Masala Chai (Germany)

3.5
Masala Chai
「Masala Chai」

 「Masala Chai」は、2017年11月11日にトロントのリールアジアン国際映画祭でプレミア上映された、インドの国民的飲み物であるマサーラー・チャーイを題材にしたドキュメンタリー映画である。デリー、マハーラーシュトラ州のムンバイーとプネー、西ベンガル州のコルカタとダージリンと、5つの都市でチャーイ屋を営む5人にインタビューし、チャーイを巡るインド社会の有様を描き出そうとしている。

 監督はドイツ人のマルコ・ヒュルサー。短編のフィクション映画やドキュメンタリー映画を撮ってきた人物で、上映時間75分の本作は彼にとって初の長編映画となる。おそらくこの映画の着想源になったのは2014年のナレーンドラ・モーディー首相就任であろう。彼は幼少時にチャーイワーラー(チャーイ売り)をしていたことで知られる。もちろん、子供がチャーイを売らなければならないのは貧しい家庭であり、そういう子供が首相にまで出世したのは貧困層の間で美談として受け止められている。今回は、外国人映画監督にもインドのチャーイについて関心を喚起するネタになったといえる。

 ヒュルサー監督はインド各地を取材した、といいたいところだが、多少の偏りは感じる。まず、彼は北インドしか対象のフィールドにしていない。南インドではコーヒーの方が庶民の飲み物として主流であるため、いっそのこと切り捨て、北インドにフォーカスしたのだと思われる。また、マハーラーシュトラ州から2都市と西ベンガル州から2都市という点にも地域的な偏りがある。

 ただ、同じチャーイ屋といっても、インタビュイーとして選ばれているのは各種コミュニティーに属する人々で多様性がある。

 我々が一般的に「チャーイワーラー(チャーイ売り)」と聞いて思い浮かべるイメージにもっとも近いのは、デリー在住の中年男性スボード・プラモードだろう。どこかの市場の街頭で自分のチャーイ屋を持っており、数人の同郷の若者を使って商売をしていた。彼からは、チャーイの極意というよりも、熱意を持って働く若者がいなくなっていることの嘆きが感じられた。

 コルカタ在住のガウリー・マハトーも、街頭に屋台を出してチャーイを作っている。まだ10代後半くらいの少女である点がユニークで、病気がちな父親を支えながら働いている。彼女の眼前にあるのは結婚であった。まだ結婚したくなかったが、親からは早く結婚するように言われていた。数人いる姉は既に結婚しており、もうすぐ自分の番になりそうだった。

 ムンバイー在住のムハンマドは、映画の撮影現場で40年以上チャーイを売っているベテランだ。インタビュイーの中では唯一イスラーム教徒であり、宗教的マイノリティーならではの苦労も漏らしていた。映画に関係した仕事をしていることに誇りを持っているようだった。

 ダージリンでチャーイを売るスシャーンター・ターパーはネパール系の女性である。「ターパー」はネパールで上位カーストにあたるが、彼女は自分よりも下のカーストの男性と結婚し、親戚から白い目で見られている。目下、彼女にとって最大の悩みはそれだった。まだ娘も小さく、今は彼女の成長を楽しみに暮らしているようであった。ダージリンの一般家庭では、地元のダージリン・ティーではなく、隣州で採れるアッサム・ティーが飲まれているという興味深い情報もあった。ダージリンの茶葉は高級すぎて庶民には手が届かないのである。

 プネーで高級チャーイ店を経営するヨーゲーシュ・チャヴァンは、米国帰りの実業家である。路上でチャーイが一杯10ルピーで手に入る中、彼は一杯80ルピーのチャーイを出すオシャレなカフェをプネーの商店街に出店した。だが、経営は安定せず、映画の最後では後日談として閉店に追い込まれたことが知らされていた。

 チャーイを切り口にしながら北インドの5都市から多様なインタビュイーを用意し、それぞれの人生について語ってもらう構成の「Masala Chai」は、元チャーイ売りが首相を務める現在のインド社会をこれまでになかった視点から浮かび上がらせることに成功している。技ありのドキュメンタリー映画である。