ヴィーラッパンと言えば、1990年代から2000年代初頭に掛けて南インドを騒がせた盗賊の親玉である。カルナータカ州、タミル・ナードゥ州、ケーララ州にまたがる森林を住処とし、白檀や象牙の密輸から誘拐、殺人まで、様々な犯罪に手を染めて来た。髭が特徴的で、いかにも盗賊の親分といった外観をしていた。各州の警察がヴィーラッパン逮捕のために手を尽くしたが、失敗を繰り返し、多くの警官が犠牲になった。彼の犯した犯罪の中でもっとも衝撃的だったのは、2000年、カンナダ語映画のスーパースター、ラージクマールを誘拐したことだ。当時のカンナダ語映画はラージクマール一人で持っていたと言っても過言ではない状態だったため、カルナータカ州では大変な騒動となった。ラージクマールは無事に解放されたものの、この一件でヴィーラッパンの悪名は全国に轟いた。2004年10月18日、ヴィーラッパンは遂に警察によって射殺され、彼の波瀾に満ちた人生は幕を閉じた。
このような絶好のネタをインド映画界が放っておくはずはなく、ヴィーラッパンの伝記映画が何本か撮られている。存命中だった1991年に既に「Veerappan」という映画が作られているが、彼の死後、「Attahasa」(2012年)や「Killing Veerappan」(2016年)などが作られた。これらは全てカンナダ語映画である。ヴィーラッパンはカルナータカ州出身かつ、カンナダ語映画スターを誘拐したことで、カルナータカ州でもっとも名を知られている。
2016年5月27日公開のヒンディー語映画「Veerappan」は、ヴィーラッパンを取り上げた映画としては初のヒンディー語映画である。上で紹介したカンナダ語映画「Killing Veerappan」のリメイクであり、監督は原作と同じラーム・ゴーパール・ヴァルマーである。ヴィーラッパンを演じるのはサンディープ・バールドワージ。それに対しヴィーラッパンを追う警官をカンナダ語映画俳優サチン・ジョーシーが演じている。「Water 」(2007年)などのリサ・レーがヒロイン的な役で出演している他、ウシャー・ジャーダヴ、クリシュナ・シュリーカーント・アヤンガールなどが出演している。また、劇中では使用されていないアイテムナンバー「Khallas」にザリーン・カーンがアイテムガール出演している。この曲はラーム・ゴーパール・ヴァルマー監督の名作「Company」(2002年)の同名アイテムソングのリミックスである。
サチン・ジョーシーが演じる警官には名前が付けられていない。単に「Cop(警官)」とされているだけだ。現実世界において、ヴィーラッパンの射殺に成功した「コクーン作戦」の指揮を執ったのはKヴィジャイ・クマールとNKセンターマライ・カンナンであり、彼らをモデルにしていると思われる。ここでは便宜的に俳優名の「サチン」で呼ぶことにする。サチンは対ヴィーラッパンのために特別編成された部隊を率いることになった。
序盤では簡単にヴィーラッパンの紹介がなされ、サチンがヴィーラッパンの追跡に執念を燃やす様子が全編に渡って描写される。ヴィーラッパンは森林の王者であり、警官が森林の中に分け入って彼を殺すのは不可能であった。そこでサチンはヴィーラッパンを森林の外に誘き寄せる作戦に切り替える。
まず試したのは、ヴィーラッパンに殺された警官の妻シュレーヤー(リサ・レー)を使った作戦だった。警察は、ヴィーラッパンの妻ラクシュミー(ウシャー・ジャーダヴ)を捕まえることに成功していたが、彼女に何の容疑も掛かっておらず、すぐに釈放することになった。そこで彼女をラクシュミーの家に借家人として住まわせたのである。もちろん、シュレーヤーは身分を偽っていたし、ラクシュミーも当初は夫がヴィーラッパンであることを彼女に明かさなかった。シュレーヤーとラクシュミーは仲良くなり、秘密を共有するようになる。こうしてラクシュミーの信頼を勝ち取り、ヴィーラッパンまで辿り着こうとするが、この作戦は警察内に内通者がいたために失敗する。サチンは内通者をあぶり出し殺害する。
次にサチンが実行したのは、ヴィーラッパンが新兵を募集しているのにつけ込んで、彼と通じているマフィアのドンを使って、新兵として彼に辿り着く作戦である。だが、これも用心深いヴィーラッパンは見抜く。サチンは咄嗟の機転で形勢逆転するものの、ヴィーラッパンを取り逃す。
このように、映画はサチンとヴィーラッパンの化かし合いが延々と続く。最後にヴィーラッパン射殺につながった作戦は、AK-47とプラバーカランを出汁に使ったものだった。
ヴィーラッパンはカンナダ語映画スターのラージクマール誘拐に味を占め、今度はタミル語映画スターのラジニーカーントを誘拐しようとしていた。そのためには強力な武器が必要で、AK-47を欲していた。サチンは、元警官クマール(クリシュナ・シュリーカーント・アヤンガール)を武器密輸業者に仕立てあげてヴィーラッパンと接触させる。盗賊に本物のAK-47を渡すのは、警察としても非常にリスクのある作戦だったが、ヴィーラッパンの信頼を勝ち取るためには、ヴィーラッパンが思いもしない手段を採る必要があった。
また、ヴィーラッパンはスリランカの武装集団タミル・イーラム解放の虎(LTTE)の棟梁プラバーカランに心酔していた。クマールは、彼をプラバーカランと会わせると嘘の約束をし、森林の外に連れ出すことに成功する。プラバーカランは待ち伏せに遭い、一斉射撃を浴びて絶命するのである。
サチンはそれだけでなく、ライバル関係にあったクマールをも事故に見せかけて暗殺する。サチンは、ヴィーラッパンのような羅刹を殺すためには自分がさらに凶悪な羅刹にならなければいけないと言い放つ。
ラーム・ゴーパール・ヴァルマー監督は、1990年代から2000年代初めに掛けて、ヒンディー語映画界において他の追随を許さない先進的な開拓者であった。彼の実験的な映画の数々がヒンディー語映画に与えた影響は計り知れない。だが、映画オタクらしいこだわりが次第に悪目立ちするようになり、自己満足的な映画しか撮れなくなって行った。従来、非常に多作だった彼は、2010年代には数えるほどしかヒンディー語映画を撮らなくなり、自分の本拠地であるテルグ語映画にほぼ専念するようになった。そんな中で撮られたのがこの「Veerappan」であった。
所々にヴァルマー監督の個性を感じるカメラアングルが見られたが、全体的に、かなり無難な映画の作りになってしまっていたように感じた。サチン・ジョーシーによるヒンディー語の台詞回しが素人っぽかったのも映画の質の低下をさらにもたらしていた。ヴァルマー作品には何かしら突出したものを期待してしまうのだが、残念ながらこの「Veerappan」はかなり凡庸な映画に収まってしまっていた。
「Veerappan」は、かつて「インド映画界の風雲児」と呼ばれたラーム・ゴーパール・ヴァルマー監督が、自身が監督したカンナダ語映画をヒンディー語でリメイクした作品である。題名が示す通り、一世を風靡した盗賊の親玉ヴィーラッパンを巡る映画で、彼を執拗に追う警官との化かし合いが見所である。だが、ヴァルマー監督らしい先進性はほとんど感じられなかった。