Baazigar

2.5
Baazigar
「Baazigar」

 1993年11月12日公開の「Baazigar(勝負師)」は、3カーンの一人として1990年代のヒンディー語映画界に君臨したシャールク・カーンの台頭を決定付けた作品のひとつである。シャールクはこの映画で初めて単独主演を演じ、映画をヒットさせた。また、初期のシャールクは「アンチヒーロー」役でブレイクしたが、その先駆けにもなった作品である。米映画「A Kiss Before Dying」(1991年)の翻案とされている。

 監督はアッバース・マスターン。音楽はアヌ・マリク、作詞はデーヴ・コーリー。メインヒロインはカージョル。彼女にとってもこの映画は出世作となり、この映画の成功の後、シャールクとカージョルはゴールデンコンビとしていくつもの映画で共演することになる。サブヒロインはシルパー・シェッティーで、彼女のデビュー作だ。

 他に、ダリープ・ターヒル、ラーキー・グルザール、スィッダールト・ラーイ、ジョニー・リーヴァル、アナント・マハーデーヴァン、ダブー・マリク、ディネーシュ・ヒングー、アーディ・イーラーニー、キクー・シャールダー、レーシャム・ティプニス、ラージュー・シュリーヴァースタヴなどが出演している。また、音楽監督のアヌ・マリクとプレイバックシンガーのヴィノード・ラートールが「Chhupana Bhi Nahi Aata」でカメオ出演している。

 「Baazigar」では、シャールク・カーンは擬似的な一人二役を演じる。アジャイ・シャルマーとヴィッキー・マロートラーである。ただ、彼らは別々のキャラではなく、アジャイがヴィッキーを名乗っていただけであり、同一人物である。

 ボンベイ在住の裕福な実業家マダン・チョープラー(ダリープ・ターヒル)の長女で大学生のスィーマー(シルパー・シェッティー)は、親や家族に内緒でアジャイ・シャルマー(シャールク・カーン)という無職の若者と付き合っていた。また、スィーマーの妹プリヤー(カージョル)はシムラーの学校を卒業しボンベイに戻ってきた。彼女は父親が趣味とするカーレースを観戦するためにマドゥライへ行き、カーレーサーのヴィッキー・マロートラー(シャールク・カーン)と出会って恋に落ちる。プリヤーはスィーマーにヴィッキーを引き合わせようとするが、いつもタイミングが合わずすれ違いになる。

 アジャイはスィーマーに裁判所結婚を持ちかけ、彼女を家庭裁判所に呼び寄せる。そしてその屋上から彼女を突き落として殺してしまう。後に彼女の遺書が見つかる。プリヤーの友人で警察官のカラン警部補(スィッダールト・ラーイ)は自殺と断定する。だが、プリヤーは納得せず、スィーマーの恋人が彼女を殺したのではないかと疑う。だが、大学でスィーマーと仲が良かったラヴィ・シュクラー(ダブー・マリク)も自殺してしまう。遺書でラヴィはスィーマーを殺したと自白していた。こうしてスィーマーの他殺が立証されたが、ラヴィの死により事件はそれ以上進まなかった。

 一方、マダンはヴィッキーを気に入り、プリヤーに言って彼を呼び寄せる。マダンはプリヤーがヴィッキーに恋していることを知っており、二人を婚約させる。その後、マダンを会社の後継者に指名する。だが、ヴィッキーはマダンが留守の間に会社を乗っ取り、会社の名前を全て「シャルマー」にしてしまう。

 実はマダンの会社は元々アジャイの父親ヴィシュヴァナート・シャルマー(アナント・マハーデーヴァン)が経営していた。マダンはシャルマーの会社で詐欺を働き逮捕され、3年間服役した。釈放後、マダンはシャルマーに許しを乞い、再び雇用された。マダンはシャルマーを信頼するようになるが、シャルマーが留守の間にマダンは会社を乗っ取り、シャルマーとその家族を追い出してしまった。シャルマーは心臓発作を起こして死に、アジャイの妹も病気で死んでしまった。アジャイの母親ショーバー(ラーキー・グルザール)はショックの余り言葉を失い、植物人間状態になってしまった。アジャイはマダンに復讐するため、まずはスィーマーに接近し、次にプリヤーを狙っていたのだった。

