「Love in India」は、ベンガル語映画監督Q(カウシク・ムカルジー)が、インドの性愛やセックスについて探究するドキュメンタリー映画である。Q監督のナレーションで進行し、彼自身もカメラの前に登場することがあるが、彼のパートナーである女優のリー(リトゥパルナー・セーン)も映し出され、彼女のインタビューも入っている。2009年5月8日にカナダのホットドックス国際ドキュメンタリー祭でプレミア上映されたが、インドでは公開されていない。
Q監督とリーは同棲しているが、インド社会からはなかなか認められない存在である。性愛の奥義書「カーマスートラ」を生んだ国で、性愛は抑圧され、窒息死しそうになっている。Q監督はリーと共にインドのセクシャリティーについてカメラを片手に探究を始めるというのがこの映画の導入部になっている。
映画はまるでコラージュのようで、インド各地で撮られた映像がランダムに差し挟まれている。Q監督がベースとする西ベンガル州コルカタが主な舞台ではあるが、撮影はコルカタに留まらず、デリー、チェンナイ、チットールなど、インドのあちこちに飛ぶ。インタビューは主に、Qの家族や友人など、親しい間柄の人々に対して行われ、彼らの性愛に関する意見が聞き出されるが、それ以外にも多くの人々のインタビューが行われている。言語も、ベンガル語の台詞が多いが、英語やヒンディー語なども少なくなく、マルチリンガルな作りになっている。
中盤ではラーダーとクリシュナに話題が及ぶ。ラーダーとクリシュナはヒンドゥー教徒に信仰されるカップルだが、婚姻関係にはない。クリシュナにはルクミニーなど正規の妻がいたが、この組み合わせが信仰されることはない。どうも愛が永遠性を獲得するためには結婚は障害になるようだ。結婚という制度の弊害についてもインタビューの中で明らかにされていた。
また、ラーダーは64の房中術に長けており、クリシュナを性的に喜ばせ、彼をコントロールしたとされている。一方、クリシュナはラーダー以外にも多くのゴーピー(牧女)たちと性的関係を持ったが、彼は決して射精をしなかった。クリシュナは、ラーダーとの間にもゴーピーたちとの間にも子供を作らなかったのは、彼が射精をコントロールしていたからである。
射精のコントロールという点から、Q監督とリーは、ベンガル地方の郊外を赴き、「デーハタットヴァ」と呼ばれる奥義を体得しようと修行する人々と会う。男女の性器を結合させることで神との合一を求める考え方で、この古来からの秘伝に辿り着いたあたりでこの映画は一応の終幕を迎える。
Q監督の作品ではないが、リーが主演する「Cosmic Sex」(2012年)はデーハタットヴァのテーマをさらに突き詰めたフィクション映画で、この「Love in India」と併せて鑑賞するとインドの性愛についての理解が深まる。
「Love in India」は、ベンガル語映画界の奇才Q監督が、パートナーの女優リーと共に、インドの性愛について探究した、ユニークなドキュメンタリー映画である。インド社会は表向き、生殖に関する事柄に厳しいのだが、その奥底には深遠な哲学が眠っている。そんな暗い深みに少しだけ光を当てることができた作品だ。