2007年6月8日公開の「The Train」は、主演のイムラーン・ハーシュミーが人気急上昇期の頃に撮られたスリラー映画だ。題名の意味は「列車」であるが、舞台はタイのバンコクであり、バンコクの市内交通の要であるMRT（メトロ）のことを指している。米映画「Derailed」（2005年）のリメイクである。この映画は日本において劇場未公開ながら、「すべてはその朝始まった」という邦題と共にDVDが発売されている。「The Train」公開当時、インドに滞在していたが、学業や旅行などで忙しく見逃していた。2023年8月25日に鑑賞し、レビューを書いている。
監督はハスナイン・ハイダラーバードワーラーとラクシャー・ミストリー。音楽はミトゥン。主演のイムラーン・ハーシュミーは「Murder」（2004年）、「Aashiq Banaya Aapne」（2005年）、「Gangster」（2006年）などのエロティックなスリラー映画を当てており、「連続キス魔（Serial Kisser）」の異名を持っていた。「The Train」はそのトレンドに完全に乗った作品だ。
他には、サヤーリー・バガト、ギーター・バスラー、ラジャト・ベーディー、アスィーム・マーチャント、スレーシュ・メーナンなどが出演している。
バンコクの広告代理店に勤めるヴィシャール・ディークシト（イムラーン・ハーシュミー）は、妻アンジャリ（サヤーリー・バガト）との間にニッキーという娘をもうけていた。ニッキーは小児糖尿病を患っており、ヴィシャールとアンジャリは彼女の手術のために貯金をしていた。 ある日、ヴィシャールはMRTでロマ・カプール（ギーター・バスラー）という美女と出会う。ヴィシャールはロマと度々会うようになり、ある夜、彼女をホテルに連れ込む。だが、ロマと情事を繰り広げているところへ、いつの間にかトニー（アスィーム・マーチャント）という男がやって来て、二人から金品を巻き上げる。ヴィシャールは暴行を受けて意識を失い、ロマはレイプされた。 それ以来、ヴィシャールはトニーに付きまとわれるようになる。まずは5万バーツを要求され、それを払う。次は10万バーツを要求される。それを断ると、トニーは彼の自宅まで押しかけ、アンジャリやニッキーと親密になる。ヴィシャールはロマとの浮気がばれるのを恐れて警察に通報できなかった。ヴィシャールは何とかトニーの脅迫をかわそうとするが失敗し、結局要求額は100万バーツにまで上がってしまった。トニーがロマを人質に取ったため、仕方なくヴィシャールは銀行からニッキーのために貯金していた100万バーツを引き出し、トニーに渡す。 ヴィシャールはアンジャリに、ロマとの浮気やトニーの脅迫、そしてニッキーの治療費を失ったことなどを打ち明ける。アンジャリはヴィシャールに失望し、ニッキーの回復が絶望的になったことに打ちひしがれる。ちょうどタイミング悪く、ニッキーの治療のために必要な臓器提供者が現れたところであった。 ところがヴィシャールは、ロマが自分の娘だと言って見せてきた写真が、子供モデルの写真だったことに気づき、そこから、ロマとトニーが共謀して彼を罠にはめて金を巻き上げた真実を知る。ロマと泊まったホテルもグルだった。ヴィシャールはそのホテルで待ち伏せをし、ロマが別の男性を誘惑する現場を差し押さえる。トニーと乱闘になるが、最終的にヴィシャールだけ助かり、後の人々は死んでしまった。 警察は強盗殺人事件と断定した。ヴィシャールは死ぬ直前のロマから金の在処を聞き出しており、ホテルの金庫から自分の金を取り戻す。その金を使ってニッキーの手術が行われ、ヴィシャールとアンジャリの仲も元通りになる。
デビュー以来、イムラーン・ハーシュミーは間男系のプレイボーイを演じることが多かったが、「The Train」では浮気をする夫役である。しかし、その浮気は仕組まれたもので、言わば美人局であった。古典的すぎるプロットなので、勘のいい人なら先が読める展開だろう。イムラーン演じるヴィシャールは、浮気の結果巻き込まれたトラブルの埋め合わせのために貯金を全て失ってしまうが、それが罠だったことを知り、病気の娘の治療費を取り戻すため、復讐に乗り出す。
イムラーンは既にこの頃「連続キス魔」と呼ばれていたはずで、「The Train」においても2人のヒロイン、サヤーリー・バガトとギーター・バスラー、どちらとも熱いキスを交わす。特に浮気相手であるロマ役を演じたギーターとは、まるでスッポンのように食らいつく濃厚なキスシーンを演じている。
ただ、イムラーンの見せ場はキスだけでなく、むしろそれ以外のシーンでしっかりした演技を見せており、実力ある俳優であることが分かる。ずるさと弱さが同居した役柄を得意とするイムラーンの持ち味がよく発揮されていた。
ヒロインについてはどちらも力不足だったといわざるをえない。サヤーリー・バガトはこれがデビュー作であり、彼女の演技もまだ未熟であった。ギーター・バスラーにとっても2作目に過ぎず、キャリア上はデビュー作とそれほど変わらない。ギーターが演じたロマ役は、サヤーリーが演じたアンジャリ役よりも起伏のあるキャラで演技力も必要だった。及第点ではあるが、もっと実力と経験があれば、演技力によってさらに魂を吹き込んで物語を面白くすることもできたはずだ。
監督のハスナイン・ハイダラーバードワーラーとラクシャー・ミストリーは、「Raja Hindustani」（1996年）や「Mela」（2000年）などで助監督を務め、「The Killer」（2006年）で共に監督デビューを果たしている。夫婦ではないと思われる。どういう風に分担したのかは分からないが、何となくアクションや濡れ場はハイダラーバードワーラー監督、ヴィシャールとアンジャリ、ヴィシャールとロマのやり取りなどはミストリー監督が担当したような気がする。
ヴィシャールは確かに浮気をし、トラブルに巻き込まれて貯金を失うが、それを取り戻しもした。おそらく、失ったよりも多くの額を手にしたはずである。ニッキーの手術は成功し、妻と仲直りもしたので、ハッピーエンドといえる。だが、果たしてアンジャリは完全にヴィシャールを許したのだろうか。ヴィシャールとロマは一線を越えていないとはいうものの、同じ部屋に入ったわけであり、世間一般からは完全な浮気として見られるだろう。美人局だったという要素はあるが、浮気心を持っていなければ美人局に掛かることもなかった。そう考えると、アンジャリの怒りはまだ収まっていないように思える。それを無理矢理ハッピーエンドに収めてしまっているので、シコリを残している。
「The Train」は、典型的なイムラーン・ハーシュミー映画である。エロティックなスリラー映画で、女優とのキスシーンももちろんある。だが、当時彼が主演した他の作品とは異なり、興行的には失敗に終わっている。悪くはない映画だが、女優にもう少しスター性があれば少しは変わっていたかもしれない。
