Haryana

3.5
Haryana
「Haryana」

 ハリヤーナー州は北インドの州のひとつだ。デリーに接しており、首都圏(NCR)を構成するグルグラーム(旧グルガーオン)やファリーダーバードはハリヤーナー州に入る。ヒンディー語州だが、特にハリヤーンヴィー語と呼ばれるヒンディー語の方言が話されている。農業とスポーツが盛んな州というイメージである。「ジャート」と呼ばれる農民カーストが人口の2割以上を占め、支配的な地位にいる。2022年8月5日公開の「Haryana」は、ハリヤーナー州の名前がそのまま題名になっている。もちろん、ハリヤーナー州を舞台にした映画だ。

 監督は新人のサンディープ・バスワーナー。元々TVドラマ俳優をしており、今回初めてメガホンを取った。キャストは、ヤシュ・トーンク、ロビー・メール、アーカルシャン・スィン、アシュレーシャー・サーワント、モニカ・シャルマー、アルマーン・アフラーワト、ヴィシュワース・チャウハーンなど。もっとも有名なのはヤシュであろうが、それでもいくつかの映画で脇役として顔を見たことがある程度だ。その他はほとんど無名の俳優たちである。

 ただし、映画の冒頭ではA級女優アーリヤー・バットにスペシャルサンクスが送られており、彼女自身の出演はないものの、ストーリーの中で彼女の存在が重要な役割を果たす。

 マヘーンダル(ヤシュ・トーンク)はハリヤーナー州の村で人望の篤いジャートの社会活動家だった。地元選出の州議会議員チェートラームの悪政が許せず、マヘーンダルは選挙に立候補することを決める。マヘーンダルは30歳過ぎて独身だったが、ようやくビムラー(アシュレーシャー・サーワント)との婚約が決まる。

 マヘーンダルには2人の弟がいた。次男のジャイビール(ロビー・メール)はヒサール大学の学生だった。ジャイビールは同じ大学に通うヴァスダー(モニカ・シャルマー)に片思いしていた。あるときジャイビールは自転車でヴァスダーを追いかけていたが、交通事故に遭い、片脚を失ってしまう。

 ジャイビールは、ヴァスダーが先輩のヴィジャイ(アルマーン・アフラーワト)と密かに付き合っていることを知り、嫉妬を募らせる。ヴァスダーはジャートだったが、ヴィジャイは違うカーストだった。ジャイビールは学生政治家のジートゥーをけしかけてヴィジャイを襲撃させる。この出来事は大事になり、ヴァスダーの家族にもヴィジャイとの恋愛が知れてしまう。ヴァスダーは自殺未遂をする。それを聞いたジャイビールは罪悪感を感じ、一転してヴァスダーとヴィジャイの駆け落ちを応援するようになる。事情を知ったマヘーンドラは警察の護衛を用意して二人を密かに結婚させ、州外に逃がす。しかしながら、この行為がジャートの間で悪評となった。おかげでビムラーとの婚約は立ち消えとなってしまった。

 三男のジュグヌーは映画好きの遊び人で、悪友たちと村を遊び歩いていた。ジュグヌーは映画を観てアーリヤー・バットに恋してしまい、彼女と結婚すると言い出す。マヘーンダルはジュグヌーをムンバイーに送る。ムンバイーに着いたジュグヌーは、英語ができないとムンバイーの人とは会話もできないことを知ってショックを受ける。落ち込むジュグヌーを励まそうと、マヘーンダルは家族を連れてムンバイーにやって来る。そして、ムンバイー在住の旧友カラン・スィンの助言に従い、大きなパーティーを主催する。そこにアーリヤーを呼んでジュグヌーと引き合わせようとしたのだ。

 パーティーは成功し、多くの人々がやって来た。だが、アーリヤーはやって来なかった。ジュグヌーは、これだけ多くの人がいるのにも関わらず孤独感を感じ、カランを殴って人々をパーティーから追い出す。そして、もう故郷に戻ることを決意する。

