Neecha Nagar

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Neecha Nagar
「Neecha Nagar」

 「Neecha Nagar」は、1946年に開催された第1回のカンヌ映画祭で最高賞のグランプリ(現パルムドール)に輝いたインド映画である。プレミア上映は9月29日、同映画祭にて行われた。それ以来、カンヌ映画祭で最高賞を受賞したインド映画はこの作品しかない。パーヤル・カパーリヤー監督の「All We Imagine As Light」(2024年/邦題:私たちが光と想うすべて)も同映画祭でグランプリを受賞しているが、このときはグランプリの上にパルムドールが設定されており、グランプリは次点扱いに格下げされていた。よって、「Neecha Nagar」は80年以上にわたって、世界でもっとも名誉ある映画賞であるカンヌ映画祭の最高賞を受賞した唯一のインド映画として語り継がれてきている。

 ただし、1946年といえばまだインド独立前であった。よって、厳密にいえば「Neecha Nagar」は英領インドで作られた映画である点には注意が必要だ。当然、インドでの上映には植民地政府の検閲を通過する必要があった。「Neecha Nagar」は階級闘争を取り上げた作品であり、英国人は登場しない。しかしながら、独立運動を率いたマハートマー・ガーンディーの影響が色濃く感じられる作品であり、行政権を握る資産家に対する庶民の蜂起が描かれている。それは植民地政府への蜂起を連想させるものであり、当局はインドにおいてこの映画の上映を認めなかった。よって、カンヌ映画祭で最高賞を受賞しながらもインドで日の目を見なかった曰く付きの作品になっている。

 監督はチェータン・アーナンド。デーヴ・アーナンドの兄であり、独立後のインド映画界で著名な映画監督に数えられる人物である。音楽はスィタール奏者として有名なラヴィ・シャンカル。ロシア人小説家マクシム・ゴーリキー著「どん底」(1902年)をウルドゥー語作家ハヤートゥッラー・アンサーリーと脚本家カージャー・アハマド・アッバースが翻案して原作・脚本を書いた。

 キャストは、ラフィーク・アンワル、ウマー・アーナンド、カーミニー・カウシャル、ムラード、ラフィー・ピール、SPバーティヤー、ハミード・バット、ゾーラー・セヘガルなど。ほとんどが新人の俳優である。また、ウマーはチェータンの妻である。

 資産家で市長も務めるサルカール(ラフィー・ピール)は、川の流路を変えてニーチャーナガルに流そうとしていた。そうすることで彼が最近購入した沼地を干上がらせることができ、土地の地価が上がると計算していた。だが、ニーチャーナガルに住む住民たちはそれに反対した。反対運動を主導したのがバルラージ(ラフィーク・アンワル)であった。

 バルラージは、大学時代にサルカールの娘マーヤー(ウマー・アーナンド)と恋仲にあった。だが、バルラージはニーチャーナガルを救うためにマーヤーとの関係を断ち切ってサルカールに対し反対運動を行う。サルカールは、バルラージの仲間サーガル(SPバーティヤー)を買収して仲間に引き入れる。サーガルは、バルラージの従妹ルーパー(カーミニー・カウシャル)と将来を誓い合った仲であった。サーガルの裏切りを知ったルーパーはサーガルとの縁を切る。

 反対運動にもかかわらず流路変更工事は完了し、川がニーチャーナガルを流れるようになった。この川には下水が流れ込んでおり、ニーチャーナガルの住民たちは次々に病気になってしまう。サルカールはニーチャーナガルに病院を建て治療に当たらせるが、バルラージは病院のボイコットを呼びかけ、代わりに独自の診療施設を立ち上げた。だが、ルーパーも病気になってしまい、病院のボイコットを続けたために死んでしまう。

 ルーパーの死をきっかけに反対運動はさらに燃えあがった。市議会議員たちも川の流路を元に戻すようにサルカールに進言するようになった。こうして議会が開かれ議論がなされることになる。サルカールは心労から体調を崩す。マーヤーはバルラージと密会し、父親を助けてくれるように頼むが、バルラージは聞かなかった。マーヤーは川の中に落ちるが、その姿のまま議会を訪れ、いかに川が汚れているのかを身をもって示す。おかげで議会では川の流路を元に戻す議案が可決された。ニーチャーナガルの住民たちは歓喜するが、サルカールはショック死してしまう。

