2003年10月17日には是非見てみたいヒンディー語映画が2本上映された。今日はその内の1本、「Main Madhuri Dixit Banna Chahti Hoon」を観た。
題名が長ったらしくてヒンディー語が分からない人にとってはチンプンカンプンだろうが、基本的な文章で、その意味するところは「私はマードゥリー・ディークシトになりたい」である。マードゥリー・ディークシトと言えば、インド人でその名を知らぬ者はいない、インド映画界随一の踊りの名手の女優である。「Devdas」(2002年)のきらびやかな古典舞踊は記憶に新しい。しかしこの映画自体には直接出演していない。主演はアンタラー・マーリーとラージパール・ヤーダヴ。監督はチャンダン・アローラー。プロデューサーは最近乗りに乗ってるラーム・ゴーパール・ヴァルマーである。
チュトキー(アンタラー・マーリー)は人並み外れたダンスの才能を持つ、村の女の子。村で祭りがあると、チュトキーは自慢のダンスを披露していた。彼女は村では「マードゥリー・ディークシト」と呼ばれていた。彼女自身もムンバイーへ行ってマードゥリーになるのを夢見ていた。しかし村でそんな夢物語が相手にされるはずがない。チュトキーは母親から無理矢理結婚させられそうになっていた。 ラージ(ラージパール・ヤーダヴ)は間抜けだが純朴な、チュトキーの幼馴染みだった。ラージはチュトキーに恋心を抱いていた。ある日ラージはムンバイーへ行ってマードゥリーのようなヒロインになるという夢をチュトキーから聞かされる。そのためにラージは彼女にひとつの案を提案する。「まず僕と結婚するんだ。そしたら自由にムンバイーへ行って夢を実現することができるよ。」その突拍子もないアイデアを、藁をもすがる思いのチュトキーは受け入れ、こうしてラージとチュトキーは結婚式を挙げる。 結婚後、ラージは「ムンバイーでビジネスを始める」と両親を誤魔化して、チュトキーと共にムンバイーへ行く。しかし田舎から出てきた2人にとって、ムンバイーはあまりに大都会だった。次から次へと押し寄せる人ごみ、ぼったくろうとするタクシー、高い家賃に狭くて汚ない部屋、映画スター志望のただのキザ男、何より何のつてもない二人が突然映画の業界に飛び込めるはずがなかった。チュトキーはくじけそうになるが、ラージの励ましによって夢を諦めなかった。チュトキーは美容院へ行って田舎女から都会の女へと変身を遂げる。 二人に次第に運が巡ってきた。チュトキーはモデル事務所の紹介で、ビデオクリップのダンサーをすることになった。そこでチュトキーのダンスが炸裂し、絶賛を浴びる。これがきっかけとなって念願の映画の仕事が舞い込む。なんとシャールク・カーン、アミターブ・バッチャン、リティク・ローシャンなどの大物俳優との共演で、ヒロインはチュトキーただ一人だという。喜び勇んで撮影所に出掛けたチュトキーだったが、実は偽物俳優たち勢揃いの低予算映画だった。しかしチュトキーは精一杯仕事をこなす。 チュトキー主演の映画「Roshni」がいよいよ公開されることになった。ラージとチュトキーは初日に映画を観に行くが、映画館はガラガラだった。わずかにいた観客たちもその映画を大声で酷評していた。すっかり自信を失ったチュトキーたちは、村へ帰ることにした。夢を諦めると同時にチュトキーはラージの愛情を初めて実感するのだった。 村に帰るとチュトキーが映画に出演したことがばれていた。なんとかラージが謝って許してもらったのだが、そこへモデル事務所の社長がやって来る。そして「Roshni」は都市部ではヒットしなかったが、村では大ヒットしていることを告げる。そして次から次へと仕事も舞い込んでいた。ラージとチュトキーは再びムンバイーへ向かった。
文句なしの合格点。「こんなインド映画を待っていた!」という感じの、一風変わった、でも存分にインド映画らしいシンデレラストーリーだ。見終わった後の爽快感も抜群。
何と言ってもまず最初に賞賛しなければならないのはアンタラー・マーリーだろう。アンタラーは2002年に「Company」でデビューし、続く「Road」(2002年)でヒロインをつとめ、2003年には「Darna Mana Hai」にもチラッと出演していた。「Road」のときのアンタラーが一番印象的で、顔はそんなに美形ではないが、セクシーで迫力のある女優だと思っていた。「Main Madhuri Dixiti Banna Chahti Hoon」でのアンタラーは、「Road」の頃に比べると痩せてしまっていたので、最初見たときは判別できなかった。
