2023年12月22日からZee5で配信開始された「Karma Strikes」は、無名の監督、無名の俳優たちによるサスペンス&ホラー映画だ。一応、幽霊による憑依が出て来るが、ホラー要素は二の次であり、どちらかといえば不倫モノ映画といった方がいい。心情描写に重きが置かれ、よく出来ている。
監督はカールティク・スワーミーナータン・ヴェンカトラーマン。名前から察するにタミル人であるが、この映画は英語とヒンディー語のミックスであり、一昔前の定義ではヒングリッシュ映画に分類されただろう。ヴェンカトラーマン監督は過去に数本の短編映画を撮っているが、長編映画は今回が初だ。
キャストは、アミト・クマール・ミシュラー、プージャー・S、サーガル・シャルマー、ユヴラードニー、アルチャナーなど。名の知れた俳優は皆無である。
米国在住のアニル・シャルマー(アミト・クマール・ミシュラー)は、妻ソーニー(アルチャナー)との間に生まれた一人娘ソーナム(プージャー・S)を大事に育てていた。ソーナムの23歳の誕生日、彼女は両親に付き合っている男性がいると打ち明け、彼と結婚したいと言い出す。アニルは大事な娘を手放したくなく、娘の恋人アビシェーク・マロートラー(サーガル・シャルマー)とも会うが、身辺調査を条件にしたことで心象を悪くする。それでも最終的にアニルはソーナムとアビシェークの結婚を認める。
アニルとソーニーの結婚25周年パーティーでソーナムの身に異変が起きる。ソーナムが別の人格になってしまい、しきりに自殺をしようとする。ソーナムは入院となる。アニルはアビシェークに、過去に起こった思い当たる出来事を語り出す。
ソーナムがまだソーニーのお腹の中にいたときのこと。アニルはムンバイーのコールセンターで部長をし、ソーニーは実家のあるプネーに帰省していた。アニルは新入社員のディヴィヤー・グプター(ユヴラードニー)に惹かれ、彼女にムンバイーを案内している内に不倫関係になってしまう。ディヴィヤーは「コミットメント」を求め、アニルはそれを承諾する。毎週末にはプネーへ行って妻に会いに行っていたアニルであったが、ディヴィヤーと出会ってからは彼女の家に入り浸るようになり、多忙を理由にプネーに行かなくなる。当然、ソーニーは彼を疑い出す。
次第にディヴィヤーは独占欲を出してきて、アニルにソーニーと離婚して自分と結婚するように迫り出す。アニルは、ソーニーが出産したら離婚すると答える。だが、一度アニルはソーニーに嘘を付いてプネーに帰ったことがあった。疑り深いディヴィヤーはその嘘を暴き、以後、彼女はアニルに対して高圧的になる。アニルはソーニーとディヴィヤーの間で板挟みになってしまう。最終的にアニルはディヴィヤーに対し、一緒に死のうと言い出し、彼女に毒薬を渡して自殺させた後、自分は偽の薬を飲んで生き残った。アニルは、友人の警察官サーヒルに後処理を任せ、妻を連れて米国に転勤してしまう。
ソーナムの異変は、ディヴィヤーの亡霊が取り憑いたからに他ならなかった。アニルはソーニーに、彼女の妊娠中に不倫したことを打ち明ける。そして、ソーナムに取り憑いたディヴィヤーの前でアニルは毒薬を飲んで自殺する。それを見てソーナムは正気に返る。
あまりお金が掛かっていない映画であるし、無名の俳優ばかりでスターパワーにも乏しい。しかしながら、脚本がしっかりしていて監督に才能さえがあれば、面白い作品が撮れるということを証明する好例である。
この映画の面白さは、映画のジャンルが二転三転することだ。物語が最終的にどの方向に向かうのか敢えて観客を迷わせ、サスペンス要素としている。
まずは子煩悩な父親の一人語りから始まる。主人公アニルがいかに娘のソーナムを大事に育てているか、そして彼女が生まれたばかりの頃、彼女をうっかり腕から落としてしまったことをどんなに後悔しているかが語られる。そんなアニルにとって大いに衝撃だったのは娘が結婚したいと言い出したことだった。娘を目に入れても痛くないほどかわいがっていたアニルは、最初その結婚を頭ごなしに否定し、次には娘の結婚相手を厳しく審査しようとする。ここまでは、そんな複雑かつ繊細な親心が微笑ましく描写されたファミリードラマかと思わされる。
