Apurva

3.0
Apurva
「Apurva」

 インドの二大叙事詩のひとつ「ラーマーヤナ」では、羅刹王ラーヴァナに誘拐されたスィーター姫をラーマ王子が救出する。だが、強い女性がもてはやされる現代では、もはや「ラーマーヤナ」のプロットは時代錯誤になっているのかもしれない。2023年11月15日からDisney+ Hotstarで配信開始された「Apurva」は、ギャングに誘拐された女性が男性の助けを借りず自ら危機を脱するサバイバル映画である。実話にもとづいているとされている。

 監督は「Brij Mohan Amar Rahe!」(2018年/邦題:不死身のブリジ・モハン)や「Kill」(2023年)のニキル・ナーゲーシュ・バット。主演は、「Student of the Year 2」(2019年)でデビューしたターラー・スターリヤー。他に、ラージパール・ヤーダヴ、アビシェーク・バナルジー、ダイリヤ・カールワー、スミト・グラーティー、アーディティヤ・グプター、ラーケーシュ・チャトルヴェーディーなどが出演している。

 マディヤ・プラデーシュ州グワーリヤル在住のアプールヴァー・カシヤプ(ターラー・スターリヤー)は、アーグラーの銀行で働くスィッダールト(ダイリヤ・カルワー)と婚約する。スィッダールトの誕生日に彼女はサプライズで彼に会いに行こうと、バスでアーグラーに向かっていた。

 バスがチャンバル谷に差し掛かったとき、ランガー・ギャングに止められる。ジュグヌー(ラージパール・ヤーダヴ)、スカー(アビシェーク・バナルジー)、バッリ(スミト・グラーティー)、チョーター(アーディティヤ・グプター)から成るギャングであり、ボスのランガーを殺して彼らが乗っ取ったばかりだった。運転手と車掌は殺され、乗客の金品は強奪されてしまう。しかも、アプールヴァーは誘拐されてしまう。携帯電話はバスに残されてしまった。

 アプールヴァーは廃村に連れ込まれ、意識を失った。たまたま通りがかった占星術師ターラーチャンド(ラーケーシュ・チャトルヴェーディー)も一緒に拉致される。意識を取り戻したアプールヴァーはターラーチャンドと共に隙を見て逃げ出し、ちょうど出くわしたチョーターを殺す。

 チョーターの悲鳴を聞き、ジュグヌー、スカー、バッリがやって来る。隠れていたターラーチャンドはすぐに見つかり、殺されてしまう。だが、アプールヴァーは見つからなかった。彼女は、ターラーチャンドの携帯電話を使ってスィッダールトに連絡する。スィッダールトは異変を察知してアーグラーから強盗現場まで来ていた。警察の動きが鈍いのに業を煮やしたスィッダールトは、アプールヴァーから送られてきたロケーションを頼りに、一人で彼女を救出することを決める。スィッダールトは警察から銃を奪い、アプールヴァーの元へ急ぐ。

 一方、アプールヴァーはギャングたちに反撃を開始していた。鎌を手に入れたアプールヴァーはまずバッリに重傷を負わせ、次にジュグヌーを井戸に落として石打ちにして殺す。そして最終的にはスィッダールトも惨殺する。自分を誘拐したギャングを一人で一網打尽にした後、スィッダールトに電話をする。

 いわば、スィーター姫が自分を誘拐したラーヴァナを自分で退治し、一人でラーマ王子のところへ戻ったようなストーリーである。

 男性中心社会においては、ヒロインを助けるのはヒーローの役目であった。ヒンディー語映画においても、そのパターンの映画が無数に作られてきており、我々はそれについて不思議にも思わなかった。ヒーローがヒロインを助けるのは当然だと思い込んでいた。

 だが、「Apurva」は、男性の力を全く借りずに逆境に立ち向かう強い女性を堂々と描き出した。題名の「アプールヴァー」とは主人公の名前であるが、これは「前代未聞」という意味である。もはや女性はこれまでのように男性の助けを必要としない、一人でやっていける、という力強い独立宣言だと受け止めたらいいであろうか。アヌシュカー・シャルマー主演の「NH10」(2015年)やカンガナー・ラーナーウト主演の「Dhaakad」(2022年)などと併せて、時代を象徴する映画だと評価できる。

 出来事としては、強盗誘拐かつ強姦殺人未遂ということになる。そして、それだけに絞った、ミクロな切り口の物語だった。予算もそれほど掛けられていないだろう。だが、予算の多寡が作品の面白さを専ら決定するわけではない。「Apurva」は、シンプルな逃亡劇ではあったが、非常にスリリングな展開だった。

 起用された俳優のステレオタイプを壊す努力もされていた。そういう意味でも「前代未聞」なのだろう。主演ターラー・スターリヤーは、どちらかといえば清楚な正統派ヒロイン女優としてこれまでキャリアを積んできたが、「Apurva」でガラリとイメージチェンジをした。誘拐され、強姦されそうになり、隙を見て逃げ出して、その後反撃する。一人の女性が短い間に目まぐるしく変わっていく様子を土臭く演じた。彼女にとって大きな飛躍となる作品である。

 さらに、コメディアンのイメージが強いラージパール・ヤーダヴを、ニコリともしないダンディーなギャング役で起用している。彼がこれまであまり見せてこなかった顔を見せている。そしてそれも悪くなかった。ラージパールにとっても重要な転機になりえる。

 アビシェーク・バナルジーは曲者俳優としてあらゆる役を演じてきたが、それでも「Apurva」のような頭がいかれ気味のギャング役を演じている姿は新鮮である。そして、これもまたうまくはまっていた。

 物語の舞台になっているチャンバル谷は実在する地名で、しかも実際に数々の伝説的な盗賊たちが暗躍してきた。ウッタル・プラデーシュ州、ラージャスターン州、マディヤ・プラデーシュ州にまたがる荒れ果てた土地である。ただし、この映画のロケはチャンバル谷では行われていないと思われる。風景が全く違うのである。終盤の舞台となった廃村は、ラージャスターン州のクルダラー村であり、チャンバル谷からはかなり遠い。それから察するに、実際にはラージャスターン州で撮影された映画なのではなかろうか。チャンバル谷で撮影をしていると本物の強盗に襲われる恐れがあったのかもしれない・・・。

 「Apurva」は、誘拐された女性が自ら反撃を開始し、誰の手も借りずに危機を脱するというプロットの、「NH10」に似た女性中心サバイバル映画である。女性は女性だけでやっていけるという力強い宣言だと受け止めれば、現代の世相をよく表していることになる。非常にスリリングな映画であり、コンパクトにまとまっているのも好感が持てる。ターラー・スターリヤーやラージパール・ヤーダヴの新たな一面を見られるのも嬉しい。押さえておいて損はない佳作である。