Pather Panchali (Bengali)

5.0
Pather Panchali
「Pather Panchali」

 インド映画界で最大級の尊敬を受ける映画監督といえばベンガル人サティヤジート・ラーイだ。日本では「サタジット・レイ」と表記されることがほとんどであるし、ベンガル語読みをすると「ショトジト・ロイ」などとなるのだが、Filmsaagarでは全土のインド人に一般的に知られているヒンディー語読みの「サティヤジート・ラーイ」を採用している。

 サティヤジート・ラーイの代表作は、いわゆる「オプー三部作」と呼ばれる3つの作品であり、その中でももっとも有名なのがその第一作「Pather Panchali」である。直訳すれば「道の詩」であるが、邦題は「大地のうた」になっている。当時からインドでは娯楽映画が主流であり、ラーイ監督が作ろうとした芸術映画を資金的に支援しようとする者がなかなか現れなかった。そのため資金調達ができた分だけ撮影し、資金が底を突くとまた資金集めに走るというプロセスを経て約3年間掛けて作られた映画であった。公開日は1955年8月26日である。1956年のカンヌ映画祭でヒューマン・ドキュメント賞を取るなど、国際的に高い評価を受け、インド映画が世界で認められるきっかけを作った。

 ラーイ監督はヴィットリオ・デ・シーカ監督の「自転車泥棒」(1948年)など、イタリアのネオリアリズモ映画に触発されて「Pather Panchali」の製作を思い立ったとされている。また、1949年にはフランスの映画監督ジャン・ルノワール監督が「河」(1951年)の撮影をカルカッタでしており、そのときにその現場を経験した人々が「Pather Panchali」の製作に関わっているのも特筆すべきだ。ラーイ監督自身もルノワール監督の薫陶を受けた一人である。

 当時、映画はスタジオで撮影されるのが普通であった。だが、ヨーロッパで盛んになっていた、リアリズムを追求する映画の潮流を受け、ラーイ監督はスタジオでの撮影を最小限に抑え、リアルなロケーションで撮影することにより、市井のインド人の生のドラマを映画にしようとした。「Pather Panchali」は、ベンガル人作家ビブーティブーシャン・バンドーパディヤーイの同名小説が原作となっているが、ラーイ監督は原作を大胆に改編し、なるべくシンプルなストーリーにまとめ上げた。

 「Pather Panchali」は、西ベンガル州の農村に住む貧しいブラーフマン一家を主人公にしている。一家の主であるハリハル・ラーイを演じるのはカーヌー・バナルジー、その妻であり、映画の中心的な存在であるサルバジャヤーを演じるのはカルナー・バナルジー。ハリハルとサルバジャヤーの間には娘と息子がいたが、娘のドゥルガーを演じるのはウマー・ダースグプター、息子のアプールバ(オプー)を演じるのはスビール・バナルジーである。また、ラーイ家には老婆インディルも住んでいるが、彼女はハリハルの姉妹にあたる。チューニーバーラー・デーヴィーが演じている。

 たまたまバナルジー姓の俳優が多いが、彼らは相互に血縁関係にあるわけではない。当時、この中で俳優として確立されていたのはカーヌー・バナルジーくらいで、残りのキャストはアマチュアの俳優か、もしくは演技未経験であった。また、映画のロケはカルカッタ近くのボーラル村で行われたが、その村人たちも何人か起用されている。

 サティヤジート・ラーイの監督としての腕の他に「Pather Panchali」で高く評価されたのは音楽である。ビートルズとの親交などによって国際的に知られるスィタール奏者ラヴィ・シャンカルが音楽を担当している。スィタールやバーンスリーなど、インドの伝統楽器を使い、素朴な村の風景に合わせて、シンプルな音遣いで物語を紡ぎ出している。

 今回、この映画のレビューを書くにあたって鑑賞の対象としたのは、AIによって色づけされたバージョンである。元々「Pather Panchali」は白黒映画だが、2020年にAIを使って「Pather Panchali」を着色するプロジェクトが発表され、一部のシーンがサンプルとして公開された。それが完成したものなのかは不明なのだが、2022年10月12日にドイツのAmogo Networxという会社がYouTubeで「Pather Panchali」のカラー版を公開した。2023年3月12日に鑑賞した。

 ちなみに、インドの旧作を着色して再公開する流れはかなり前からある。その最初の例は「Mughal-e-Azam」(1960年/2004年)であった。「Mughal-e-Azam」もインド映画の最高傑作に数えられる作品だ。この映画は一部カラー、大半が白黒だったが、全編をカラーにしたものが2004年に公開された。その後、「Naya Daur」(1957年/2007年)が同様に白黒からカラーになって公開されたが、残念ながらそれ以上続くことはなかった。

 YouTubeで公開されているカラー版「Pather Panchali」の着色技術は完璧ではない。画面に動きが少ないシーンではきれいに色が付けられているが、動きがあるシーンでは色がちらつく傾向にある。それでも、AIによって自動的にここまで着色ができるのは驚きである。

 「Pather Panchali」のあらすじは以下の通りである。

 ベンガル地方の村に住むブラーフマン、ハリハル・ラーイ(カーヌー・バナルジー)は劇作家を目指していたが、お人好しだったために隣人に果樹園を騙し取られ、貧困の中で生活していた。妻サルバジャヤー(カルナー・バナルジー)との間には長女ドゥルガー(ウマー・ダースグプター)と長男アプールバ、通称オプー(スビール・バナルジー)が生まれた。ドゥルガーは弟思いの姉で、オプーは好奇心旺盛な少年だった。

