
「Pakeezah」は、中世から近代に掛けてインドの宮廷文化を彩ったタワーイフ(芸妓)を題材とした映画として最高傑作のひとつに数えられる作品である。「悲劇の女王」と称された名女優ミーナー・クマーリーの遺作としても知られる。1972年2月4日に公開されたが、製作には15年の長い歳月が費やされた。よって、映画の中でミーナーが急に老けたり若返ったりするが、それも、この映画を何とか完成させようとした、ミーナーの夫カマル・アムローヒー監督の執念だといえる。「ムスリム・ソーシャル」と呼ばれるインド映画特有のジャンルの代表作でもある。
インド最初期のホラー映画として知られる「Mahal」(1949年)で知られるアムローヒー監督は、1952年にミーナーと結婚し、彼女をヒロインに据えて「Daaera」(1953年)を撮った。これは興行的に失敗に終わったが、アムローヒー監督はさらに彼女の主演作を企画し、1956年頃には撮影が始まっていた。それがこの「Pakeezah」であった。ところが撮影は順調に進まず、1964年にはアムローヒー監督とミーナーが離婚してしまったことで頓挫しかけた。また、精神が不安定になったミーナーはアルコール中毒になり、体型も崩れてしまった。それでも1969年に撮影が再開され、何とか完成までこぎ着けた。
これだけ製作に長い時間が掛かった映画なので、スタッフも一定ではない。音楽監督はグラーム・ムハンマドだったが、彼は映画の完成前に亡くなった。「Mother India」(1957年)や「Mughal-e-Azam」(1960年・2004年)で有名なベテラン音楽監督ナウシャードが後を引き継ぎ、音楽を感性させた。作詞はカイフィー・ボーパーリー、マジルー・スルターンプリー、カイフィー・アーズミー、そしてアムローヒー監督自身である。
ミーナー・クマーリー以外のキャストは、アショーク・クマール、ラージ・クマール、ヴィーナー、ナーディラー、DKサプルー、カマル・カプール、ヴィジャヤラクシュミーなどである。
ラクナウーに住むタワーイフ、ナルギス(ミーナー・クマーリー)は、デリーの名士シャーハブッディーン(アショーク・クマール)と恋に落ち、彼と結婚しようとする。シャーハブッディーンはナルギスを自宅に連れて行くが、厳格な父親ハーキム・サーブ(DKサプルー)はタワーイフとの結婚を絶対に認めなかった。絶望したナルギスは逃げ出し、墓場に住み着く。彼女はそこで女児を生み、息を引き取る。
ナルギスの姉ナワーブジャーン(ヴィーナー)はナルギスの生んだ女児を預かり、連れ帰る。17年後、ナルギスがシャーハブッディーンに宛てて書いた手紙が届く。そこには女児の存在が書かれていた。シャーハブッディーンは娘を探してナワーブジャーンのコーター(娼館)にまでたどり着く。成長したサーヒブジャーン(ナルギス)はタワーイフとして踊りを踊って生計を立てていた。ナワーブジャーンはシャーハブッディーンから逃げるため、サーヒブジャーンを連れて列車に乗る。
サーヒブジャーンが目を覚ますと足に手紙が挟んであった。彼女の足の美しさを讃えたその手紙を読んでサーヒブジャーンは見知らぬ手紙の主に恋心を抱くようになる。
ナワーブジャーンは新しい町で美しいハヴェーリー(邸宅)を買い上げ、サーヒブジャーンにムジュラー(踊り)をさせて商売を始める。すぐにサーヒブジャーンの美しさは町の噂になり、名士が集ってくる。その内、特にサーヒブジャーンを気に入ったナワーブ・ザファル・アリー・カーン(カマル・カプール)は彼女を船旅に誘う。だが、遊覧中に象の群れを怒らせたことで攻撃を受け、ナワーブは死んでしまう。サーヒブジャーンは森の中で見知らぬ岸にたどり着き、そこにあったテントに身を寄せる。テントには誰もいなかったが、テントの主は、いつぞやの手紙の主であることに気付く。しばらく待っていると、サリーム・アハマド・カーン(ラージ・クマール)が帰ってくる。サリームも、テントにいる女性が列車で出会った人だということに気付く。サーヒブジャーンは話し掛けられても記憶喪失の振りをする。森林警備隊のサリームは、夜までに帰ってくると言い残して仕事に出掛ける。だが、その前にナワーブジャーンに見つかり、連れ戻される。