 村では選挙が行われていた。ジャートの女性をジャート以外の男性と結婚させたためにマヘーンダルは人気がなく、敗北を覚悟していた。ところが結果はマヘーンダルの圧勝だった。どういうことかと調べてみると、ビムラーが女性たちにマヘーンダルへの投票を呼びかけていたのだった。マヘーンダルはビムラーに会いに行き、改めてプロポーズする。

 ハリヤーナー州の保守的な村が舞台であり、カーストや男尊女卑が当たり前のように横行している。だが、主人公のマヘーンダルは柔軟な頭と誠実な心を持つ社会活動家で、伝統や因習に囚われず、困った人々を助けていた。特に彼の兄弟愛は底なしで、2人の弟たちの身に何かあると真っ先に駆けつけていた。村を変革する可能性を秘めた理想的なリーダーとして描かれていた。

 理想的なリーダーということは同時に非現実的ということでもある。むしろ、映画の面白味は2人の弟たちにあった。次男のジャイビールは大学生で、片思いの相手であるヴァスダーのストーカーをしていた。ヴァスダーにヴィジャイという秘密の恋人がいることが分かると、彼がリンチを受けるようにも仕向けた。ジャイビールの恋愛にはカースト問題も関わってくる。ジャイビールとヴァスダーはジャートだったが、ヴァスダーが付き合っていたヴィジャイはジャートではなかった。ジャートのコミュニティーでは特にタブーが厳しく、異カースト間結婚はなかなか許されない。ジャイビールはカーストを理由にしてヴァスダーとヴィジャイの仲を無理矢理引き離そうとしたのである。

 だが、ジャイビールにも良心は残っていた。自分が引き起こした暴行事件が大事になってしまい、ヴァスダーは自殺未遂までする。ジャイビールは、恋した女性が死を覚悟するほど別の男性を愛していることを見せつけられ、自己犠牲の精神を呼び起こされる。彼は、ヴァスダーがヴィジャイと駆け落ち結婚をするのを助けるのである。

 すぐに暴力を振るうキャラばかりの映画で、ともすると殺伐とした映画になるところであったが、結ばれない恋愛と、それを受け入れ、恋した女性の幸せのために自己を犠牲にするジャイビールの高潔な決断と行動があったおかげで、心温まる映画になっていた。

 三男ジュグヌーと彼を巡るストーリーも恋愛といえば恋愛だが、どちらかといえばコメディー要素が強い。何しろトップ女優の一人アーリヤー・バットに恋してしまい、彼女との結婚を勝手に決めてしまうのだ。そしてマヘーンドラから財政的な支援を受け、ムンバイーへ降り立つ。ジュグヌーは何とかアーリヤーに会おうとするが、当然会えるはずがない。その顛末が面白おかしく提示されている。

 ジュグヌーのストーリーで槍玉に上がっていたのは、同じインド人同士でも英語で会話をするムンバイーの社会だ。ジュグヌーとその仲間たちは英語が全くしゃべれず、ヒンディー語で押し通そうとする。だが、ムンバイーのみならずインドの社交界は英語話者であることが最低条件であり、ただでさえ田舎者の彼らはムンバイーの人々から全く相手にされない。これではアーリヤーと結婚など夢のまた夢だ。ジュグヌーは、自分の国において母語で会話をしようとすると蔑まれるムンバイーの社会に疑問を抱く。そして、早く故郷に戻りたいと考えるようになる。

 ジュグヌーはムンバイーを去る前にアーリヤーに手紙を送る。そこには、「ムンバイーはいいところだが、自分にはハリヤーナー州が一番合っている」と書かれていた。精神年齢が幼かったジュグヌーは、ムンバイー旅行を経て、見違えるほど成長したのだった。

 「Haryana」は基本的に低予算映画だが、しっかり作ってあり、チープさは感じない。起用されていた俳優たちも無名ながら十分に好演していた。ジュグヌーの声が鼻声だったのが気になったくらいだ。セリフのほとんどはハリヤーンヴィー語で、ハリヤーナー州の味がよく出ていた。そして、カースト問題や英語問題にも触れられていた。観て損はない作品である。