ヒンディー語映画がホラー映画というジャンルに真剣に取り組み始めたのは、「Raaz」(2002年)以降である。その間、様々なスタイルのホラー映画が作られて来た。中には全くの失敗作もあったのだが、次第にヒンディー語映画界の人々もホラー映画作りにこなれて来ている印象を受ける。まだまだ超傑作と呼べるような正真正銘のホラー映画はインドにはないのだが、2009年3月6日公開の「13-B」は、かなりいい線を行っている映画だと言える。この映画は、タミル語とヒンディー語の2言語同時制作で、タミル語版のタイトルは「Yaavarum Nalam」となっている。もしかしたら両バージョンで微妙にストーリーが違うかもしれない。僕が観たのは当然ながらヒンディー語版の「13-B」である。
監督:ヴィクラム・K・クマール
制作:ビッグ・ピクチャーズ
音楽:シャンカル=エヘサーン=ロイ
歌詞:ニーレーシュ・ミシュラー
出演:Rマーダヴァン、ニートゥー・チャンドラ、プーナム・ディッローン、ムラリー・シャルマー、サチン・ケーデーカル、サンジャイ・ボーカリヤー、ディーパク・ドーブリヤール、アミターブ・チャタルジー、ドリティマン・チャタルジー
備考:PVRプリヤーで鑑賞。
土木技師のマノーハル(Rマーダヴァン)は、兄と共同でムンバイーのマンションの一室をローンで購入し、妻のプリヤー(ニートゥー・チャンドラ)や、母親、兄家族と共に住み始めた。その部屋番号は13-Bであった。しかし、引っ越して以来、不思議な現象が起こるようになる。携帯電話カメラでマノーハルの写真を撮るとちゃんと写らなかったり、マノーハルがエレベーターに乗ると急に故障したりするのだった。中でももっとも不可解なのは、午後1時になると勝手にテレビがオンになり、「Sab Khairiyat(みんな元気)」というテレビドラマが放映されることであった。そのドラマの中に出て来る家族は、マノーハル一家と全く同じ構成で、新居に引っ越すところから日常生活での様々な事件など、全てマノーハル一家の出来事と一致していた。元からドラマ好きだった家の女性たちは、そのドラマを欠かさず見ていた。 だが、マノーハルは、ドラマの設定が単に彼の家族の状況と似ているだけでなく、ドラマで映し出されたことがそのまま現実にも起こることを発見する。それまでは、兄の昇進、妹の試験合格、妻の懐妊など、いいことばかり起こっていたが、次第に妻の事故と流産、友人の警官シヴァー(ムラリー・シャルマー)の家のガス爆発など、不幸な事件も起こり始める。だが、同時にひとつの手掛かりも得られる。それは、マンションの公園の地面から出て来た一冊の古いアルバムであった。30年前のそのアルバムには、テレビドラマに出演中の人々の古い写真があった。また、そのテレビドラマは、13-B以外のテレビでは決して放映されていないことも分かった。 マノーハルとシヴァーは、そのアルバムを手掛かりに怪奇現象の原因を探る。その結果、30年前にマンションが建っていた土地(住所は13-B)に住んでいた家族8人が惨殺されるという事件に行き着く。その家族の中には、チトラーという若い女性テレビキャスターがおり、ラームチャランという弁護士と結婚することになっていたが、チトラーに恋した一人の男が婚約式に乱入し、その後自殺するという出来事があった。そのすぐ後に、家族8人がハンマーで惨殺され、事件の捜査を担当した警察官までその家で首吊り自殺をした。また、家族にはアショークという精神障害者もいたのだが、彼だけは生き残り、8人が惨殺された直後にテレビをハンマーで破壊しているところを発見された。アショークは殺人容疑で逮捕され、そのまま精神病院に入れられていた。 まずマノーハルとシヴァーは、アショークの弁護を担当した弁護士ラームチャランに会う。ラームチャランはチトラーの婚約者でもあった。彼はアショークの居所を教える。だが、アショークはつい最近テレビを見ていたときに急に発狂し、独房に入れられていた。 その日の「Sab Khairiyat」は、家族が惨殺されるシーンであった。だが、犯人の姿は映っていなかった。マノーハルは誰も家に入って来られないように警戒する。深夜、急にテレビがオンになり、「Sab Khairiyat」の最終回が放映される。そこに映し出された犯人の顔は、なんとマノーハルであった。マノーハルは自分が発狂して家族を惨殺すると考え、シヴァーと共に医者のDr.バルラーム・シンデー(サチン・ケーデーカル)のところへ相談に行く。マノーハルはまず自分を部屋に閉じ込めさせ、Dr.シンデーに頼んで家族をどこか知らない場所へ連れて行くようにする。 だが、マノーハルは「Sab Khairiyat」で見た殺人犯と、自分の姿は実は別だったことに気付く。