2025年もインドは「世界一の映画大国」

 毎年、カンヌ映画祭で頒布される「FOCUS」の2026年版がネットで購入可能になった。「FOCUS」には世界の映画産業の統計がまとめられており、世界の中でのインド映画の地位を定点観測するため、毎年注目している。

 これまで、毎年の「FOCUS」のデータをもとに以下の記事を書いてきた。

 毎年の主な関心事は、インドの年間製作本数が世界何位かという点である。インドはしばしば「世界一の映画大国」と呼ばれるが、その最大の根拠になっているのが年間製作本数だからだ。インドは1971年に年間製作本数で世界1位に躍り出て以来、半世紀以上その地位を維持してきてた。さて、2025年はどうだったのだろうか。

 結論から先にいえば、2025年もインドは依然として世界でもっとも多くの映画を製作した国であった。2023年には1位の座を中国に明け渡したが、2024年にはすぐに奪取し、その地位を2025年も維持したことになる。

2022年2023年2024年2025年
インド978746714768
日本634676685694
米国803510544n.a.
韓国703608604539
中国380792612511

 ちなみに、インドのデータでカウントされているのは、10万ルピー以上の世界興行収入を上げた作品のみである。日本円に換算するとおよそ20万円以上と考えていい。この基準が導入される前までは、劇場一般公開されていない作品もカウントされており、一時期は2,000本以上という突出した数字になっていた。過去3年間は700本台で推移している。

 一方、一時期インドから年間製作本数1位の座を奪い取った中国は衰退著しく、現在は世界5位に甘んじている。近年、中国経済の悪化が報じられているが、映画の製作本数からもそれがうかがわれる。

 米国の「n.a.」とは「not applicable」もしくは「not available」の略で、つまりは入稿までにデータが入手できなかったということを示す。だが、世界3位の位置に置かれているため、暫定値では600本前後になっているのだろう。

 インドに注目している間に日本が順位を上げてきて、2025年は前年に引き続きインドに次いで世界2位の映画大国を維持している。1971年にインドが世界1位の座を奪い取るまで、世界最大の映画大国は日本だった。日本では、世界興収7位の「劇場版 鬼滅の刃 無限城編 第一章 猗窩座再来」(2025年)などアニメ映画が好調で年間製作本数を押し上げている。今後、日本がインドを抜いて世界1位に躍り出ることもあるかもしれない。


 2025年のインド映画産業はおおむね好調だったといえる。興行収入は1339.5億ルピーを記録したが、これは前年度比13%増、過去最高値である。特にヒンディー語映画が好業績であり、市場シェアは41%となった。

 興行収入は増加したものの、懸念点は観客数が前年度比6%減であることだ。実は観客数の観点で見ると、インドは中国に負けている。観客数世界トップ5は以下の通りだ。

2022年2023年2024年2025年
中国7.12億12.99億10.07億12.38億
インド8.92億9.43億8.83億8.32億
米国・カナダ7.02億8.19億7.62億7.80億
日本1.52億1.56億1.44億1.89億
メキシコ1.73億2.18億2.08億1.87億

 では、観客数が減ったのに興行収入が上がった理由は何だろうか。理由はひとつしかない。映画館入場料の値上げである。インドの映画館の入場料は前年から20%も上昇した。これが興行収入を押し上げる代わりに観客数を押し下げる大きな要因になったと思われる。もちろん、インドで映画館離れが徐々に起こっているという予想もできるだろう。

 さらに詳しく分析していくと、中予算型映画の空洞化が観察される。インドの映画産業において資金は大予算型映画に集中するようになっており、その代償として、中予算型映画の製作と興行が困難になっている。年に数本あるかないかの大予算型映画かつ大ヒット映画で映画館の運営が成り立っているのが現状で、製作側も興行側もますます大予算型映画にのめり込んでいる。これは危険な兆候である。映画産業の健全な発展のためには、大予算型映画よりもむしろ中予算型映画の質の安定と量の確保が必要だと昔からよく指摘されている。そういう意味では、インド映画産業も安泰ではない。ちなみに、低予算型映画は既にOTTプラットフォームに主戦場を移している。


 2025年のインド映画市場における興収トップ10は以下の通りである。インドで公開された海外の映画も含まれている。

  1. Dhurandhar」 ヒンディー語 邦題:ドゥランダル作戦
  2. Kantara: A Legend – Chapter 1」 カンナダ語
  3. Chhaava」 ヒンディー語
  4. Saiyaara」 ヒンディー語
  5. Coolie」 タミル語
  6. Mahavatar Narsimha」 カンナダ語・ヒンディー語
  7. War 2」 ヒンディー語 邦題:WAR バトル・オブ・フェイト
  8. 「Avatar: Fire and Ash」 米国 邦題:アバター:ファイヤー・アンド・アッシュ
  9. They Call Him OG」 テルグ語
  10. Sankranthiki Vasthunam」 テルグ語

 2025年は、12月公開の「Dhurandhar」が全てを持って行ってしまった。それまでは、ロマンス映画の復活や多様な作品の成功など、2025年の傾向をいろいろ分析していたのだが、年末に登場したバイオレンス・アクション映画「Dhurandhar」が全てを塗りつぶしてしまった。「Dhurandhar」は単言語展開、A認証(18歳未満閲覧禁止)、中東・湾岸諸国で上映禁止などの不利な状況にもかかわらず、その世界興収は39位にまで達した。その第2部である「Dhurandhar: The Revenge」(2026年)はさらに順位を上げるだろう。


 インドの映画産業が慢性的に抱える問題はスクリーン数の不足である。まずはスクリーン数の世界トップ5を見ていただきたい。

2022年2023年2024年2025年
中国83,99886,31090,96893.187
米国・カナダ42,06340,32838,59237,731
インド9,3829,7429,92710,033
メキシコ7,4107,3897,3837,267
フランス6,2986,3276,3546,401

 インドのスクリーン数は世界3位である。これだけ見るとスクリーン数が不足しているようには感じないかもしれないが、インドは世界最大の人口を抱える国だ。同規模の人口を持つ中国と比較すると1/9のスクリーン数しかなく、「世界一の映画大国」を称するには心もとない。インドでは、100万人あたり7スクリーンしかない計算になり、これは世界でももっとも低い数である。ちなみに100万人あたりのスクリーン数は、中国では67スクリーン、日本では30スクリーンである。インドには全国に19,000の郵便番号があるが、その内の16,350の地域に映画館が存在しない。2025年に映画館に一度でも訪れたことのある人の割合は全人口の10%ほどだという。あらゆるデータが、インドにおいて映画館が全然足りていないことを示している。いくら「世界一の映画大国」とはいっても、映画館で映画を観る文化は都市部に限られており、地方の人々は映画館とは無縁の生活を送っている。

 だが、逆にいえば、インドにはまだまだスクリーン数を増やせる巨大な余地が残っていることを意味する。もし市場の拡大を望むのならば、既に飽和状態・競合状態にある都市部にこれ以上マルチプレックスを増やすのではなく、映画館空白地帯となっている地方の小都市に積極的に進出し裾野を広げていくことが映画産業の発展のためには必要不可欠だろう。