2023年10月6日からJioCinemaで配信開始された「Ghuspaith Between Borders(国境の間の越境者)」は、インドとバングラデシュの国境地帯を舞台にした30分強の短編映画である。
監督はミヒル・ラート。聞いたことがない人物であるが、過去に「ミリオンダラー・アーム」(2014年)や「TENET テネット」(2020年)などで助監督を務めたことがある。監督をするのはこの「Ghuspaith Between Borders」が初めてのはずである。キャストは、アミト・サード、ディビエーンドゥ・バッターチャーリヤ、パメラ・ブートリヤー、コラク・サーマンタなどである。
舞台は、インドのトリプラー州近くのバングラデシュ領内。バングラデシュからインド国境に向けて中年太りした運転手ウスマーン(ディビエーンドゥ・バッターチャーリヤ)がトラックを走らせている。そのトラックには牛と子連れの夫婦が乗っていた。夫の名前はマーダヴ(アミト・サード)、妻の名前はマンジュ(パメラ・ブートリヤー)であった。彼らはこれからインドに密入国しようとしていた。途中でトラックはムジャーヒディーンに止められるが、一家はトラックの荷台下にあるスペースに隠れていて見つからなかった。彼らは国境に着くが、そこではインドの国境警備隊(BSF)が見張っており、越境しようとする難民たちを容赦なく撃ち殺していた。妻は妊娠しており、この地点では越境できそうになかった。 そこでウスマーンは彼らを別の越境ポイントに連れて行こうとする。途中、再びムジャーヒディーンに止められる。今度は彼らがトラックに乗り込んできてしまった。荷台下スペースに隠れていた一家は見つかりそうになるが、ムジャーヒディーンの一人が誤射してリーダーを撃ち殺してしまい、動揺が走る。誤射したムジャーヒディーンも自殺する。ウスマーンは隙を見てトラックを発進させる。 途中でウスマーンはトラックを止めて森の中へ逃げ出してしまった。ムジャーヒディーンたちの追っ手がやってきたため、一家はウスマーンを追って森の中へ駆け込む。そのまま国境を越えようとするが、地雷原に足を踏み入れてしまう。そこでウスマーンと一家は殺される。
インド人民党(BJP)など極右政党は盛んにバングラデシュからインドに大量の違法移民が流入していると危機を煽っている。「Ghuspaith Between Broders」では、多くのバングラデシュ人が列を成してインドを目指している様子が映像化されており、BJPの根拠に乏しい主張を裏付けてしまっている。ただし、この映画は違法移民問題に迫ったものではない。
この映画は単純に、世界中には難民がたくさんおり、その内の多くが越境時に殺されているということを訴えているだけだ。しかも、これは実はバングラデシュ人難民に特化した映画ではない。題名が「Between the Borders」になっていない点からもそれが分かる。より一般的な難民問題を取り上げようとした映画である。
さらに、映画にはムジャーヒディーンが登場する。バングラデシュにもジャマートゥル・ムジャーヒディーン・バングラデシュ(JMB)などのテロ組織があり、テロ活動を行っている。ただ、彼らがバングラデシュとインドの国境地帯で検問のようなことをしているかは分からない。越境しようとしていた一家はムジャーヒディーンに追われるが、結局彼らを殺したのはインドの国境警備隊(BSF)であった。
唐突に感じたが、映画の最後にこの映画はダーニシュ・スィッディーキーというインド人報道写真家に捧げられたものであることが示されていた。ダーニシュはローヒンギャー難民問題を取り上げた一連の報道写真により、2018年にピューリッツァー賞を受賞した。しかしながらターリバーンとアフガーニスターン治安部隊の衝突を取材している最中に殺されてしまった。映画に出て来たマーダヴは報道写真家であったが、彼のキャラがダーニシュをモデルにしていたのだろう。ただ、やはりバングラデシュ人難民問題とはずれている。
単に不法移民が殺されるだけでは芸がないと思ったのか、無理矢理ヒューマンドラマが入れ込まれている。当初、子連れの夫婦だと思われた3人は、実はお互いに血縁がなかった。ジャーナリストのマーダヴは妊婦のマンジュを助け、マンジュは孤児の少女を助けた。そしてウスマーンも金のためとはいえ、文句を言いながらも彼らの越境を助けた。このように助け合いのドラマが演出されていた。
この映画の収穫は、主演のアミト・サードが迫真の演技を見せていたことだ。いまいち評価されていない俳優だが、ちゃんとした演技のできる俳優である。トラック運転手を演じたディビエーンドゥ・バッターチャーリヤも好演していた。
マーダヴはインド人という設定で、彼はヒンディー語を話していた。だが、彼以外の登場人物はバングラデシュ人という設定なのでベンガル語で会話をしていた。ただし、撮影はマハーラーシュトラ州ビワンディーで行われたようである。
「Ghuspaith Between Borders」は、直接的にはバングラデシュからインドに不法移民しようとする人々の苦難を描いているが、何もバングラデシュ人難民問題に特化した映画ではなく、もっと国際的かつ一般的な難民問題に踏み込もうとした作品である。映画の内容を額面通りに受け止めない方がいいと想われる。アミト・サードの演技には注目だ。