 ドゥルガーは同じ村に住むラーヌーと仲が良かったが、ラーヌーの母親はドゥルガーを毛嫌いしていた。ラーイ家から果樹園を騙し取ったのもラーヌーの家族であった。ドゥルガーはよく果樹園から果物を盗んでは、同居する大叔母インディル(チューニーバーラー・デーヴィー)に分け与えていた。ある日、ドゥルガーはラーヌーの家からビーズの首飾りを盗んだと訴えられる。だが、ドゥルガーの持ち物の中に首飾りは見つからなかった。

 ハリハルは出稼ぎに出掛けたが、なかなか帰って来なかった。その間にインディルが老衰で死に、次にドゥルガーが高熱を出して死んだ。しかも、嵐によって家は壊滅的だった。数ヶ月振りにようやくハリハルが家に戻ってきたが、家や家族の変わり果てた姿に絶望し、村を捨ててバナーラスへ行くことを決意する。去り際にオプーは姉が隠していた首飾りを見つけ、それを池の中に投げ入れる。

 「Pather Panchali」は映画自体が世界的な名作として知られているが、ひとつひとつのシーンにも印象に残るものが多い。観る人によって印象に残るシーンはそれぞれだろうが、ここでは個人的に印象に残ったものを挙げていきたい。

 まず、この映画はほとんどが村や家の中で撮られており、しかも貧しい家庭であるため、閉塞感が強い。しかしながら、終盤に解放感溢れるシーンがある。それは、ドゥルガーとオプーが、行方不明になった仔牛を探すという目的で村の郊外まで足を伸ばすシーンだ。二人は、夜になると遠くから聞こえて来る機関車の走行音や汽笛音を聞いていたが、実際に機関車を見たことがなかった。そのシーンで初めて彼らは機関車を目の当たりにする。中世と変わらないような生活をする彼らにとって、轟音と共に高速で走行する鉄の塊はあまりに衝撃的なものだった。その驚きは好奇心旺盛な子供の視点で純粋に描き出されているが、昔ながらの生活を送る村に文明という名の汚染が迫ってきていることも示していた。前半で開放的なシーンを極力押さえ込んでいるおかげで、広野を疾走する機関車の迫力が数倍にも増している。非常にうまい構成である。

 農業を雨水に頼る農村にとって、モンスーンの雨は天恵である。「Pather Panchali」は、モンスーンの喜びがもっともうまく描かれている作品に数えることができる。数ヶ月間便りもなく、出稼ぎに出た夫の帰りを待ちわびるサルバジャヤーが久しぶりに手紙を受け取り、そこに「運が巡ってきた」と書かれているのを目にする。それと時を同じくしてモンスーンの雲がやって来て、農村に雨をもたらす。インドでは雨は喜びの象徴である。夫の帰りとモンスーンの到来を同時に描くことで、喜びの相乗効果を実現している。また、雨が降るまでの自然の様子を、時間を掛けてゆっくり描いているのもよい。最初の一滴がおじさんのはげ頭に落ちるのは愛嬌であろう。このときにBGMとして流れる音楽も雨季の明るいラーガである。

 ただ、その雨はラーイ家に必ずしも幸福のみをもたらしたわけではなかった。ドゥルガーは元々身体が弱く、雨の中で踊ったために風邪を引いてしまい、それが原因で命を落としてしまう。また、サイクロンにも襲われ、ラーイ家のボロ屋は壊滅的なダメージを受ける。全てが終わってしまった後、ようやくハリハルが帰宅する。家が倒壊し、ドゥルガーを失ったハリハルは、もはや村に居続ける気がなくなり、バナーラスに移住することを決意する。家族は荷物をまとめ、出発の準備を整えるのだが、オプーは姉が隠していた首飾りを見つけてしまう。姉が棚の高いところに置いていたお椀の中に首飾りは入っていた。オプーがそれを発見したとき、お椀の中からは首飾りの他に蜘蛛も出て来る。この蜘蛛の表現が絶妙だった。この蜘蛛は、姉が現世に遺した罪悪感を象徴しているといえるだろう。また、誰もいなくなった廃屋に蛇が入り込んでいくシーンも続く。この蛇にも監督の意図を読み取ることが可能だ。こういう数々の自然描写が「Pather Panchali」中にちりばめられているが、それらはインド映画でなければできないのではないかと思うほどのものだ。

 他にも、眠っていたオプーが布団の中から飛び起きる冒頭のシーン、ドゥルガーとオプーが家の玄関で無邪気に鬼ごっこをするシーン、ドゥルガーが死んだ後、何も知らずに帰宅したハリハルがサルバジャヤーにドゥルガーへの贈り物を渡すシーンなど、素晴らしいシーンがいくつもある。今回、AIの力でカラー化されたことで、それらのシーンがより強烈に脳裏に刻み込まれることになった。

 「Pather Panchali」は、改めて紹介するまでもない、インド映画の最高傑作である。サティヤジート・ラーイ監督の名前を国際的に轟かせるきっかけになっただけでなく、インド映画が世界の映画史に重要な足跡を残すことになった作品でもあった。オリジナルの白黒で観るのが筋であろうが、もしもう観たという人も、YouTubeで公開されているカラー版を観ると、また違った魅力が発見できるかもしれない。