
「The Promise」は、インドを代表する建築家バールクリシュナ・ヴィッタルダース・ドーシー(BVドーシー)のドキュメンタリー映画である。監督のヤン・シュミット=ガレはドイツ人であり、本作はドイツ映画ということになるだろうが、インドに関連した映画であるため、Filmsaagarで取り上げることにする。2023年5月13日にポーランドで上映されたのがプレミアだったと思われる。1927年生まれのドーシーは、2018年に「建築界のノーベル賞」と称される権威あるプリツカー賞に輝いた後、2023年に死去しているため、彼の最後の姿を捉えた作品になった。
ドーシーはモダニズム建築の巨匠ル・コルビュジエを師匠として仰いでおり、特にグジャラート州アハマダーバードに多くの建築を残した。日本ではこの映画は、「ル・コルビュジエとドーシ インドのモダニズム」という特集上映にて、ル・コルビュジエの設計した計画都市チャンディーガルを題材にしたドキュメンタリー映画「The Power of Utopia」(2023年)とセットで、「誓い 建築家B・V・ドーシ」という邦題と共に2026年5月1日から公開された。
筆者は、2026年5月30日に名古屋のナゴヤキネマ・ノイにて、「The Power of Utopia」を鑑賞後に続けてこの「The Promise」を観た。これらは全く別の監督による全く別のドキュメンタリー映画だが、まとめて上映されたのは、相互に関連性があるからだ。両作品を明確に結んでいるキーワードはコルビュジエだ。コルビュジエはインドにモダニズム建築を持ち込み、コルビュジエに師事したドーシーはそれをさらに推し進めた。2つの作品を観ることで、インドにモダニズム建築が根付いていく過程を観察することができる。
まずは個人的な話になってしまうが、インド留学経験のある筆者にとっては、ドーシーがアハマダーバードに建てた建築物がとても身近なものに思われる。筆者はデリーのジャワーハルラール・ネルー大学(JNU)で学び、キャンパス内の寮に住んでいたが、これらの建築がどう見てもコルビュジエやドーシーなどの影響下で設計されたものなのだ。だから、コルビュジエが考案しチャンディーガルの建築物に多用された「ブリーズ・ソレイユ(日よけ格子)」や、ドーシーがインドの酷暑をしのぐために発展させたパッシブデザインの手法は、JNUの建築物で随所に見られたものだった。ルイス・カーンが設計し、ドーシーによって施行されたインド経営大学(IIM)のキャンパスなどは、JNUとそっくりだった。ちなみに、JNUのマスタープランを作ったのはCPククレージャーというインド人建築家である。
「The Promise」は、基本的にドーシーの独白によって進行していく。ドーシーがアハマダーバードを巡り、彼がかつて設計した建築物を訪ね、思い出話を引き出していく構成になっている。撮影時には90歳を越えていたはずだが、自分で歩いたり階段を上り下りしており、元気である。そして彼が独白の中で語るのは、コルビュジエ譲りの建築哲学のようなものである。彼は建築を単なる空間とは捉えておらず、人々の生き方や行動に影響を与える能動的な存在と信じている。いきなり「建築は物語である」といわれても素人にはよく分からないのだが、90分のこの映画で映像と共にドーシーの言わんとすることを理解しようと努力する内に、何となく感覚的に分かってきたような気になった。
ただ、映像は正直でもあった。ドーシーが関わった建築物の全てが今でも良好な保存状態を保っているわけではなかった。中には廃墟同然となってしまった建物もあったが、そういう場所にもカメラは入っていき、ありのままの姿を映し出していた。インド人監督だったらもっと違った映し方もあったのではないかと思ったが、ヤン・シュミット=ガレ監督はそんなことはお構いなしに、何の感情も込めず、ボロボロの劇場や宿舎をカメラに収めていた。それを見てドーシーが残念そうな顔をしていないのも若干気になった。
「The Promise」は、インドを代表する建築家で、2023年に死去したBVドーシーの最期の姿を捉えたドキュメンタリー映画だ。彼が、自分が関わった建築物をひとつひとつ紹介して回る内容で、建築に込められた哲学を自分の言葉で解きほぐしてくれる。建築学を学ぶ者にとっては絶好の教材ではなかろうか。
