The School in the Cloud (UK)

3.5
The School in the Cloud
「The School in the Cloud」

 スガタ・ミトラーはインド工科大学(IIT)で物理学を修めたコンピューター科学者だったが、彼は教育に興味を持ち、様々な教育実験を行ってきた人物である。彼は教育理論家として知られるようになり、TEDで賞を勝ち取ったことで、自身の理論を大規模な形で実践し始める。

 「The School in the Cloud」は、スガタ・ミトラー氏の教育実験を追ったドキュメンタリー映画である。監督は英国人ジェリー・ロスウェル。ドキュメンタリー映画監督として知られている。2018年3月20日にコペンハーゲン国際ドキュメンタリー映画祭でプレミア上映された。アジアンドキュメンタリーズでは「教育革命 The School in the Cloud」という邦題と共に配信されている。

 映画によると、ミトラー氏は1999年に「壁の穴」と呼ばれる実験を開始した。彼が勤務していたIT学校の建物の隣にはスラム街があり、多くの子供たちが手持ち無沙汰にしていた。彼は学校とスラム街を隔てている壁に小さな穴を開け、そこにコンピューターを置いて、自由にいじれるようにした。すると、スラム街の子供たちは誰に教わるでもなくコンピューターを使いだし、自分でやり方を学んでいった。最初の実験はデリーで行ったが、その後インド各地で同様の実験を行い、同様の結果が返ってきた。自信を付けたミトラ―氏はこの現象をさらに突き詰め、ひとつの教育理論を打ち立てた。それが「Self Organized Learning Enviroment(SOLE/自己学習環境)」である。

 SOLEは、均質な人材を大量生産する古く強固なシステムである「学校」を打破し、教育を次世代に進化させる理論である。SOLEの成立のためにはインターネットが重要な役割を果たす。インターネットに接続したコンピューターを子供たちに与え、「ビッグ・クエスチョン」と呼ばれる適切な問いを行い、そして彼らをひたすら応援する「ファシリテーター」や「グラニー」と呼ばれるサポート役を用意することで、彼が思い描いた新たな教育システムが効果を発揮し出した。

 ただ、「The School in the Cloud」は単なる成功譚ではない。ミトラー氏はいくつもの失敗をしている。単にコンピューターを置いただけでは、そのコンピューターの故障やインターネットの切断によって、子供たちの学びは簡単にストップしてしまうという経験を何度もしてきた。「学校」の破壊者として批判を受けることもあった。先生がいない学校という斬新すぎるアイデアは、農村では容易には理解されていなかったようにも感じた。ただ、ミトラー氏は、使命感に駆られて夢の実現に向かうパイオニアにはよくあるように、常に前向きの性格のようで、どんな失敗に直面しても自信を失わず飄々と切り抜けてきたような印象を受ける。

 もちろん、コンピューターには悪い面もある。まだ分別のない子供にとっては有害にもなりえる。ミトラー氏もそれは認めている。映画の中でも、子供たちがコンピューターで殺し合いのゲームをしている様子が映し出されていた。しかしながらミトラー氏は、コンピューターには悪い面よりも良い面の方が多いと強く信じている。SOLEによって子供たちは自発的に学ぶようになり、その学習を通して、学び方を学んでいく。

 映画に登場した西ベンガル州スンダルバンの子供たちも、ミトラー氏が建てた学校「The School in the Cloud」によって広い世界と出会うことができ、村から出て警察官やエンジニアになる夢を追う生き方を思い描くことができるようになった。農村部の子供たちにとっては特に、コンピューターは世界への扉になる。

 しかしながら、近年ではインドでも急速にスマートフォンが普及したため、農村部でもスマートフォンを通して簡単にインターネットにアクセスできる環境が整いつつあると思われる。つまり、子供たちは最初からインターネットを手にすることになる。そうした場合、ミトラー氏の「The School in the Cloud」や彼の教育理論SOLEはどのように応用されていくことになるのだろうか。

 「The School in the Cloud」は、インド人教育理論家スガタ・ミトラー氏の挑戦を通して、未来の教育の在り方を考えさせてくれる良質のドキュメンタリー映画である。SOLEでは子供たちに答えのない問いが問い掛けられるようだが、教育の問題も決して答えが出ない。ミトラー氏の教育理論がどこまで正しいのかも分からない。だが、IT講師だったミトラー氏がスラム街の子供にコンピューターを与えたところから旧来の「学校」を打破する新たな教育理論を打ち立てていく様子はとてもエキサイティングで、思わず応援したくなる内容だ。