Ahaan

3.5
Ahaan
「Ahaan」

 感動的な映画を作ろうと思った場合、何らかの難病に罹ったキャラを登場させるのは、古今東西でよく使われる手段である。インド映画でも、病気が物語の動力源になることは多い。今まで、様々な病気を主題にした映画が作られて来た。

 2019年にメルボルン・インド映画祭で上映され、2021年3月19日からNetflixで配信開始されたヒンディー語映画「Ahaan」は、ダウン症の青年を主人公にした心温まる物語である。監督はニキル・ペールワーニー。過去に「Stanley Ka Dabba」(2011年)などで助監督を務めていたことがあるが、まだ無名の監督である。主演はアーリフ・ザカーリヤーと新人のアブリー・マーマージー。アブリーがダウン症の主人公アハーンを演じる訳だが、彼は本当にダウン症である。他に、ニハーリカー・スィン、プラービター・ボルタークル、ラジト・カプールなどが出演している。

 舞台はムンバイー。アハーン(アブリー・マーマージー)はダウン症の青年だった。アハーンは仕事をし、自動車や家を買って、結婚して、子供を2人持つのが夢だった、だが、父親はアハーンをなるべく社会から遠ざけておこうとした。

 アハーンの近所に住むオジー(アーリフ・ザカーリヤー)は強迫性障害(OCD)だった。あまりに潔癖症のため、妻のアヌ(ニハーリカー・スィン)は愛想を尽かして実家に帰ってしまった。オジーは料理ができなかったため、食べ物に困ることになった。オジーは、アハーンを厄介者扱いしていたが、アヌと別居するようになってからはアハーンを家に招き入れ、話をするようになる。アハーンはアヌのお気に入りだったため、オジーはアハーンを使ってアヌの手料理を手に入れようとする。だが、そんな企みもアヌにはすぐにばれてしまった。

 アハーンは、オネラ(プラービター・ボルタークル)という女の子が好きだった。アハーンはオネラとアヌを誘ってピクニックへ行く。オジーは言い訳をしてそのピクニックに同行する。久しぶりにオジーはアヌと会話を交わし、二人は仲直りする。

 アハーンが仕事をしたいと何度も言っているのを聞いたオジーは、彼のために仕事を探すように、彼の両親に掛け合う。だが、父親はアハーンの能力を信じておらず、彼を障害者が働く工場へ入れる。アハーンはその仕事が気に入らず、ある日海の中に飛び込んでしまうが、一命は取り留める。

 1週間後、アハーンは就職面接のために意気揚々と出掛けて行った。

 ダウン症は先天性の遺伝子疾患で、身体や知能の発達に障害が出る他、特徴的な顔つきになることで知られている。アハーンを演じたアブリー自身もダウン症であるが、彼の話し方はモゴモゴしていて確かに知的障害を感じさせるものだ。だが、演技は高度に知的な活動である。アブリーがダウン症であり、ダウン症は知的障害を伴うものだとしたら、アブリーはどうしてここまで台詞を覚え、演技ができたのだろうか。

 ダウン症と一口にいっても、その症状は様々である。ダウン症だからといって全く知的な仕事ができないかといえば、このアブリーが証明しているように、そうではない。「Ahaan」がまず強調したかったのは、ダウン症の子供の可能性を最初から狭めてしまってはいけないということだった。

 特にアハーンの父親は、アハーンのことを完全に見下しており、彼を公衆の面前に出すことをなるべく避けていた。だが、最終的には彼もアハーンにやりたいことをさせようとする。映画は、アハーンが就職面接に旅立って行くところで終わってしまうが、十分に希望に満ちたその後が予感される結末だった。

 アハーンと同じくらい重要な役柄を演じていたのがアーリフ・ザカーリヤーであった。アーリフは個性派俳優の中に含まれるが、真面目そうな外見とは裏腹に、結構際どい役もホイホイとこなしてしまう面白い人物だ。今回彼が演じたのは、強迫性障害、いわゆる潔癖症の男性オジーである。オジーは家に埃ひとつ落ちているのを許さないほど潔癖で、それが原因で妻と別居することになってしまった。

 だが、誰とでも分け隔てなく話ができ、誰からも好かれるアハーンと交流するようになってオジーも心変わりを起こす。精神科医による暴露療法も効いたと思われるが、やはりアハーンの人柄が彼に与えた影響は大だった。アハーンのおかげでオジーは妻のアヌと仲直りし、今度はアハーンの夢を叶えるべく動き出す。

 アーリフの演技力の見せ場として、暴露療法によって公衆便所で用を足さざるを得なくなったシーンが挙げられる。潔癖症のオジーは、汚れに汚れた公衆便所などには普段なら決して近づかないのだが、医者から下剤を飲まされ、わざとスラム街で自動車を降ろされたため、そこに入らざるをえなくなった。悪習のする便所に入り、汚い便器に腰掛け、嫌悪感を露にしながらも、下痢便を放出する快感も同時に表現するという芸達者振りを見せていた。

 難病を抱えた人物の天真爛漫な生き様が周囲の人々に新たな視点を与え、問題を解決するという筋書きは特別なものではないが、本当にダウン症の俳優がダウン症の役を演じるのは斬新だった。ただ、低予算映画であり、所々に安っぽさは感じた。特に英語の挿入歌があったが、全く素人の出来映えで、ない方が良かったくらいだ。

 「Ahaan」は、ダウン症の青年を主人公にした、ライトタッチの感動作である。ダウン症の俳優がダウン症の役を演じている点がとても目新しかった。それと同時に、ダウン症を知的障害者と決め付ける偏見を、ダウン症の役者が演技をして見せることで打ち破ろうとする試みも感じられた。全くスターパワーのない低予算作品であるが、観る価値のある佳作である。