2010年5月14日公開の「Bumm Bumm Bole」は、イランのマジード・マジーディー監督「運動靴と赤い金魚」(1997年)のヒンディー語リメイクである。アッサム州を舞台にしている。
監督は「Bhool Bhulaiyaa」(2007年)などのプリヤダルシャン。主演は「Taare Zameen Par」(2007年)でデビューした名子役ダルシール・サファーリー。他に、アトゥル・クルカルニー、リトゥパルナー・セーングプター、ズィヤー・ヴァスターニー、カーヴェーリー・ジャーなどが出演している。
ちなみに題名の「Bumm Bumm Bole」とはシヴァ神を賛美するフレーズだ。主演ダルシール・サファリーの「Taare Zameen Par」で同名の挿入歌があった。
この映画の公開時にはインドに滞在していたが見逃していた。2024年3月31日に鑑賞し、このレビューを書いている。
アッサム州に住む貧しいコーギーラーム・グワーラー(アトゥル・クルカルニー)は、妻カリヤーニー(リトゥパルナー・セーングプター)との間にピーナーキー(ダルシール・サファーリー)とリムズィム(ジヤー・ヴァスターニー)という子供がいた。ピーナーキーは父親の手伝いをする健気な少年で、小学6年生だった。 コーギーラームは職を失い、お金に困っていた。そんなとき、ピーナーキーは買い物のついでに妹のサンダルを修理してもらおうとして市場で紛失してしまう。リムズィムは怒るが、両親には内緒にしてくれた。だが、学校にサンダル履きで行ったら先生に怒られてしまう。リムズィムは午前の学校に行き、ピーナーキーは午後の学校に行っていた。そこで二人は相談し、まずはリムズィムがピーナーキーの靴を履いて学校へ行き、それが終わると途中で待ち合わせをして、午後からはピーナーキーが靴を履いて学校へ行くことにした。 コーギーラームはやっと材木屋の仕事を見つけるが、運の悪いことにテロリストの疑いを掛けられて尋問を受け、その仕事も失ってしまう。コーギーラームは神を呪うが、親しい僧侶から庭師道具一式を譲り受ける。それを持って街へ行き、庭師の仕事をし始める。意外にお金が入りコーギーラームは有頂天になるが、自転車事故に遭って怪我をしてしまう。 ピーナーキーの通う学校がマラソン大会に出ることになった。3位の賞品はアディダスの運動靴だった。ピーナーキーは賞品欲しさに代表選手に名乗りを上げ、大会に出場する。ピーナーキーは3位狙いだったが、頑張り過ぎてしまい、1位になってしまう。結局、運動靴を手にすることはできなかった。 ところでコーギーラームの妹バーニー(カーヴェーリー・ジャー)は最近羽振りが良かった。夫のビシュヌが薬の会社に勤め、高給をもらってくるからだった。だが、実はビシュヌはテロの片棒を担ぎ高収入を得ていた。ビシュヌはピーナーキーに爆弾の運び屋をさせる。ピーナーキーは妹にサンダルを買ってあげたい一心で仕事をするが、彼が仕事を終えて帰ってくると、ビシュヌは警察に撃ち殺されていた。バーニーも警察署に連行されてしまう。 コーギーラームは警察に妹の無罪を訴える。警察もコーギーラームの人の良さに一目置き、彼に仕事を紹介する。コーギーラームは前金も手にし、ようやく2人の子供たちのために新しい靴を買ってあげることができた。
「Taare Zameen Par」で絶賛を浴びた名子役ダルシール・サファーリーをはじめ、子供の表情や動作の映し方がうまい映画だった。父思い、妹思いの優しい兄が奔走する姿は感動を呼ばずにいられない。
大筋はイラン人監督の原作と同じである。よって、どこまでをインド的に解釈していいか迷うところだが、インドとイランではだいぶ共通点があり、それ故にそのままヒンディー語映画化しても大きな問題はなかったと感じた。
