Hisaab Barabar

3.0
Hisaab Barabar
「Hisaab Barabar」

 2024年11月26日にインド国際映画祭でプレミア上映され、2025年1月24日からZee5で配信開始された「Hisaab Barabar」は、数字に強い公認会計士崩れの主人公が得意の計算力を駆使して大手銀行の汚職を告発するという内容の汚職撲滅映画である。銀行が従事していた汚職は利子のネコババだ。利子の上昇のタイミングを意図的に数日間遅らせることで余分な利益を稼ぎ出していた。

 監督は「Son of Sardaar」(2012年)などのアシュウィニー・ディール。主演はRマーダヴァンとキールティ・クルハリ。他に、ニール・ニティン・ムケーシュ、マヌ・リシ、ラシャミー・デーサーイー、イシュティヤーク・カーンなどが出演している。

 題名の「Hisaab Barabar」とは、計算がトントンになることや帳尻が合うことをいう。主人公の口癖にもなっており、因果応報的なニュアンスで使われていることもあった。

 基本的にはヒンディー語映画であり、タミル語版とテルグ語版も同時配信された。

 デリー在住の車掌ラーデー・モーハン・シャルマー(Rマーダヴァン)は、かつて公認会計士を目指したことがあり、数字に強かった。仕事の合間に駅で日銭を稼ぐ若者たちに数学を教えているほどだった。ラーデーは妻と離婚しており、一人でマンヌーを育てていた。

 あるときラーデーは大手銀行ドゥー・バンクに開設していた口座の残高に27.50ルピーの不足があることに気づき、苦情を届け出る。当初、銀行ではまともに取り合ってもらえなかったが、支店長は穏便に済ませることにし、彼に不足額を振り込んだ上にテレビまで贈った。ところが、ドゥー・バンクに口座を持っている他の人々も同じ目に遭っていると知り、彼は訴訟を起こす。

 ドゥー・バンクを経営するミッキー・メヘター社長(ミッキー・メヘター)はダヤール大臣(マヌ・リシ)とも懇意で絶大な権力を持っていた。メヘター社長は警察を動かし、訴訟を起こしたラーデーの取り調べをさせる。その担当になったのが、15年前にラーデーと面識のあったPスバーシュ警部補(キールティ・クルハリ)であった。Pスバーシュ警部補は当初はラーデーが証拠を偽造していると考えるが、後に彼の正しさを知り、応援するようになる。

 その後、ラーデーは過去にキセル乗車の乗客から集めた罰金17ルピーをネコババしたと言いがかりをつける。そのおかげでラーデーは拘留されることになり、鉄道での仕事も停職となった。それだけで嫌がらせは終わらず、マンヌーの誘拐をほのめかしたり、違法建築だとして家を取り壊させたりした。

 それでも、一般庶民がラーデーの味方をするようになり、数の力でドゥー・バンクに取り付け騒ぎを起こさせる。ドゥー・バンクにはインド準備銀行(RBI)の捜査も入ることになった。倒産危機に陥ったメヘター社長はダヤール大臣に後始末のために150億ルピーの賄賂を渡し、多額の現金を持ってロンドンに高飛びしようとする。だが、離陸直前に荷物がすり替わっていたことが分かり、その現金は別の場所に運ばれた。メヘター社長は逮捕される。一方、ラーデーは中央監視委員会(CVC)の捜査を受けるが、彼はCVCの前で17ルピーの差額が繰り上げによって生まれたことを証明する。こうしてラーデーは無罪放免となった。

 政治家や警察の汚職を告発した映画は多いが、銀行の汚職を告発した映画は珍しい。しかもその汚職を計算が得意な主人公が数学的な理詰めで証明していく。全編を通して数式が頻繁に登場するため、インド映画に目立つ理系映画に分類することもできる。

 それにしてもインドの銀行が提供している利子の高さには驚かされる。映画に出て来た架空の銀行ドゥー・バンクは、普通預金口座の預金額に応じて5.0-6.0%の利子を提供していた。これは他の銀行に比べて1%高いとのことなので、インドの銀行の標準的な利子は4.0-5.0%ということになる。ドゥー・バンクがどういうカラクリで不正に裏金を儲けていたかというと、利子の上がるタイミングを数日だけ先送りすることによって生じる数ルピーの差額をネコババしていたのである。一人一人の顧客から不正に取得している儲けは少額かもしれないが、ドゥー・バンクには4,000万の口座がある。もし一人一人の口座から毎月10ルピーをネコババしているとすると、それは年間で120ルピーになり、それが10年間続くと1,200ルピーになる。もし2,000万人の口座でこのような不正をしていると仮定すると、ドゥー・バンクが10年間に不正に儲ける金額は240億ルピーに上る。これは裏金となってドゥー・バンクの経営者メヘター社長の権力の源泉になっていた。

 だが、インドで実際に銀行によるそのような汚職事件があったとは聞いたことがない。どこにも「実話にもとづく物語」とは示されておらず、ストーリーそのものが架空のものだと思われる。よって、銀行を批判することを目的とした映画ではない。むしろ、一般市民の矛盾した態度が槍玉に上がっている。人々は野菜や果物などを購入するとき、5ルピー、10ルピーを値切ろうと頑張って交渉する。だが、それが銀行口座になると途端に無頓着になる。利上げの日が1日ずれるとその差額は数ルピーになるのだが、それをいちいち計算する者はほとんどいないし、たとえいたとしてもわざわざ銀行に苦情を言いに行くことはない。なぜか人々は銀行を信じ切ってしまっており、しかも銀行口座に入ったお金が数ルピー減ることになったとしても気にしない。この無頓着さが将来的に大きな災厄となって自分たちに返って来る可能性が示唆されていた。

 数式がたくさん出て来るために難解な映画に見えるのだが、ストーリーはごく単純で、善玉と悪玉がはっきり分かれており、分かりやすい勧善懲悪になっている。ラーデーを演じたRマーダヴァンは貫禄の演技であったし、メヘター社長を演じたニール・ニティン・ムケーシュも同情の余地のない悪役振りであった。キールティ・クルハリが演じたスバーシュ警部補は本筋とはあまり関係ない役だった。彼女がいなくてもこのストーリーは成立した。メヘター社長を追いつめたのはラーデーであり、それに多少の貢献はしたものの、存在感は薄かった。ラーデーとスバーシュ警部補の今後を匂わすようなシーンも見当たらなかった。

 デリーが舞台の映画であり、実際にデリーでロケが行われていた。分かりやすいのはラール・キラーとチャーンドニー・チョークの辺りだ。主人公が車掌であることもあって駅も重要な舞台になっていたが、オールドデリー駅であろうか。ローディー・ガーデンで撮影されたと思われるシーンもあった。

 「Hisaab Barabar」は、銀行の汚職を暴くと同時に、市場での値段交渉には熱心な割に銀行口座残高の数ルピーに無頓着な庶民を戒める内容の映画である。やたらと数式が出て来る理系映画でありユニークであったが、終盤であまりに筋書きが単純化してしまいグリップ力を失った。それでも観て損はない作品である。