ハヴェーリーに戻ったサーヒブジャーンは心ここにあらずの状態だった。ある晩、サーヒブジャーンは顧客にレイプされそうになって逃げ出し、線路で列車にひかれそうになる。列車は彼女をひく前に停止するが、彼女は気を失う。たまたまその列車にサリームが乗っており、彼女を引き取る。そしてサリームはサーヒブジャーンを自宅に連れ帰る。なんとそれはハキーム・サーブの家で、シャーハブッディーンは彼の叔父だった。ハキーム・サーブは、正体が分からない女性を受け入れず、サリームはサーヒブジャーンを連れて家を出る。サーヒブジャーンは彼に、自分はタワーイフであることを告げる。それでもサリームは彼女と結婚しようとする。
サリームはサーヒブジャーンを連れてモスクへ行き、挙式しようとする。サリームはサーヒブジャーンに「パーキーザー(純潔な女性)」という名前を与える。だが、タワーイフの過去が彼女のトラウマとなり、サリームとの結婚を拒否して逃げ出してしまう。
サーヒブジャーンはハヴェーリーに戻り、再びタワーイフになる。しばらく後にサリームから手紙が届き、結婚式で踊ってほしいと依頼される。サーヒブジャーンはサリームの結婚式にムジュラーをするが、途中から狂ったようになる。事情を理解したナワーブジャーンはシャーハブッディーンを呼び、サーヒブジャーンこそが彼の娘であることを告げる。怒ったハキーム・サーブはサーヒブジャーンを銃で撃ち殺そうとするが、彼女をかばったシャーハブッディーンが銃弾を受け、死んでしまう。サリームはシャーハブッディーンと結婚することを決め、シャーハブッディーンの遺体と共に、サーヒブジャーンを迎えるため、かつてナルギスが住んでいたコーターを訪れる。
顔も知らない相手に対して手紙から始まる恋、というのは日本の平安時代の文学を思わせるような純愛である。主人公サーヒブジャーンは、列車の中で見知らぬ人から受け取った手紙を読んで、その手紙の主に恋心を抱く。その手紙とは、以下のようなものだった。
معاف کیجیےگا
اتفاقاً آپ کے کومپرٹمنٹ میں چلا آیا تھا
آپ کے پاؤں دیکھیں
بہت حسین ہیں
انہیں زمین پر مت اٹھالییگا
میلے ہو جاینگےآپ کا ایک ہمسفر
申し訳ありません
偶然、あなたの部屋に入ってしまいました
あなたの足を見ました
とてもきれいです
地面に置かないでください
汚れてしまいますあなたの道連れより
インド人女性は「アルター」と呼ばれる染料で足を赤く染めるが、サリームは夜にたまたま寝台に横になるサーヒブジャーンの赤く色塗られた足を目にしてしまい、その美しさにほれ込んで、手紙をしたためたのだった。一目惚れといっていい。しかも、顔ではなく足に。その手紙には、サリームの恋心が込められており、サーヒブジャーンもそれを正確に受け止めたのだった。
手紙によって恋に落ちたサーヒブジャーンの落ち着かない心を象徴するギミックになっているのが列車の汽笛である。列車で移動中にサリームとサーヒブジャーンの出会いがあったため、サーヒブジャーンは汽笛を聞くたびに手紙の主のことを考えてしまうようになった。彼女が住み着いたハヴェーリーのそばに実際に線路があったようだが、彼女の心をしきりにざわつかせる汽笛は幻聴の一種と受け止めることもできるだろう。
こうして、サリームとサーヒブジャーンはお互いのことをよく知らないまま、離れ離れのまま、相思相愛になっていたが、ひとつ大きな問題があった。サーヒブジャーンはタワーイフであり、サリームは彼女がタワーイフであることを知らなかったのだ。男性の心を魅了して生計を立てるタワーイフにとって恋は御法度だった。社会的地位も低く、タワーイフとの結婚を認める名士などいない。そもそも、サーヒブジャーンの母親ナルギスもタワーイフであったが、恋に落ちた名士の男性と結婚しようとして家族から拒絶されて屈辱を受け、墓場で出産しそのまま息を引き取ったのだった。
サリームはサーヒブジャーンの美しい足を見て、純粋にその美しさを讃え、地面に足を置くとその美しい足が汚れてしまうと忠告する。だが、実のところ、タワーイフのサーヒブジャーンはインド社会では汚れた存在であり、彼女が踏んだ地面の方が汚れてしまうのだった。それゆえに、サリームはサーヒブジャーンに「パーキーザー(純潔な女性)」という新たな名前を付け、彼女を浄化しようとした。
