アジアンドキュメンタリーズで配信中の「Tungrus」は、12分ほどの短編ドキュメンタリー映画だ。ムンバイーのアパートで1匹の雄鶏を飼う一家を取り上げている。2018年8月9日にロードアイランド国際映画祭でプレミア上映され、邦題は「コッコちゃんとパパ」と名付けられている。監督は新人のリシ・チャンドナー。このユニークな映画で一躍注目を集めた人物である。
被写体になっているバルデー家には、父親、母親、2人の息子、そしてメイドがいる。エンドクレジットでメイドの名前はライラーであることが分かるが、奇妙なことにそれ以外のメンバーの名前は明らかにされていない。
バルデー家に雄鶏を連れてきたのは父親だった。ある日、市場でヒヨコが売られているのを見て、10ルピーで買って帰ったという。バルデー家は既に2匹の猫を飼っており、その遊び相手として購入したようだ。しかし、ヒヨコはグングン成長し、家の中を我が物顔で闊歩するようになった。猫たちもその雄鶏を恐れるほどだった。
ちなみに、題名の「Tungrus」とは、シャーム・ベーネーガル監督の名作「Mandi」(1983年)に登場するキャラクターの名前で、ナスィールッディーン・シャーが演じていた。この映画の中で、トゥングルスが鶏を追い掛けて捕まえるシーンがある。バルデー家の父親が鶏を追い掛けて捕まえる姿がトゥングルスを想起させると母親が語るシーンがあり、そこから名付けられたようである。
成長した雄鶏を愛でているのは父親のみだった。他のメンバーは雄鶏の横暴にうんざりしている様子だった。
しかし、突然父親が、鶏を殺して食べると言い出す。すると、あんなに雄鶏に迷惑していた家族たちが、自分は食べないと言う。結局最後にその雄鶏は、家の目の前にある鶏肉屋に連れて行かれる。屠られるシーンはないものの、そのまま殺されて肉になってしまったと思われる。
短いながらも、突然一家のメンバーになった雄鶏を巡って家族が右往左往する様子がよく描かれていた。愛情の表出の仕方が様々だったのも面白い。一番雄鶏を愛していた父親は、どうせ他人に食べられるなら自分が食べると語るが、これも愛情の一種であろうし、雄鶏に辟易していた他の人々は、その肉だけは食べられないと語るが、これも愛情の一種だと感じる。結局、一家の暴君だった雄鶏は皆から愛される存在だった。
バルデー家にその雄鶏がいたのは6ヶ月程度だったようだが、こうしてドキュメンタリー映画になったことで、掛け替えのない6ヶ月になったといえる。1匹の雄鶏が一家の日常をワクワクするものに変え、1台のカメラがその日常を永遠に記録し、しかも作品にした。「Tungrus」はそんな佳作である。