Safia/Safdar

3.5
Safia/Safdar
「Safia/Safdar」

 2026年1月16日からZee5で配信開始された「Safia/Safdar」は、理容師の娘が病気で倒れた父親に代わって店を切り盛りし一家の危機を救う物語である。結婚すると家を出てしまうことから女児の誕生が喜ばれないインド社会において、娘が一家の灯になる可能性を秘めていることが強調された、いかにも現代的な物語である。

 監督はバーバー・アーズミー。著名な文学者カイフィー・アーズミーの息子であり、名女優シャウカト・アーズミーの娘、これまた名女優シャバーナー・アーズミーの弟にあたる。ヒンディー語映画業界において撮影監督として名を馳せてきたが、「Mee Raqsam」(2020年)で監督デビューした。「Safia/Safdar」は彼の監督第2作となる。

 キャストの中では名優ナスィールッディーン・シャーの名前が燦然と輝いている。ただ、彼は主演ではない。主演を務めるのは「Mee Raqsam」でデビューしたアディティ・スベーディー。他に、カンワルジート・スィン、ニートゥー・パーンデーイ、メヘリーン・サバー、スィッダールト・メーナン、シヴィ・バージペーイー、ザーヒド、ヴィッタル・チャッダー、イルファーン・ジャーファルなどが出演している。

 デリーの大学で工学を学ぶサフィヤー(アディティ・スベーディー)は長期休業中にウッタル・プラデーシュ州の田舎町にある実家に帰省した。父のサルマーン・アハマド(カンワルジート・スィン)は町で人気の理容師であり、母のファーティマー(ニートゥー・パーンデーイ)は刺繍の内職をしていた。姉のイスマト(メヘリーン・サバー)はもうすぐ結婚する予定だった。また、サフィヤーは詩作を趣味としていた。

 ある日、サルマーンは脳梗塞を起こし倒れてしまう。サルマーンは生活費やサフィヤーの学費などを賄うために不動産屋のシャーヒー・ヤズダーニー(ナスィールッディーン・シャー)から店舗を担保にして多額の借金をしており、毎月の利子が払えないと店を取り上げられてしまう恐れがあった。サフィヤーの来学期の学費もまだ支払われていなかった。サフィヤーは近所で仕事を見つけて少しでも稼ごうとするが、どこにも雇ってもらえなかった。そこで彼女は髪を切り男装して父親の店で理容の仕事をすることを決意する。店の向かい側で音楽店を営むラフタール(イルファーン・ジャーファル)の協力を得て、サフィヤーはサルマーンの甥「サフダル」を名乗り、店頭に立つ。

 当初はサフダルをいぶかしみ誰も髪を切ってもらおうとしなかったが、ラフタールの店に入り浸っているラッパーの卵アマン(スィッダールト・メーナン)との作詞勝負に勝ち、彼の髪を切ったことで、サフダルは才能を認められる。アマンはサフダルを仲間に引き入れ、作詞を依頼する。サフダルはバンドの仲間ガウラヴ(ザーヒド)、ジューヒー(シヴィ・バージペーイー)、サニー(ヴィッタル・チャッダー)と仲良くなり、作詞家としての才能を開花させる。

 やがてサルマーンは意識を取り戻す。サフィヤーがサフダルとして店頭に立っていることを知ってサルマーンは彼女に感謝する。また、サフダルが実は女性であることはジューヒーにばれてしまうが、彼女は秘密にしてくれる。全てが好転し始めたかに見えたが、ファーティマーが何週間も掛けて刺繍していた布が完成直前に燃えてしまうという不幸が起きる。この仕事から得られる報酬によってヤズダーニーへの借金返済を計画していた。もはやヤズダーニーに店を取り上げられるのは時間の問題であった。

 一方、ラフタールの口利きによってアマンたちはラップのコンテストに出場できることになる。アマンはサフダルに参加を呼びかけるが、少しでも稼ごうと夜中まで仕事をしていたサフダルはそれを拒絶し、アマンとの間で口論になる。怒ったアマンはサフダル抜きでコンテストに出場することを決める。

 コンテストでは、各グループにお題が出され、45分以内に曲を作って披露しなければならなかった。アマンたちに出されたお題は「ドゥール(埃)」であり、ガウラヴは作詞に苦戦していた。ジューヒーはサフダルに電話をして彼女を呼ぶ。サフィヤーは男装せずそのままの姿で現れ、短時間で作詞をする。その曲は審査員から満点をもらい、アマンたちは優勝する。その曲の権利を売って手にしたお金でサフィヤーはヤズダーニーに借金を全額返済し、店を救う。サルマーンは娘を誇りに思う。