もうひとつ注目したいのが、サリームとサーヒブジャーンが列車で出会った夜に引用されるミルザー・ガーリブの詩だ。ガーリブはウルドゥー語文学最高峰の詩人である。サーヒブジャーンはどうやらガーリブのディーワーン(詩集)を寝ころんで読んでいる内に寝落ちしてしまったようで、寝台には本が開いたまま置かれていた。サリームはそれを持ち上げ、開かれたページに書かれていたガザル詩の一節を読み上げる。
بنا کر فقیروں کا ہم بھس غالب
تماشا اہل کرم دیکھتے ہیںファキール(托鉢僧)のような身なりをして
ガーリブは寛大な名士たちの芝居を観劇する
大いなる風刺詩人であったガーリブは、見栄だけ張って中身のない富裕層や上流層の虚栄を笑っている。「Pakeezah」も、タワーイフの視点からこの世の不条理を描き出そうとしており、ガーリブのこの詩は映画の主題になっている。ただ、タワーイフと関係を持ったシャーハブッディーンもサリームも、その思いは真剣だった。シャーハブッディーンはナルギスと結婚しようとしたが父親から認められなかっただけだし、サリームも家族や社会に逆らってサーヒブジャーンと結婚しようとした。この映画でもっとも責められていたのは、家柄や名誉を気にして息子や孫の恋愛に理解を示さなかったハキーム・サーブであろう。差別と偏見による愛息子の喪失は、ヒンドゥー教的な因果応報論と関連付けることもできる。
映画は、サーヒブジャーンの婚列を映し出しながら、以下のナレーションで締めくくられる。
ہزاروں سال نرگس اپنی بنوری پر روتی ہے
باڈی مشکل سے ہوتا ہے چمن میں دیدہ ور پیدا何千年もスイセンは自分の地味さに泣いている
花園に目利きは稀にしか生まれない
サーヒブジャーンは、タワーイフが世間から蔑まれた存在であることを実感し、自分たちのことを「生きた死体」と表現していた。一度タワーイフの世界に足を踏み入れた女性は、二度と「生きる」ことができないのが普通だった。幸い、サーヒブジャーンはサリームと結婚することができたが、それは例外である。稀にしか生まれない「目利き」と出会えたからだ。一見派手そうに見えるタワーイフの人生も、実際は色のないスイセンのように地味であり、誰からも見向きされない存在である。そんな悲しみを描いたのが「Pakeezah」だといえる。
ミーナー・クマーリーにとって、「Pakeezah」は遺作でもあり、ベストの演技が見られる作品でもある。15年以上を掛けて撮られた作品であるため、20代半ば、絶頂期の美貌を持つ頃に撮られた部分と、30代後半、円熟期に撮られた部分が入り乱れる。若い頃の彼女の美しさは神々しいが、年を取りアルコール中毒になった頃の彼女は明らかに老け、苦労して撮られたのが分かる。踊りに関しても、「Inhin Logon Ne」や「Thade Rahiyo」など、若い頃の彼女が踊るカッタクは優雅である一方、年を取った後に撮られたいくつかのソングシーンでは、彼女の体調が極度に悪化しており、顔を見せなくていい場面では代役が使われたという。
ラター・マンゲーシュカルの歌う楽曲は名曲揃いなのだが、もっともストーリーの盛り上げに貢献していたのは「Chalte Chalte」だ。サーヒブジャーンはナワーブ・ザファル・アリー・カーン一人のためにこの踊りを踊るのだが、彼女の心は見知らぬ手紙の主にあった。その歌詞も、暗に列車で出会ったサリームに向けられている。
撮影は、ボンベイのスタジオの他には、マハーラーシュトラ州の避暑地マハーバレーシュワルと、ムガル朝第6代皇帝アウラングゼーブの墓があるクルダーバードで行われたようである。
「Pakeezah」は、手紙から始まり、運命に翻弄される純愛を軸に、インド社会の中でもてはやされながらも蔑まれるタワーイフの人生を描き出したムスリム・ソーシャル映画の傑作である。15年掛けて作られているため、主演女優ミーナー・クマーリーの年齢差など、違和感のある部分はあるが、逆にいえば、それだけの執念と共に作り上げられた渾身の映画だ。一見に値する。
