In Transit

3.5
In Transit
「In Transit」

 2025年6月13日からAmazon Primeで配信開始されたウェブドラマ「In Transit」は、男性と女性の中間に位置する人々へのインタビューを通してLGBTQに対する理解を深める啓蒙的ドキュメンタリーである。

 監督はウェブドラマ「Indian Predator: The Butcher of Delhi」(2022年)のアーイシャー・スード。プロデューサーは「Zindagi Na Milegi Dobara」(2011年/邦題:人生は二度とない)のゾーヤー・アクタルと「Superboys of Malegaon」(2024年/邦題:マレガオンのスーパーボーイズ ~夢は映画と共に~)のリーマー・カーグティー。

 「In Transit」は4つのエピソードから成っており、それぞれ以下のように題名が付けられている。

  1. Pehchaan(アイデンティティー)
  2. Rishte(関係)
  3. Mohabbat(愛)
  4. Khwaab(夢)

 インタビュイーはインド各地に住む9人。男性として生まれて女性として生きているマードゥリー、ティーナー、リー、アヌブーティ、セヘルといった人々もいれば、女性に生まれて男性として生きているアーリヤン、スィッダールトといった人々もいる。また、「パンセクシャル(Pan Sexual)」や「ジェンダーフルイド(Gender Fluid)」を自称するパトルニーもいる。

 ほとんどのインタビュイーに共通しているのは、自分の内面と身体のギャップを感じ始めた苦悩、カミングアウト後の家族との関係、恋愛や仕事などである。また、ほとんどのインタビュイーが英語で自分の考えを述べることができており、一定の学歴があると考えられる。ただ、ヒンディー語も混ぜて話をする人がほとんどで、この映画の言語は英語とヒンディー語のハイブリッドになっている。

 さらに、第4章まで来ると、インタビュイーたちはランダムにピックアップされたわけではないことが分かってくる。彼らはそれぞれの分野で一定の活躍をしているか、メディアなどで取り上げられ有名になった人々だ。たとえばマードゥリーはトランスジェンダーとして初めてヘテロセクシャルの男性と公式に結婚式を挙げたことで全国的に有名になった人物である。ただ、インドでは2025年時点で同性婚が認められていない。よって、マードゥリーと夫のジャイは当局から結婚証明書されておらず、養子も取れない状態になっている。また、パトルニーはドラッグ・クイーンとして有名な人物のようだ。

 この映画がこのタイミングで作られたのは、おそらく過去10年間がインドのトランスジェンダーたちにとって重要な期間だったからだ。最高裁判所がトランスジェンダーの存在を認め、立法府に対して彼らの権利を守る法律を作ることを義務づけたのが2014年だった。その後、国会ではトランスジェンダー保護法が審議され、2019年にようやく可決されて、2020年から施行された。トランスジェンダーにとっては画期的な出来事であったが、法律が施行されたことでインド社会が劇的に変化するわけでもない。トランスジェンダーに対する理解は行き渡っておらず、差別と偏見の眼差しも根強い。トランスジェンダーたちは引き続き戦わなくてはならない。「In Transit」は、その戦いの一環である。

 十人十色ということわざがあるが、「In Transit」に出演していたインタビュイーたちも、「クィア」という言葉でひとくくりにはできるものの、抱えている問題、夢、願望は人それぞれである。9人のエピソードがテーマごとにぶつ切りで順番に語られていくストーリーテーリング方式を採っているのだが、9人もいると混同してくる。どうしてもお涙ちょうだいのストーリーに収束していくのも予定調和に感じた。だが、トランスジェンダーたちが口をそろえて「性は関係ない。人間だ」と語っている姿からはより広範なメッセージを受け取ることができ、より多様性に寛容な社会を目指したいという気持ちが沸き起こる仕掛けになっている。

 「In Transit」は、ヒンディー語映画界を女性の立場から盛り上げているゾーヤー・アクタルとリーマー・カーグティーがプロデュースする、トランスジェンダー主題のドキュメンタリーだ。単に市井のトランスジェンダーをインタビュイーとしてピックアップしたのではなく、それぞれに知名度のある人々であり、教養もあって、トランスジェンダーのイメージ向上に大きく貢献する作品である。