マードゥリー・ディークシトみたいにダンスの上手な女の子の話なので、主演女優はダンスがうまくなければつとまらない。その点アンタラーはまさに適任。アンタラーがこんなに踊りがうまいとは思っていなかった。リズミカルかつ表情豊かな踊りは、相当才能があるか、相当練習したか、どちらかだろう。これだけ踊れれば、リティク・ローシャンと並んで踊っても遜色ない。是非、この2人のダンスを見てみたいものだ。変な話になるが、どうしても目が行ってしまったのが、アンタラーの腹。なんだか特徴的な腹をしている。腹筋のようにも見えて、ぷよぷよした贅肉のようにも見える。ヘソ出しルックの服装で踊っているときのアンタラーの腹は必見だ。アンタラーの腹、これぞこの映画の目玉だと断言してもいい。見てみればわかる。
ラージパール・ヤーダヴもいい演技をしていた。ラージパールはチビでチョコマカしたコメディアンとして、インド映画によく登場して爆笑を誘っているのだが、今作のような、どちらかというと演技力を要求される映画にも出演したのには驚いた。
この映画で最も印象的なシーンは、最後、夢を諦めて二人がムンバイーに帰る直前のシーンである。そこに至るまでの伏線がいくつかある。(偽装の)結婚後、ラージと一緒にすぐにムンバイー行きの列車に飛び乗ったチュトキーは、高価なものだからと言って、マンガルスートラをラージに渡す。マンガルスートラとは主にマハーラーシュトラ州辺りの既婚の女性が首にかけている首飾りで、夫が生きている限り外してはならないとされている。しかしチュトキーにとってラージとの結婚は夢実現のための手段だったので、マンガルスートラを簡単に外してラージに渡してしまったのだった。その後、ムンバイーに到着した二人はいろいろな苦難に遭う。田舎っぽい外見をしていたら、いつまで経っても駄目だと気付いたチュトキーは美容室へ行って、モダンな髪型にしてもらう。そのときチュトキーが後ろで束ねていた三つ編みは途中でバッサリと切られてしまう。ラージは床に落ちたチュトキーの三つ編みの切れ端をこっそり持ち帰る。最後になって、夢を諦めたチュトキーは部屋の片付けをしていると、ラージの棚にマンガルスートラと三つ編みの切れ端を見つける。それを見てチュトキーはラージの愛に気付き、マンガルスートラを首にかけるのだった。それを見てラージも涙する。僕も涙した。
チュトキー主演の映画「Roshni」は、ムンバイーではヒットしなかったが村ではヒットした。これは実際にもあることで、都会でヒットした映画が村では全然受けず、逆に都会でフロップに終わった映画が村で大成功を収めるということは不思議なことではない。インドではそれほど都会と村での趣向の格差があるということだ。例えばヒングリッシュ映画なんか絶対に都会でしか受けないだろうし、逆にマッチョな男優が悪役を次々と殴り倒すようなアクション映画は、都会よりも村で人気を博すことが多い。
チュトキーがバーザールにいると、村の映画館(映画小屋?)の主人が宣伝カーに乗ってやって来て「今日の○時に『Devdas』の上映があるぞ!」と宣伝してまわる。デリーではこんな光景は見られないが、田舎の方へ行けばまだまだ映画宣伝カーが村や町をグルグル廻っているのを見ることができる。映画中、実際の「Devdas」の映像が一部だけだが使われる。こういうのってちゃんと許可をもらってやっているのだろうか、とふと思った。ちょうどマードゥリーが「Maar Daala」を踊っているシーンで映画がプチッと切れる。映画館の主人曰く「まだこの次のリールが届いておりません!」こういうのも昔の日本では時々あったと聞くし、インドでもあるのだろう。もちろん観客は「金返せ!」と怒り出すのだが、そこでチュトキーが見よう見まねでマードゥリーの踊りを歌って踊り出すと、観客もみんな盛り上がって一緒に踊り出す。しかも「Maal Daala」と「Kaahe Chhed Mohe」のアレンジ・バージョンに合わせて。このシーンもよかった。
インドの映画撮影の様子を少し見れるのも楽しいかもしれない。それを見て、ついつい9月にTVCM撮影のためにムンバイーへ行ったときのことが思い出された。インドの撮影現場は混沌とはしているが、案外テキパキしている。そしてその中で一番目立つのがダンスマスターと呼ばれる振付師たちだ。彼らの踊りは本当にうまい。バックダンサーやヒーロー、ヒロインよりも遥かにうまい。実際に見た撮影現場でも、この映画の中での撮影現場でも、同じような印象を受けた。
分かりやすい筋の映画だし、気持ちよく見終わることができるので、おそらく今年オススメのヒンディー語映画の内の1本となるだろう。そして何と言ってもアンタラー・マーリーの腹・・・と踊り。何だか急にアンタラーのファンになってしまった。