ところが、ソーナムが急に精神異常者のように暴れ出し、アニルに向かって「昔みたいに私を犯して」と叫び出したことで映画の雰囲気はガラリと変わる。ここで、実はアニルがソーナムに性的暴行を常習的に加えていた可能性が浮上するのである。もしそれが本当だとしたら、近親相姦かつ未成年に対する性的虐待であり、深刻な問題となる。全くの急転回に観客は呆然とする。ソーナムの許嫁アビシェークはアニルに詰め寄る。
しかしながら真相はアニルの過去にあった。ここからは不倫ドラマになる。アニルは、妻のソーニーが妊娠して実家に帰っていたとき、部下のディヴィヤーと不倫関係になっていた。当初、アニルは妻そっちのけで不倫に溺れていたが、ディヴィヤーが次第にアニルにソーニーとの離婚を求めるようになったことで暗雲が立ちこめ始める。アニルには妊娠中のソーニーと別れるつもりは全くなく、ディヴィヤーとの不倫は一時的な快楽を求めてのことだった。この泥沼は不倫ドラマとしては標準的な展開だ。もう少しサラリと描いてもよかったと思うのだが、じっくり時間を掛けてねっとりとアニルとディヴィヤーが関係を深めていく様子が描き出される。
ディヴィヤーに深入りしすぎたアニルはとうとうにっちもさっちも行かなくなり、ディヴィヤーに心中を提案しながら、彼女だけ自殺させて自分は生き残るという非常に卑怯な手段を採る。展開次第ではここから刑事ドラマや法廷劇につなげることもできたと思うが、今度はあまり時間を掛けずに流してしまっていた。アニルは友人の警官に後処理を任せて、自分は妻を連れて米国に高飛びし、何もなかったことにしたのだった。
映画の題名は「Karma Strikes」だが、これは「因果応報」という意味だ。アニルはディヴィヤーを騙して自殺させたことでソーニーに不倫がばれるという最悪の事態を避けることに成功した。しかしながら、その後の人生、彼はいつその報いを受けるか戦々恐々としながら生きることになった。一時、生まれたばかりのソーナムを床に落としてしまったのが報いだと考えたが、一方で、それだけでは済まないとも思っていた。ソーナムの結婚相手を厳しく審査したのも、かつて自分がディヴィヤーにした仕打ちをソーナムが恋人から受けないか不安だったからだ。アニルが娘を極度に大事に育てていたのには、愛情以上にその恐怖があったのである。
医者はディヴィヤーの異変を精神病だと診断するが、映画としての結論は、やはりディヴィヤーの亡霊が憑依したからだとされていた。病院のベッドに拘束されたソーナムは完全にディヴィヤーになってアニルに語りかける。彼女は、彼の最愛の娘を日に日に死に近づけていくことでアニルに最大の苦しみを与えようとしていた。しかしながらアニルの腹は決まっていた。彼は今度は本物の毒薬を飲み込み、自殺して見せる。それを見て満足したディヴィヤーの亡霊はソーナムの身体から出て行く。
悲しいラストではあるが、よく組み立てられていたために納得感があった。きちんとインド映画の文法に従って歌と踊りのシーンも用意されていた。アニル役を演じたアミト・クマール・ミシュラーがヒーローにしては太っていてあまりハンサムではないことや、ソーナム役のプージャー・Sに特別魅力を感じなかったことなど、いくつか気になる点もあった。それでも、かなりの低予算で作られたのは確実で、その限られた予算の中でこれだけしっかりした作品を作り上げることができたのには素直に感心してしまう。
「Karma Strikes」は、無名の監督と無名の俳優たちによるジャンル混合映画であり、OTTリリースされたこともあって、巷ではほとんど話題にもなっていない。しかしながら、優れた脚本を優れた監督が映画にすれば、どんなに低予算でもこれだけ素晴らしい作品を撮ることができるという好例である。もっと評価されていい映画だ。