 プリヤーもヴィッキーの正体に疑問を持ち始める。プリヤーはヴィッキーと一緒に行ったディスコで、ヴィッキーに「アジャイ」と呼びかけた人物(アーディ・イーラーニー)を見かけていた。しかもその人物は「ヴィッキーは自分だ」とも言っていた。プリヤーはその「ヴィッキー」を名乗る人物に会いに行き、彼からアジャイのことを知らされる。プリヤーはアジャイの家に行き、そこでヴィッキー、つまりアジャイこそがスィーマーの恋人だったことを知る。そこに現れたアジャイは、マダンから受けた仕打ちを彼女に明かす。

 そこへマダンが手下を連れてやって来る。アジャイは手下たちをなぎ倒し、マダンと戦って殺す。そして、覚醒した母親に抱かれて息を引き取る。

 「हारकर जीतने वाले को बाज़ीगर कहते हैंハールカル ジートネー ワーレー コ バーズィーガル ケヘテー ハェン(負けて勝つ者を勝負師という)」という決めゼリフが有名な映画だ。ただ、シャールク・カーン演じる主人公アジャイは別にギャンブラーではない。部分的にカーレーサーであるが、カーレースの映画でもない。父と妹の仇を討ち、恨みを晴らすために手の込んだ報復に乗り出す復讐の権化である。マダンはアジャイの父親が経営していた会社を乗っ取り、彼の家族をメチャクチャにした。マダンに復讐するため、彼の2人の娘から先に血祭りに上げようとするのである。

 ただ、その復讐劇は序盤から明らかにされない。むしろ、シルパー・シェッティー演じるスィーマーとカージョル演じるプリヤーの姉妹が同じ顔の男性と付き合い始めたことがミステリーをかき立てる。この男性をシャールクが演じているのだが、これはたまたま同じ顔の人物なのか、双子なのか、それとも同一人物なのか、最初の内は分からないのである。スィーマーと付き合っていた男性はアジャイと名乗っており、プリヤーと付き合い始めた男性はヴィッキーと名乗っていた。また、アジャイは青色の瞳をしており特徴的だったが、ヴィッキーの瞳は黒色であったため、別々のキャラである可能性もあった。だが、中盤でアジャイとヴィッキーは同一人物であることが分かる。カラーコンタクトで瞳の色を変えていただけだった。

 同じ顔の2人の男が同一人物と完全に判明した前後では、彼の復讐が実際に実行に移され始める。まず、スィーマーが自殺を装って殺された。次はプリヤーの番かと思いきや、マダンはアジャイを信頼し、彼を娘の結婚相手として認める。しかも、マダンは彼に全権委任状を渡し、留守中の切り盛りを任せる。そのチャンスにアジャイは会社を乗っ取ってしまうのである。かつてマダンに乗っ取られた会社をアジャイは取り返すことに成功した。

 しかしながら、この後半が弱かったため、映画はまとまりを欠くことになった。マダンのような狡猾な詐欺師が、いくら娘の許嫁だからといって、そう易々とアジャイに全権委任状を渡すのが信じられない。アジャイの目的も、プリヤーやマダンを殺すことが優先だったのか、それとも会社を取り戻すことが優先だったのか、曖昧だった。また、アジャイとプリヤーの間に真の愛が芽生えていたのかについても映画は沈黙している。この辺りをまとめるのが面倒臭くなってしまって、最後にアジャイを死なせてしまったのではないかと邪推したくなる。

 1990年代という時代性はあるだろうが、シャールク・カーンの演技はほとんどの場面でまるでジョークのようだ。各キャラのファッションも無視できないほど奇妙奇天烈であるし、ダンスからもそこはかとなく寂しさを感じる。シルパー・シェッティーとカージョルが演じた姉妹についても、典型的なタカビーお嬢様であり、いまいち感情移入しにくい。当時としても決して上質なパッケージの娯楽映画ではなかったのではないかと思われる。そうではあるが、アジャイに復讐の動機をしっかり持たせ、その動機が観客の共感を呼んだことが興行的な成功の要因だったと予想される。アジャイはアンチヒーローではあるが、完全なアンチヒーローではない。スィーマーには何の罪もなく、彼女を殺すことには納得が行かないが、それ以外の復讐は許容範囲である。

 「Baazigar」は、シャールク・カーン、カージョル、シルパー・シェッティーのキャリアにとって重要な作品である。アッバース・マスターン監督がいかにも得意とするチープなスリラー映画であるが、シャールクはこの映画の成功によって「アンチヒーロー」という十八番を得たし、以後ヒンディー語映画界を席巻することになるシャールクとカージョルのゴールデンコンビの起点にもなった。作品自体よりも、この作品が生み出したものに注目するといい映画だ。