また、Dr.シンデーの部屋から、彼の弟の写真が出て来る。Dr.シンデーの弟は、30年前にチトラーに振られて自殺をした男だった。マノーハルとシヴァーは家へ急ぐ。 一方、Dr.シンデーはマノーハルの家に到着していた。ちょうど停電になっており、プリヤーがロウソクを持って迎える。Dr.シンデーが一息付いていると、急にテレビがオンになり、そこにチトラーの姿が映し出される。実は30年前に一家を惨殺したのはDr.シンデーであり、13-Bに住む亡霊たちはDr.シンデーへの復讐を望んでいたのだった。Dr.シンデーは発狂し、プリヤーらマノーハルの家族にハンマーで殴りかかろうとする。だが、そこへマノーハルが駆けつけ、Dr.シンデーをハンマーで殴って殺す。 地縛霊の怨念が消え去り、様々な怪奇現象は収まった。エレベーターも、マノーハルが乗っても正常に動くようになった。ところが彼の携帯電話に、死んだはずのDr.シンデーから電話が掛かって来る・・・。
この映画のストーリーの核となっていたのは、中盤でバルラーム・シンデーが語る霊魂の話である。Dr.シンデーは、人間をこの世でもっとも複雑な機械だと述べ、もし魂が人間に入り込むことができるなら、テレビなどの機械に入り込むことは難しくないという自説を主張する。毎日午後1時に放映されるテレビドラマがマノーハル一家の未来を予言するのは、そのテレビに霊魂が宿り、何かを訴えようとしているのだと彼は語っていた。結局、劇中の一連の事件の原因はDr.シンデー自身の過去の行いであり、彼が主人公マノーハルによって殺されることで事件は一件落着となる。だが、霊魂となったDr.シンデーは、今度はテレビではなく、「我々の時代」の産物である携帯電話を使ってマノーハルに語りかけて来る・・・というのがオチとなっていた。
もうひとつ映画の軸となっていたのは、インド人女性の間のテレビドラマ熱である。現在は多少ブームは落ち着いた感があるが、少なくとも数年前までは、エークター・カプールのプロデュースする嫁姑物のテレビドラマがインド中の家庭で熱狂的な人気となっており、特に主婦たちは毎日欠かさずテレビドラマを視聴しているような状態であった。そのトレンドをうまくホラー映画に組み込んでおり、その点は高く評価したい。
ただ、種明かしを見てから冷静になって考えてみると、前半で起こった超常現象の中に整合性の低いものがあったことに気付く。もし、30年前に惨殺された一家が、Dr.シンデーに復讐しようとして怪奇現象を起こしていたとしたら、どうしてマノーハル一家を不幸に陥れるような手段を採ったのだろうか?マノーハル一家と親交のあったDr.シンデーを13-Bに呼び込んで復讐するためと考えれば一応納得が行くが、マノーハルの身辺に怪奇現象が起こるのは、マノーハル一家が13-Bに引っ越した直後からであり、そのときにはいくら霊魂にとっても、マノーハル一家がDr.シンデーと何らかの関係を持っているとは気付かなかったのではなかろうか?劇中でDr.シンデーが初めて登場するのは、彼がテレビでインタビューに答えているシーンであり、それは引っ越してから数日後のことだったと記憶している。もしそのときから怪奇現象が起こっていれば、映画はもう少し論理的な展開となっていただろう。
主演はタミル語映画界を主な舞台としているRマーダヴァン。彼は家系的にはタミル人であるが、現ジャールカンド州ジャムシェードプル生まれであり、ヒンディー語とタミル語の両方に精通している。よって、時々ヒンディー語映画にも出演する。今回はヒンディー語とタミル語の2言語で制作される映画であったため、マーダヴァンが最適だと考えられたのだろう。演技に全く問題はなかった。
ヒロインのニートゥー・チャンドラは、正統派ヒロインから外れた役を、故意にか偶然にか演じ続けて来ている女優であるが、今回は割と普通の役だった。可もなく不可もなくと言ったところか。その他の俳優陣の中では、Dr.シンデーを演じたサチン・ケーデーカルが印象的であった。
ホラー映画とダンスシーンの融合はインド映画の永遠の命題であるが、「13-B」はダンスシーンをほとんど挿入しないという手段を採っていた。多少ミュージカルシーンはあったが、やはりあまり映画全体の雰囲気と合っておらず、バランスを崩していた。
「13-B」は、インド製ホラー映画の中ではなかなかの出来である。細かい部分で不満はあったが、十分観客にスリルを与えられる作品だ。13-Bの怪奇現象の謎がゆっくりと暴かれて行くところも良かった。テレビドラマ熱という、インドの中産階級の特徴もうまくストーリーに盛り込まれていた。ホラーというジャンルが着実にヒンディー語映画界に定着して行っているのを感じさせてくれる。