たとえば、インドには午前と午後の二部制を採っている学校がある。午前の部の生徒は午前に学校で学び、昼になると帰宅する。午後には午後の部の生徒が登校してきて学ぶ。子供が多いためにこういう制度を採っているのだと思われるが、どうやらイランでもそういう制度があるようだ。妹リムズィムのサンダルをなくしてしまったピーナーキーは、自分の靴を妹と共有することになる。たまたまリムズィムは女子校の午前の部、ピーナーキーは男子校の午後の部に通っていた。この部分は原作でも同じである。
また、求職中だった父親コーギーラームは高級住宅街を回り、飛び込みで庭師の仕事を営業して回る。この部分も原作通りだが、インドでもありそうな話だ。
もちろん、これらの例は日本ではあまり見られない。よって、もし「運動靴と赤い金魚」をそのまま日本映画化していたら、細かい部分で違和感を感じることになるだろう。そもそも、靴を買えないほど貧しい家庭というのは、日本では想像できない。
子供が主人公の映画なので、子供向け映画に見える。「運動靴と赤い金魚」は子供向け映画としてもいいだろう。だが、「Bumm Bumm Bole」のストーリーには、原作にはなかった要素が含まれている。爆弾テロである。爆弾が爆発し、手足がちぎれて吹っ飛ぶようなグロテスクなシーンもあるので、完全には子供向けではない。とはいえ、インド公開時の年齢認証は「ユニバーサル(万人向け)」になっている。
アッサム州にはアッサム統一解放戦線(ULFA)という武装組織があり、インドからアッサムを独立させるために1979年から武装闘争を繰り広げていた。ところが、2011年にインド政府、アッサム州政府、そしてULFA内の対話推進派の間で作戦停止協定が結ばれ、その後インド政府と協議が続けられてきた。平和協定がようやく結ばれたのが2023年12月であった。
「Bumm Bumm Bole」に登場した武装組織は、おそらくULFAをモデルにしている。この映画の撮影時には当局とULFAの間で対立が続いており、映画で描写された爆弾テロも現実のものだった。
インドの小学校の様子が比較的よく観察できる映画であった。ピーナーキーとリムズィムは別々の学校に通っていたが、どちらもキリスト教系の私立学校であった。黒衣を身にまとったシスターが授業をしていた。コーギーラームのような貧しい家庭が子供を私立学校に送るというのは多少違和感を感じるが、コーギーラームは子供たちの教育を第一に考え、背伸びしてそういう選択をしたという設定になっていた。
マラソン大会の賞品はお国柄が垣間見えて面白い。1位は12年生(高校3年生)まで奨学金、2位はムンバイーで10日間のスポーツキャンプ、3位はアディダスの運動靴となっていた。
映画の全体的なメッセージとしては、常に誠実に生きることの大切さになるだろう。一度、ピーナーキーは妹のために寺院からサンダルを盗んでしまうが、神様の罰を恐れ、それをそっと返す。コーギーラームは何度も希望を打ち砕かれ神様の呪うが、それでも誠実に生き続けたことで、最後にはいい仕事にありつくことができた。逆に、テロに関わり大金を稼いでいたビシュヌは報いを受け、殺されてしまう。
途中で不思議なダンスシーン「Ashaon Ke Pankh」が挿入される。新しい靴を買ってもらえると聞いてピーナーキーが想像力を働かせる際に移行する、CGを使った幻想的なダンスシーンだが、映画全体の雰囲気と合致しておらず、蛇足に思えた。しかも本編とは関係ない人が登場しており、混乱した。
「Bumm Bumm Bole」は、原作にしているイラン映画が名作の誉れ高く、そのエッセンスをうまくインドのアッサム州に当てはめて映画化しているため、いい作品になっている。ダルシール・サファーリーなどの子役の演技も素晴らしい。観て損はない映画である。