代を代表する作品だといえる。

 ストーリーも素晴らしいが、途中に挿入される歌と踊りの数々も素晴らしい。農村の牧歌的な生活や祭りなどでのにぎわいの様子が分かるソングシーンやダンスシーンが多く、農村を理想的に映し出している。シャームーとラーダーの仲睦まじい夫婦関係や、ラームーとチャンパーの燃えあがる恋心を歌い上げた曲もある。別離の悲しみを歌う曲を聴くと心を振るわされる。だが、そんな名曲の数々の中でもこの映画のテーマをより明確にしている最重要の曲は「Duniya Mein Hum Aaye Hain」以外にない。そのサビの歌詞は以下の通りである。

दुनिया में हम आए हैं तो जीना ही पड़ेगाドゥニヤー メン ハム アーエー ハェン トー ジーナー ヒ パレーガー
जीवन है अगर ज़हर तो पीना ही पड़ेगाジーヴァン ハェ アガル ゼヘル トー ピーナー ヒ パレーガー

世界に生まれたなら生きなければならない
人生がもし毒ならば呑まなければならない

 次から次へと不幸に見舞われながらも屈せず前を向いて生き抜こうとするラーダーの生き様を的確に表現した曲であり、涙なくしては聴くことができない。最古の仏典「スッタニパータ」でブッダが語った「犀の角のようにただ独り歩め」という言葉や、ラヴィンドラナート・タゴールの書いた詩「Ekla Chalo Re」の「誰も答えてくれなければ一人で歩いて行け」にも通じる、人生訓である。

 演技面でもナルギスとスニール・ダットの力強い演技は絶賛に値する。特に後半、この二人が母子として強い絆で結ばれ、そして最後で殺し殺されるという関係をもその愛情が越えていく姿は感動的ですらある。メインキャスト以外で注目されるのはスキー役のカナイヤー・ラールだ。彼は「Woman」でも同じ役を演じていたが、今回はそれを上回る演技を見せていた。剽軽かつ悪役というバランス感覚が難しい役柄を見事にまとめていたといえる。

 「Woman」との比較でも、「Mother India」の優位性や卓越性は揺らぐことはない。「Mother India」は「Woman」よりもはるかに優れた作品だ。「Woman」でうまく描けていなかった部分がより洗練されており、物語としての締まりが出ている。たとえばラーダーとビルジューの絆は「Woman」ではうまく描き切れていなかった部分であるし、スキーのキャラクターも「Mother India」の方がより一貫性があった。

 「Mother India」は、インド映画を語る上で絶対に欠かすことのできない名作中の名作である。インドという国の全てが一本に凝縮されているといっても過言ではない。インド映画の世界に足を踏み入れたなら、なるべく早い内に鑑賞することをおすすめする。「インド映画はここから始まった」という名言もあるほどの、インド映画の原点である。


मदर इंडिया Mother India (1957) - Full Movie | Nargis, Sunil Dutt | Superhit Hindi Classic