Baiju Bawra

4.0
Baiju Bawra
「Baiju Bawra」

 1952年10月5日公開の「Baiju Bawra(狂人バイジュー)」は、インド映画史の中で時代を変えた作品のひとつとして記憶されている音楽映画である。ムガル朝第3代皇帝アクバルの宮廷を彩る「ナヴラタン(9つの宝石)」の一人に数えられる実在の宮廷音楽家ターンセーンを巡る復讐の物語であるが、主人公のバイジューは民話の域を出ず、実在は確認されていない。古典音楽を大衆映画に取り込み大ヒットさせた作品として後世に与えた影響は顕著である。

 監督はヴィジャイ・バット。インド独立前の1940年代から独立後に掛けて活躍した映画監督である。作曲はナウシャード、作詞はシャキール・バダーユーニー。撮影当時ナウシャードは既に売れっ子音楽監督だったが、「Baiju Bawra」の大ヒットにより巨匠としての地位をより確固たるものとした。

 主演はバーラト・ブーシャンとミーナー・クマーリー。バーラトは1940年代から俳優をしていたがあまり売れておらず、「Baiju Bawra」が出世作となった。ミーナーは後に「悲劇の女王」の名をほしいままにするインドを代表するスター女優に成長するが、元々はバット監督の秘蔵っ子だった。ボンベイに生まれたミーナーは6歳の頃からバット監督の映画に子役として出演しており、「Baiju Bawra」撮影時もまだ20歳に達していなかった。やはりこの映画の大ヒットがきっかけで彼女は大女優としての道を駆け上がることになる。

 他に、スレーンドラ、クルディープ・カウル、ビピン・グプター、マンモーハン・クリシュナ、BMヴャース、ミシュラー、ラーダー・キシャンなどが出演している。

 ターンセーン(スレーンドラ)は皇帝アクバル(ビピン・グプター)の宮廷音楽家であり、アーグラーに住んでいた。ターンセーンの邸宅周辺では、ターンセーンよりも歌が上手でなければ歌ってはいけない決まりになっていた。ターンセーンと歌で勝負し、負けたら死刑、勝ったら褒美が得られるということにもなっていた。

 バイジュー少年の父親は、息子が素晴らしい歌声を持っているのに気付き、彼に音楽を学ばせるためにグジャラート州からヴリンダーヴァンへ賛歌を歌いながら向かっていた。ヴリンダーヴァンにはターンセーンの師匠スワーミー・ハリダースが住んでいた。ところが、道中に立ち寄ったアーグラーでターンセーンの決まりによって取り締まりを受け、混乱の中で重傷を負う。父親はバイジューに、ターンセーンへの復讐を命じて息を引き取る。

 バイジューは、ヤムナー河のほとりの村に住む僧侶シャンカラーナンド(マンモーハン・クリシュナ)に拾われ、育てられる。バイジューは、音楽の素養があったシャンカラーナンドから歌を習いながら、渡し船の船頭モーハン(BMヴャース)の娘ガウリーと親交を深め、やがて二人の間には恋が芽生える。

 成長したバイジュー(バーラト・ブーシャン)は夜な夜なガウリー(ミーナー・クマーリー)とヤムナー河のほとりで密会していた。だが、同じ村に住む富裕者ナルパト(ミシュラー)はガウリーとの結婚を望んでおり、モーハンに彼女との結婚を認めさせようとする。だが、あるとき村を女盗賊ループマティー(クルディープ・カウル)の一団が襲う。バイジューは歌を歌って盗賊の心をなだめる。ループマティーはバイジューの歌声にほれ込み、村を破壊しない代わりにバイジューを連れていく。

 ループマティーは父親を殺され土地を奪われ、その復讐のために村を襲っていた。それを知ったバイジューは父親との約束を思い出し、ターンセーンへの復讐に乗り出す。バイジューは剣を持ってターンセーンの邸宅に忍び込むが、彼の音楽を聴いて、彼を殺すことができなかった。ターンセーンの挑戦を受け、バイジューは音楽で彼を負かせることにする。

 バイジューはヴリンダーヴァンに住むハリダースに師事しようとする。だが、彼の心に復讐の炎が燃えているのを知ったハリダースはそれを拒否する。バイジューは森の中で一人歌を歌い練習を始める。そしてとうとうハリダースに認められるような歌手に成長する。