 チェータン・アーナンドは左派の思想に影響を受けた文芸団体であるインド人民演劇協会(IPTA)やインド進歩主義作家協会(PWA)のメンバーであった。「Neecha Nagar」にもマルクス主義的な階級闘争観が明確に見受けられ、資産家と庶民の間の闘争が描かれている。悪役サルカールは資産家であるばかりか市政も握る強大な権力者であり、私腹を肥やすために川の流路を変えてニーチャーナガルを犠牲にしようとする。「ニーチャーナガル」とは直訳すれば「低い町」であり、社会の底辺に位置する貧しい人々が住む町を連想させる。強欲で横暴な資産家によって貧しい人々が搾取され踏みにじられる様をストレートに描き出している。

 ただ、マルクス主義以上に、マハートマー・ガーンディーの非暴力主義にも強い影響を受けていることが分かる。ニーチャーナガルの住民たちを率いる指導者バルラージは、サルカールに対して反対運動をするが、意図的に平和的な抗議に留めていた。決して暴力に頼ろうとしなかった。サルカールが懐柔のためにニーチャーナガルに設立した病院に対しても、ボイコットでもって対応しようとした。これもガーンディーの不服従運動と容易にリンクできる行動だ。バルラージには、外から流入したマルクス主義と、インド土着のガーンディー主義が合流している。

 さらに、ニーチャーナガルの問題は民主主義によって解決される。ニーチャーナガルの住民たちが、下水で汚染された川が流れ込むことによって病気になり、大いに問題になった。それを受けて議会で表決が行われ、川の流路を元に戻してニーチャーナガルを救おうとする法案が可決されるのである。サルカールの息の掛かった議員たちも、良心を優先し、議案に賛成した。それを後押ししたのがサルカールの娘マーヤーの活躍だった。サルカールは、川の水は飲めるほどきれいだとアピールして法案を否決に持ち込もうとするが、マーヤーは川の汚水に漬かった状態で議会に現れ、どれほど汚染されているのかを示したのである。相手の良心に訴え改心を促す戦略はガーンディーの主導したサティヤーグラハ運動の本質であり、その具体的な姿がこの映画で示されていた。

 ただ、作られた時代が時代だけに、決して現代人がそのまま楽しめる作品でもない。白黒映画であるのはいいとしても、どうしても稚拙な部分が目立つ。音声も悪く、ところどころ聞き取れないセリフもあった。カンヌ映画祭でグランプリを受賞するほどの作品なのかというのが正直な感想だ。

 一般的に「Neecha Nagar」は娯楽映画とは対極にある作品に位置づけられ、しばしばパラレルシネマの祖ともされるが、インド映画の最大の特徴である歌と踊りは健在だ。平和なニーチャーナガルの様子は歌と踊りでもって表現されるし、民衆の蜂起も勇ましい歌でもって盛り上げられる。

 一応「ヒンディー語映画」として扱われる映画であるが、使われている語彙などから判断するに、「ウルドゥー語映画」とした方がより正確である。独立前の映画であり、まだヒンディー語が連邦公用語のような地位に就いていなかった時期に作られたこともあって、当時の社会でより文芸と相性がよく舞台劇でも一般的に使用されていたウルドゥー語でセリフが書かれるのは当然のことだったのかもしれない。バルラージとマーヤーが手紙でやり取りする場面があったが、その手紙もウルドゥー文字で書かれていた。

 「Neecha Nagar」は、独立直前のインドで作られ、カンヌ映画祭でグランプリを受賞する快挙を成し遂げたことでインド映画史に永遠に刻まれることになった作品だ。当時の時代性がよく現れており、マルクス主義やガーンディー主義の影響が強く感じ取られる。民衆の蜂起を促すその内容は容易に反英運動を連想させたのだろう、国際的に高い評価を得たにもかかわらずインドでの上映は禁止された。各時代の主要な作品を確認する目的があるならば、必ず押さえておくべき映画だ。


नीचा नगर Neecha Nagar - Full Movie | Rafiq Anwar & Kamini Kaushal | 1946 Hindi Movie