Ittefaq

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Ittefaq
「Ittefaq」

 2017年11月3日公開の「Ittefaq(偶然)」は、黒澤明監督「羅生門」(1950年)タイプの、真実と虚構が映像的に交錯するスリラー映画である。ヤシュ・チョープラー監督が1969年に作った同名映画のリメイクだが、元を正せば米国映画「Signpost to Murder」(1965年)がネタ元である。

 監督のアバイ・チョープラーは、過去に数本の短編映画を撮った経験はあるが、長編映画の監督は初である。ヤシュ・チョープラーの兄BRチョープラーの孫にあたる人物だ。元になった「Ittefaq」のプロデューサーはBRチョープラーである。

 キャストは、アクシャイ・カンナー、スィッダールト・マロートラー、ソーナークシー・スィナー、パヴァイル・グラーティー、マンディラー・ベーディー、サミール・シャルマーなどである。

 ちなみに、ヤシュ・チョープラー監督の「Ittefaq」では、アクシャイ・カンナーの父親ラージェーシュ・カンナーが主演だった。

 ロンドン在住の小説家ヴィクラム・セーティー(スィッダールト・マロートラー)は、新作の出版記念パーティーに出席するためにムンバイーを訪れていた。その滞在中にヴィクラムの妻キャサリンが死に、警察はヴィクラムを容疑者として尋問しようとする。ヴィクラムは自動車を運転して逃げ出し、途中で事故を起こして負傷しながら、マーヤー・スィナー(ソーナークシー・スィナー)の家に転がり込む。警察が、マーヤーに呼ばれて彼女の家に踏み込んだときには、彼女の夫シェーカル(サミール・シャルマー)の遺体があった。ヴィクラムは、キャサリンとシェーカルの2人を殺した容疑で逮捕される。

 この事件の担当になったデーヴ・ヴァルマー(アクシャイ・カンナー)は、まずはヴィクラムの話を聞く。ヴィクラムは、警察から逃げたのは警察が自分を犯人と決め付けようとしたからだと言い、シェーカルの死についても、最初から遺体があったと主張する。一方、デーヴはマーヤーからも話を聞く。マーヤーは、シェーカルが突然入ってきて彼女を脅し、遅くに帰ってきたシェーカルを殺したと主張する。

 デーヴは、二人の話を付き合わせながら、その夜に起こったことを再構築しようとする。捜査を進める中で、マーヤーにはチラーグ(パヴァイル・グラーティー)という男性と浮気をしていたことが発覚し、彼女の証言の信頼性が揺らぐ。デーヴはチラーグからも事情聴取をする。また、検視の結果、キャサリンの死因は心臓発作だったことも分かる。

 最終的にデーヴは、マーヤーとチラーグがシェーカルを殺したと判断し、二人を逮捕する。一方、拘置されていたヴィクラムは釈放される。事件は一件落着したかに見えたが、デーヴはキャサリンが薬のオーバードーズで殺された可能性を思いつく。だが、既にヴィクラムはロンドンに向けて発った後だった。

 ムンバイーにてあまり時を隔たずに2つの殺人事件が起こり、その容疑者としてロンドン在住の作家ヴィクラムが浮上する。一人目の死者は彼の妻キャサリンであり、二人目の死者シェーカルの死亡現場にも彼がいたからである。しかしながら、シェーカルの妻マーヤーも十分にミステリアスな女性で、しかも証言がコロコロ変わった。事件の捜査を担当した警官デーヴは、二人の話を付き合わせながら、慎重に事件の真相に迫ろうとする。

 スリラー映画なので、基本的にはデーヴが謎を解いていく過程を楽しむ作品である。犯人はヴィクラムなのか、マーヤーなのか、それとも2つの殺人の犯人は別々なのか。キャサリンは心臓発作で自然死した可能性もあった。そして、途中でマーヤーの愛人チラーグが登場することで事件は急転回を迎える。様々な証拠からデーヴが真犯人と断定したのはマーヤーとチラーグであったが、それですんなりと物語が終わるはずがない。余韻を残したままストーリーは続いていき、最後の最後でデーヴはヴィクラムがキャサリンとシェーカルの両方を殺したのを知る。だが、そのときにはもうヴィクラムは機上の人になっていた。

 題名は「偶然」という意味である。キャサリンの死の直後にヴィクラムはたまたま立ち寄った家でシェーカルの死にも関わることになる、という冒頭の導入部から名付けられた題名であろう。だが、映画を最後まで観ると、2つの殺人は無関係ではなかったことが分かる。

 ヴィクラムは、処女作がベストセラーになったことで時代の寵児となったが、第2作は外していた。第3作は必ずヒットさせようと意気込んでいたが、正攻法ではなく、炎上商法に手を出した。彼は、集団強姦の被害者にインタビューして本を書いたが、わざとその被害者の実名を漏洩し、世間の注目を引こうとしたのである。妻のキャサリンは出版社の社長だったが、ヴィクラムが実行しようとしていたマーケティング戦略に反対した。そこでヴィクラムは、彼女が常用していた薬に細工をしてオーバードーズさせ、心臓発作に見せ掛けて殺したのだった。また、キャサリンは弁護士のシェーカルと一緒にヴィクラムを訴えようとしていた。それを知ったヴィクラムはシェーカルの家へ行き、彼を殺したのだった。つまり、2つの殺人が続いたことは全く偶然ではなかったのである。題名がわざと観客をミスリードする方向に誘導する仕掛けになっていた。

 ほとんど笑いの要素がない重厚なスリラー映画であり、アクシャイ・カンナー、スィッダールト・マロートラー、そしてソーナークシー・スィナーがじっくりとシリアスな演技を見せていた。多少、デーヴの取り巻きの警察官がおちゃらけた発言をして場を和ませていたが、決して場違いなほどのものではなく、よくバランスが取れた映画だった。

 「Ittefaq」は、BRチョープラーがプロデュースし、ヤシュ・チョープラーが監督をした同名映画のリメイクであり、BRチョープラーの孫のアバイ・チョープラーが初めて撮った長編映画になっている。また、元の映画で主演を務めたラージェーシュ・カンナーの息子アクシャイ・カンナーが主演の一人を演じているのも偶然ではなく意図的なキャスティングだと思われる。映像で語る映画の力を存分に引き出した脚本で、俳優たちの演技も素晴らしく、優れたスリラー映画の一本に数えられる。