 一方、村ではガウリーがバイジューの帰りを待ちわびていた。ループマティーはガウリーをバイジューのところへ連れて行く。二人は再会を喜ぶが、バイジューはターンセーンへの復讐を果たすまでは彼女と結婚できないと言う。ガウリーは、バイジューが復讐を果たすために自分が足かせになると感じ、わざと毒蛇に噛まれて死んでしまう。ガウリーが死んだことを知ったバイジューは狂ったようになるが、彼の歌声には痛みが入り込み、歌手として完成される。

 狂人になったバイジューはアーグラーの路地を歌い歩く。バイジューは、彼を勝手に弟子と呼ぶ二流歌手ガスィート・カーンと共に逮捕され、牢屋に幽閉される。ループマティーが救出に来て、ガウリーがまだ生きていると伝えるが、捕まってしまう。バイジューは生きる気力を取り戻し、ターンセーンと歌の勝負をすることを決める。彼が生き残る唯一の道がターンセーンとの勝負だった。

 皇帝アクバルの前でターンセーンとバイジューは歌によって石を溶かすという勝負をする。この勝負の最中にターンセーンのタンプーラーの弦が切れ、バイジューの歌声によって石が溶けた。アクバルはバイジューの勝利を宣言する。バイジューは3つの願い事をした。ひとつは歌の規制を取り除くこと、ひとつはループマティーを釈放し彼女に父親の所領を返還すること、そして最後のひとつはターンセーンの命を助けることだった。

 その頃、村ではガウリーとナルパトの結婚式が行われていた。バイジューは村に急行しようとするが、河が荒れて渡し船が運航できなかった。そこでバイジューは自ら渡し船を漕いで向こう岸まで渡ろうとする。向こう岸ではバイジューの帰りを知ったガウリーが結婚式を抜け出し、バイジューを助けるために河に飛び込んでいた。二人は激流の中で手を取り合い、そして一緒に沈んだ。

 ターンセーンといえばインド古典音楽の世界で神様のようにあがめられる音楽家である。演奏によって火を起こすことができたなど、彼を巡る伝説は数多い。その彼が登場する古典音楽を主題にした映画ということで、硬派な伝記映画を想像していた。だが、「Baiju Bawra」はターンセーンが主人公の映画ではない。ターンセーンを父親の仇だと見定め、彼の暗殺を使命と考えるバイジューが主人公であった。ただ、バイジューには類い稀な歌の才能があった。彼は歌の力で盗賊の心をも溶かし村の平和を守るほどだった。歌は愛の象徴だ。歌は憎悪に打ち克つことができるだろうか。これが「Baiju Bawra」のメインテーマになる。

 バイジューの心は、愛と憎悪の間を揺れ動く。

 幼少時に父親を殺され、ターンセーンへの復讐を誓ったバイジューは、温厚な僧侶に拾われ、ヤムナー河河畔の牧歌的な村でかわいがって育てられる。村にはガウリーという同い年ぐらいの人懐こい少女がおり、すぐに仲良くなる。愛情あふれる環境の中成長したバイジューは、いったん復讐の使命を忘れる。だが、女盗賊ループマティーに連れて行かれ、彼女の行動の原動力が復讐であることを知ると、バイジューも自らの復讐の使命を思い出す。ガウリーとの愛にうつつを抜かし、父親との約束を忘れ去ってしまっていたことに恥じ入ったバイジューは、今すぐにでも復讐の誓いを果たそうと、ターンセーンの邸宅に向かう。

 バイジューがターンセーンの邸宅に忍び込んだとき、彼は音楽の練習中だった。バイジューには音楽の心があり、ターンセーンの歌声の素晴らしさがよく理解できた。彼はターンセーンを殺すことができなかった。ターンセーンも彼の無礼を大目に見る。そこでバイジューは音楽によってターンセーンを打ち負かすことを決意する。元々、歌に自信のある者はターンセーンと歌の勝負をすることができ、それに勝ったらターンセーンは死ぬというルールになっていた。

