Mother India: Life Through the Eyes of the Orphan (USA)

2.5
Mother India: Life Through the Eyes of the Orphan
「Mother India: Life Through the Eyes of the Orphan」

 「Mother India」といえば、メヘブーブ・カーン監督、ナルギス主演、1957年に公開された不朽の名作の題名だ。しかし、今回レビューする「Mother India: Life Through the Eyes of the Orphan」は、米国のドキュメンタリー映画である。2012年7月1日にDVDで販売された作品らしい。

 監督はノア・ランバース。デーヴィッド・トロッターとショーン・シャイノハという2人の男性が、インドに3,100万人いるというストリートチルドレンを救おうとインドに乗り込む様子を追っている。彼らが降り立ったのは、アーンドラ・プラデーシュ州南部のテナーリという町だ。彼らは早速テナーリ駅近くの路上で生活する孤児たちを発見する。

 およそ50分あるこのドキュメンタリー映画の前半は、デーヴィッドとショーンがストリートチルドレンたちと親交を深めていく様子が描かれる。レッディーという20代半ばの青年がテナーリ駅周辺に住むストリートチルドレンたちを束ねており、彼の助けを得て二人は子供たちにインタビューしていく。

 彼らが路上生活を送るようになった原因はそれぞれだった。事故などで両親を亡くした子供、暴力に耐えきれずに逃げ出した子供、売春宿から助け出された子供などがいた。彼らは列車の中で乞食をして乗客たちから喜捨をもらい、そのわずかな収入で食いつないでいた。手や足のない子供たちもたくさんいた。その経緯を聞くと、列車に轢かれて手足を失った子供が大半を占めた。

 路上で生活する子供たちはタバコやドラッグなどの悪習も身に付けてしまっていた。修正液を吸ったり、得体の知れない薬物を注射器で体内に入れたりして、束の間の快楽を得、日頃の苦しみを忘れていた。多くの子供たちはHIVウイルス保持者であり、AIDSを発症していた。性行為や注射器の共有などで感染したものと思われる。

 デーヴィッドとショーンにできることは限られていたが、彼らは特に、レッディーのグループにいたコーテーシュワリーとポライヤーという幼い子供に注目した。まだ彼らは7歳と3歳だった。デーヴィッドとショーンは、テナーリにあるハーヴェスト・インディアという孤児院を知っていた。二人はコーテーシュワリーとポライヤーを孤児院に入れようと努力する。その他の子供も孤児院で教育を受けさせられればよかったが、路上生活で自由の味を知ってしまった子供たちは、規則の厳しい孤児院での生活には耐えられないのが普通だという。

 結局、映画が終わるまでにコーテーシュワリーとポライヤーはハーヴェスト・インディアに入れなかったのだが、「手続きが進行中」とは説明されていた。デーヴィッドとショーンもそれを見届けずに米国に帰ってしまう。撮影期間中に大した進展がなかったのだと思われる。ドキュメンタリー映画の難しいところだ。

 副題に「Through the Eyes of the Orphan(孤児の目を通して)」とあるが、結局はインドを貧困国と見なし、救世主気取りでインドに降り立った外国人の視点から描かれた作品だと感じた。確かにデーヴィッドとショーンはストリートチルドレンたちと一緒に路地で寝たりして、彼らに近づこうと精いっぱい努力していたが、孤児たちと同じ視線を持つことができたとはとても思えなかった。

 「Mother India: Life Through the Eyes of the Orphan」は、二人の米国人がアーンドラ・プラデーシュ州の田舎町でストリートチルドレンと親交を深め、彼らの人生を少しでも好転させようと努力する様子を描いたドキュメンタリー映画である。一人一人の子供たちからストーリーを引き出すことにはある程度成功していたが、この映画が彼らのために何かできていたとは思えない。大した成果なく終わってしまった撮影を何とか編集によって体裁を整え作品にした印象を受けた。外国人が見たい「貧困のインド」がそのままそこにある作品であり、インド人が好む種類の映画ではない。