 理容師サルマーンの家にはイスマトとサフィヤーという2人の娘しかいなかった。インド社会ではこれは大いなる問題である。まず、嫡子となる息子がいない。次に、娘の結婚には多額の持参金が掛かる。これだけでもサルマーンの家の家計が苦しいことが予想されたが、まだ未婚の娘2人を抱えたまま、サルマーンはヤズダーニーに多額の借金をしており、店舗を担保にしていた。毎日仕事に精を出していたが、毎月利子を支払うので精いっぱいだった。それでもサルマーンはそんな心労を全く顔に出さず、サフィヤーに「お前はどんな男の子にも負けない」と励まし、学費を払って彼女の学業を支えていた。近年のヒンディー語映画で特に目立つ、理解力と包容力のある父親像を体現したキャラクターだ。

 長女のイスマトは嫁入りして夫を支える人生に何の疑問も抱かない、昔ながらの安定志向タイプであった。おそらく大学も行っていないはずである。一方、次女のサフィヤーは勉強が出来たと見えて、大学に進学し工学を学び、しかも詩作を趣味としていて、多才な女性であった。それゆえに野心も持っており、姉とは違って、自分の人生は自分で切り開きたいと考えていた。イスマトが前時代的な理想の女性像だとしたら、サフィヤーは自立した女性を是とする現代の理想的な女性像である。

 サルマーンが脳梗塞で倒れ、店の存続が危うくなったことで、家族を救うためにサフィヤーは意外な手段に打って出る。彼女は髪を短くし、男装し、男性名「サフダル」を名乗って店頭に立ったのである。インドでは、基本的に理美容は男女が分かれており、理容師は男性、美容師は女性となっている。よって、サフィヤーが女性の姿のまま理容を行っても誰も客が来ない恐れがあった。だから彼女は男装したのである。おそらくサフィヤーは子供の頃から父親の仕事を見ており、仕事を覚えていた。しかも意外にセンスが良く、ラッパーの卵アマンの髪型を整えたことで評判にもなる。

 しかしながら、いくらサフィヤーが一日に多くの客の髪を切っても、父親が抱えていた借金の返済には全く届かなかった。母親が内職でコツコツ刺繍していた布も火事によって燃え尽きてしまった。一家は最大の危機を迎えるが、それを救ったのがサフィヤーの詩才であった。サフィヤーはアマンのバンドに加わり、ラップの詩作をし始めたことで才能を開花させていた。そして最終的にコンテストで優勝し、音楽会社のエージェントに曲を売ることで、借金返済に十分な額の報酬を手にする。

 インド社会では、女性は常に「女に何ができる」という過小評価を受けることになる。だが、サルマーンはサフィヤーの才能を認め、励まし、伸ばし続けた。サフィヤーは、もしサルマーンに息子がいたとしても成し遂げられなかったことを成し遂げ、一家の危機を救った。「Safia/Safdar」は、息子だけでなく娘も一家の支えとなる力を発揮できるというメッセージを広めようとした物語だといえる。その点では「Dangal」(2016年/邦題:ダンガル きっと、つよくなる)などと共通している。ただ、サフィヤーがあまりに万能であるために現実感を欠き、理想主義的すぎるとの批判も受けることになるだろう。劇中ではサフィヤーが男装しても誰も気づかなかったが、これも無理がある運びである。

 本筋よりも関心を引かれたのは、サフィヤーが男装したことで感じた無敵感である。サフィヤーは男装してわざと赤線地帯に足を踏み入れる。女性の姿だったら危険極まりない行為だったが、誰もサフィヤーのことを気にせず、彼女は悠々と過ごすことができた。サフィヤーは男装することで男性が抱く優越感まで感じることができるようになっていた。この辺りの心境変化はもっと掘り下げると非常に面白かったのだが、発展されずに終わってしまっていた。

 この映画でもっとも美しい瞬間は、意識を取り戻したサルマーンが、娘が髪を切り男装して店頭に立ってまでして一家を救おうとしていることを知ったときの反応である。従来のインド映画ならば、父親および男性としてのエゴが先に立ち、出過ぎた行動をした娘を叱る展開になっていたのではないかと思う。だが、どこまでも理解力と寛容力のあるサルマーンは、サフィヤーの献身的な行動を讃え、ただただ素直に感謝するのである。彼のキャラクターには、男性性の再定義を促す効果もあるのではなかろうか。

 アディティ・スベーディーは、アーズミー家の所領であるミジュワーン村出身の女性である。バーバー・アーズミー監督が発掘した逸材といってもいいだろう。まだアーズミー監督の作品にしか出ていないが、彼女の才能が認められれば、さらに活躍の場が広がる可能性はある。素晴らしい演技だった。ナスィールッディーン・シャーやカンワルジート・スィンといったベテラン勢も老練な演技を見せており、しっかりとアディティを支えていた。

 「Safia/Safdar」は、男装して一家を支えようとする娘を主人公にした、女性のエンパワーメントを訴える社会派映画である。同時に、寛容な父親の姿を通して、世の男性たちに男性性の再定義を促している点が興味深い。リベラルな家風で知られるアーズミー家で育ってきたバーバー・アーズミー監督らしい作品だ。地味な作品であるし、理想主義的な筋書きでもあるが、心地よい後味のある佳作である。