 バイジューはターンセーンに勝つため、ターンセーンの師匠ハリダースに教えを請うが、ハリダースは彼の心に巣食う憎悪を見抜き、これでは歌は上達しないと追い返す。そこでバイジューは森の中で一人で歌を歌い続け、研鑽を積む。その結果、彼はハリダースに認められるような歌声を獲得することができた。だが、それでも彼は本心では復讐を諦めていなかった。また、ターンセーンを凌ぐ歌い手になるための最後の仕上げとしてバイジューは愛による痛みを経験しなければならなかった。それは、ガウリーの死によってもたらされた。

 ガウリーを失ったバイジューは狂人になり、歌を歌いながらさまよい歩く。バイジューは逮捕され、抜け殻のようになり、死を待つのみとなった。だが、ガウリーが生きていると知り、途端に生きる希望が湧いてきて、ターンセーンに歌の勝負を挑む。ガウリーに再会するためにはターンセーンに勝たなければならなかった。

 バイジューとターンセーンの間では、熾烈な歌の戦いが行われた。歌の力は互角に見えた。ターンセーンはバイジューの才能に感服し、彼のような若い才能が失われてはならないと、弦を切ってわざと負けようとする。だが、バイジューも父親の仇ではあるがターンセーンの才能を認めており、勝利の褒美としてターンセーンの助命を救い出る。確かに歌は憎悪を消し去り、愛を生み出したのだった。

 これだけならハッピーエンドだったのだが、民話由来の物語であるためか、悲しい結末が用意されている。バイジューとガウリーは荒れたヤムナー河で手を取り合いながら沈み、死んでしまうのである。

 復讐が基軸にはなっているものの、歌が心をなだめ、歌を愛する者同士の認め合いが映し出され、音楽映画としてはこの上ないまとめ方になっていた。意外なことに「Baiju Bawra」以前のインド映画業界では、大衆映画に古典音楽は合わないと考えられていたようである。よって、この映画の大ヒットは業界内にパラダイムシフトを起こした。たとえば不朽の名作「Mughal-e-Azam」(1960年・2004年)でもナウシャードが音楽監督を務めているが、ラーガにのっとった古典音楽調の曲がいくつも使われている。しかも、「Baiju Bawra」でターンセーンを演じたスレーンドラが再びターンセーンを演じている。「Baiju Bawra」がなければ「Mughal-e-Azam」もなかったかもしれない。少なくともその音楽は違ったもののなっていたかもしれない。

 歌と復讐のプロットが映画を大ヒットに押し上げる原動力になったことは間違いないが、バイジューとガウリーの恋愛については成功ではないと感じる。確かに二人の幸せな青春時代は楽しげな歌と共に美しく描かれていたが、バイジューがループマティーに連れられて村を出てからは、二人の間ではすれ違いばかりである。しかも、最後に二人はヤムナー河に飲まれて死んでしまう。こういう最後は民話によく見られるものだが、ここまで待たされたのだから、二人が幸せになる姿を見てみたかった気もする。ガウリーがバイジューの復讐成就のためにわざと毒蛇に噛まれて死んでしまうのも唐突に感じたし、死んだと思ったら生き返るのも反則技に近い。バイジューとガウリーの恋愛はこの映画の弱みである。

 カーストの観点からも気になることがある。ガウリーはマッラー(船頭)の娘である。インド社会において決して地位の高い職業ではなく、ダリト(不可触民)と考えられることも多い。そのガウリーと結婚しようとするのがナルパトである。彼のカーストは明示されていなかったが、「ライース(金持ち)」と呼ばれていたため、バニヤー(商人)などの上位カーストに属する可能性は高い。この二人の結婚が全く問題にならないのは違和感がある。ただ、独立直後に作られた映画であり、カースト差別をあえて描かないことで理想の社会を映し出そうとしたのかもしれない。

 「Baiju Bawra」は、大衆映画に古典音楽を取り込み大ヒットさせた作品としてインド映画史に名を残している。以後、古典音楽は大衆映画にも問題なく取り込まれるようになった。ストーリーと歌のシンクロ率も高く、ストーリーが歌を引き立て、歌がストーリーを引き立てる相乗効果が出ている。また、当時の大女優の一人であるミーナー・クマーリーの出世作という点でもこの作品は非常に重要である。インド映画の発展を語る上で必修作品のひとつだ。