インド人独特の行動のひとつに「ヴラト(व्रत)」がある。映画の中でも、登場人物がヴラトを行っている姿を目にすることが多い。
ヴラトは「誓戒」などと訳されるべき言葉であるが、それだけだとよく分からないだろう。大修館の「ヒンディー語=日本語辞典」では、ヴラトは以下のように説明されており、これが最も簡潔で分かりやすいと思われる。
福を招き富と安全を得るため、あるいは、息子を授かるためや子や夫の長寿のために特定の日に断食やもの断ちを伴って行われる願行
インドでは、神様に何か願い事をするとき、何かを差し出さなければならないという考えが強い。賽銭や供物はそのひとつであるが、願い事を本当に叶えたいと思ったら、一番大切にしているものや、生命維持に直結するようなものを差し出すのが最も効果が高いと考えられている節がある。
最も一般的なのは断食である。インド人の中には、特定の曜日に断食をすることを決めている人が結構いる。女性は月曜日、男性は火曜日か土曜日に断食することが多いように感じる。その理由は、各曜日に設定された神様にある。
月曜日はシヴァ神の日である。シヴァ神の妻パールワティー女神は、シヴァ神と結婚するために断食をした。その伝承から、いい夫に巡り会うことを願って、月曜日に断食する女性が多いのである。
火曜日は猿の将軍ハヌマーンの日である。ハヌマーンは、自身の潜在力に気付かない存在とされる。また、力士の神様でもある。身体能力の向上を願う男性が火曜日に断食することが多いのは、それが理由である。
土曜日は土星の神シャニの日である。シャニは不吉な神であり、不幸から逃れるために断食をする人が多い。
また、祭日に断食をする人も多い。ナヴラートリやダシャハラーの期間は特に断食をする人が多くなる。
断食と言っても、その内容は人によって様々である。本当に食を断つ人もいれば、特定の曜日だけは肉を食べないと決めている人もいる。それぞれ自分でルールを決めて断食をしている。自分で誓って、自ら戒めるのがヴラト、誓戒なのだ。
ただ、何らかの理由で食事をしたくない人が、「今日はヴラトをしているから」と言い訳して食べないというシーンも映画の中ではよく見られる。
また、ヴラトは単なる断食に留まらず、禁欲も含まれる。つまり、性交や自慰をしないということだ。また、自らを苦しめる苦行もヴラトになる。日本のお百度参りや滝行も一種のヴラトと言っていいだろう。
いかにもインドらしいヴラトが、「マウンブラト(मौनव्रत)」である。これは「沈黙の行」と訳される。つまり、言葉を一言も発しないと誓うヴラトである。
映画の中で出て来るマウンヴラトは、実際の沈黙の行と言うよりも、何かしゃべりたくないことがあるときの言い訳に使われることが圧倒的に多い。例えば、「Prem Ratan Dhan Payo」(2015年/邦題:プレーム兄貴、王になる)では、意識不明となった王様の身代わりとなって王様の振りをする瓜二つの主人公が、言葉を発すると偽物であるとばれてしまうため、マウンヴラトをしていることにして、公衆の場では一切言葉を発しないというシーンがあった。沈黙の行の慣行があるインドならではのネタであろう。
ちなみに、「ヴラトをする」と言うときは、「व्रत रखना」、つまり、「ヴラトを置く」という言い方をする。誓戒モードを自分の中にセットするイメージなのだろう。