インド人の間では、親の決めた相手とアレンジド・マリッジをするか、自分で決めた相手とラブ・マリッジをするかは永遠の命題である。2018年に行われた調査によると、回答した夫婦16万組の内、93%がアレンジド・マリッジをし、3%がラブ・マリッジをし、2%がラブ・マリッジとアレンジド・マリッジの融合した形で結婚したという。映画ではいかにも恋愛が後押しされているが、それがファンタジーに近いものであるから受けるのであり、実際にラブ・マリッジを実現できるのは21世紀になっても1割以下のインド人なのである。
2016年3月11日公開の「1982 – A Love Marriage」は、正にその命題をテーマにしたロマンス映画である。監督は新人のプラシャーント・ゴーレー。キャストはアミトクマール・シャルマー、オムナー・ハルジャニー、ガウラヴ・プラカーシュ・コーターリー、インディラー・マンスカーニー、サーヒル・パテール、アーロークセーン・グプター、リター・アガルワール、アルン・スィン、アルナー・スィンなど。正直いって皆無名の俳優たちばかりである。
映画の舞台は主に2つ、アマルプル・ジョーラースィーとアテーリーという村だが、これらはハリヤーナー州に実在する。どちらも日本企業の工業団地があるニームラーナーのすぐ近くだ。おそらく当地の人々が身内で作った映画だと思われる。ただし、言語はハリヤーンヴィー方言ではなく標準ヒンディー語だ。
時代は1982年。アマルプル・ジョーラースィー村在住の教師プレーム(アミトクマール・シャルマー)は、恋愛映画を観てラブ・マリッジをすると決めていた。しかし父親からアレンジド・マリッジをさせられる。プレームの妻はアテーリー村出身のスマン(オムナー・ハルジャニー)という美しい女性だった。初夜にプレームはスマンとラブ・マリッジをしてから夫婦になりたいと言い出す。夫の言うことは何でも聞くように言い付けられていたスマンはそれを了承するが、どうすればいいのか分からない。 スマンは、料理や洗濯など家事が一切できず、サーリーの着付けもできず、文字も読めない女性だった。それでもプレームは懇切丁寧にスマンに家事を教えた。両親と死に別れ、叔父母に育てられた後、自立して生活していたプレームは何でもできたのである。 プレームとスマンは一緒に映画を観に行ったりして仲を深める。プレームはとうとうスマンと初夜を迎えようとするが、そのときスマンは秘密を打ち明ける。幼い頃にスマンは火傷を負っていたのである。怒ったプレームは飛び出してしまう。スマンは家事をしっかりこなし、プレームの機嫌を直そうとするが、怒りの収まらないプレームはスマンに手を上げる。それを彼女の兄ジョーギンダル(ガウラヴ・プラカーシュ・コーターリー)に見られてしまう。 スマンはアテーリー村の実家に帰ってしまった。寂しくなったプレームは、叔母(インディラー・マンスカーニー)に励まされ、妻の実家を訪れて彼女を連れ戻そうとする。ところがジョーギンダルがそれを許さなかった。そこでプレームはスマンと「駆け落ち」することにする。ジョーギンダルがいない間に二人は家を抜け出す。だが、駅でジョーギンダルに見つかってしまい、プレームは殴られ、スマンは連れ戻される。 ほうほうの体で自宅に戻ったプレームは、寝室にスマンがいることに気付く。スマンの母親が気を利かせて送り届けてくれたのだ。こうしてプレームとスマンはアレンジド・マリッジをした後にラブ・マリッジを実現させた。
映画の冒頭では、現代インドの街角で人々に対して実施されたアンケートの映像が流される。そこでは人々はアレンジド・マリッジがいいかラブ・マリッジがいいかを聞かれる。日本人として驚かされるのが、意外にも多くの若者がアレンジド・マリッジ派であることだ。そして、この映画はアレンジド・マリッジとラブ・マリッジの間で揺れ動く全ての人々に捧げられる。
とはいっても映画の舞台は題名が示すとおり1982年である。村の映画館には「Love Story」(1981年)や「Ek Duuje Ke Liye」(1981年)といった有名なロマンス映画が掛かっていたが、これらは時代と主題を同時にうまく表現している。この時代には完全にアレンジド・マリッジが主流で、ラブ・マリッジは口に出すことも忌避されるような状態だった。ご多分に漏れず、主人公のプレームはヒロインのスマンとアレンジド・マリッジをする。
この映画が変わっているのは、アレンジド・マリッジをした夫婦がその結婚のラブ・マリッジ化を模索することだ。それはロマンス映画に毒されたプレームの提案だった。彼はスマンに恋に落ち、プロポーズをし、駆け落ちするまでは初夜をお預けにすると言い出した。何が何だか分からないスマンはとにかく夫に従う。
プレームはいかにも村の純朴な青年であり、妻に対しても基本的にとても優しい。家事が全くできず、文字も読めないスマンを受け入れ、彼女に料理などを教える。理想的な夫である。プレームとスマンの間が徐々に近づいていく様子を安心して観ていられる。
ところが中盤に2つの急転回がある。ひとつはスマンの秘密である。スマンは幼い頃に火傷をし、その跡が身体に残っていると言い出す。それを聞いてプレームは憤り、彼女を無視し始める。一体火傷の何が悪いのか、さっぱり分からないし、プレームの反応も不自然である。もうひとつはプレームがスマンに手を上げたことだ。今まで優しかったプレームがなぜ突然DV夫になってしまったのか。この豹変振りには付いていけなくなる。
もっとも、この急転回があったおかげでスマンは実家に戻り、そこから彼女を救出するという終盤の佳境が生まれた。それがまるで駆け落ち結婚であり、プレームが望んでいたラブ・マリッジの理想的な形であった。
この映画で大きな疑問に感じたのはスマンのキャラである。1980年代のインド人女性ということで、文字が読めないのはさもありなんだ。この時代、教育は遅れており、インド人女性の識字率は3割ほどだった。だが、料理も洗濯もサーリーの着付けもできない女性がこの時代にいたとは到底思えない。当時の女性は現代よりももっと花嫁修業をさせられていたことだろう。その一方でプレームは家事もこなすしサーリーの着付けもできるという、現代の理想的な夫だ。つまり、この映画のヒーローとヒロインはどちらも時代にそぐわない非現実的なキャラだったのである。
「1982 – A Love Marriage」は、無名の監督と俳優たちによってごく低予算で作られた映画だ。外している場面も多々あるのだが、関わっている皆が皆、純粋な気持ちで作っているのが感じられ、微笑ましい作品だ。高い期待はせずに観るとちょうどいいだろう。