Mili

3.5
Mili
「Mili」

 2022年11月4日公開の「Mili」は、何の変哲もないロマンス映画の体裁で始まり、途中で急転直下、サバイバル映画に様変わりする、ユニークな作品である。マラヤーラム語映画「Helen」(2019年)のリメイクだ。

 監督は「Helen」を監督したマトゥクッティ・エグザビア。プロデューサーはボニー・カプール。音楽はARレヘマーン。主演はボニー・カプールの娘ジャーンヴィー・カプール。他に、サニー・カウシャル、マノージ・パーワー、スィーマー・パーワー、ジャッキー・シュロフ、サンジャイ・スーリーなどが出演している。

 舞台はウッタラーカンド州デヘラードゥーン。ミリー・ナウディヤール(ジャーンヴィー・カプール)は父親ニランジャン(マノージ・パーワー)と共に住む中産階級の女性だった。看護学校を卒業し、カナダで働くために英語の勉強をしながら、パシフィック・モールのドゥーンズ・キッチンでレジの仕事をしていた。ミリーにはサミール(サニー・カウシャル)という恋人がいたが、父親には内緒だった。

 サミールは無職だったが、デリーで仕事が見つかった。ミリーもIELTSでいい点数を取り、カナダでの仕事が可能になった。二人は最後のデートのつもりで出掛けたが、帰りに警察に捕まる。悪徳警官サティーシュ・ラーワト警部補はサミールに因縁を付け、彼が飲酒をしていたために署まで連行する。ニランジャンが呼ばれミリーを連れて行くが、父親は娘の行動に立腹し、彼女と話そうとしなかった。

 翌日、ミリーはドゥーンズ・キッチンで働くが、その帰りに冷凍室に閉じ込められてしまう。携帯電話は冷凍室の外に置いていたため連絡が取れなかった。ニランジャンは夜中を過ぎても娘が帰ってこないために心配し警察署に行くが、ラーワト警部補はまともに取り合おうとしなかった。サミールがミリーを連れてデリーに逃げたとの疑いが強まるが、サミールもミリーと連絡が取れないため心配になって帰ってきていた。

 冷凍室は-18度にまで気温が下がっていた。ミリーは生き残るためにいろいろな工夫をする。携帯電話の位置情報や同僚の証言などからミリーが冷凍庫に閉じ込められている可能性が浮上し、ニランジャンやサミールはドゥーンズ・キッチンに急行する。冷凍室を開けると床に倒れたミリーが発見される。まだ息があったため、急いで病院に運ばれ治療が行われる。命に別状はなかった。

 2010年代のヒンディー語映画は強い自立した女性を主人公にした映画がトレンドになったが、2020年代も引き続きその流れが続いている。「Mili」の主人公ミリーも、冷凍室に閉じ込められるというピンチに陥るが、父親や恋人が助けにきてくれるのを座して待つだけでの無力なヒロインではなく、何とか生き残ろうとあれこれ知恵を絞り、死に立ち向かおうとする強い女性であった。

 現代では携帯電話があるため、手元に携帯電話さえあれば、ある程度のピンチは切り抜けることができる。だが、今回ミリーは不運にも携帯電話と共に冷凍室に閉じ込められたわけではなかったため、完全な密室の中でのサバイバルになった。

 ミリーが閉じ込められて以来、冷凍室の気温はどんどん下がっていく。冷凍室にひたすら冷気を送り込む2つの扇風機は、単なる物体ではあるが、まるで冷徹な悪魔のように描出されていた。「2001年宇宙の旅」(1968年)のHALを思わせる描写方法だった。ミリーは何とかその扇風機を破壊しようとするがなかなかうまくいかない。そうこうしている内に彼女は負傷し、寒さによって身体が動かなくなり、精神的にも刻一刻と弱っていく。冷凍室に一緒に閉じ込められていたネズミが唯一の同志であったが、そのネズミもいつしか死んでしまっていた。

 「Mili」では、警察の対応のまずさも槍玉に上がっていた。ラーワト警部補は市民をいたぶるのが好きな性悪の警察官で、ミリーの捜索願を出しにきたニランジャンに対してものらりくらりとした態度で接していた。サイバー班からミリーの携帯電話の位置情報が送られてきても、それを上司に転送しようとしなかった。人命救助よりも個人的な感情を優先する悪い警官の象徴である。ただし、それ以外の警官は、サンジャイ・スーリーが演じたラヴィ・プラサード警部補など、有能な警官として描かれており、警察全体への批判が込められた映画ではなかった。

 近年のヒンディー語映画では父親像にも大きな変化があったが、ミリーの父親ニランジャンもその好例だ。ニランジャンは、娘に黙って喫煙をするが、すぐにばれてしまい、娘から叱られるという、あまり父親の威厳がない存在であった。しかしながら、父娘の関係は基本的に良好で、ミリーは父親のことをとても慕っていた。ただ、恋人サミールのことは父親には黙っていた。とはいっても、サミールが求職中で無職だったために紹介を渋っていただけで、何でも話せる仲になかったということは意味しない。

 ミリーはカナダで看護師として働くのを夢見ていた。ただ、彼女はヒンディー語ミディアムの学校で学んだため、英語が苦手だった。英語が苦手というと、ジャーンヴィー・カプールの母親シュリーデーヴィーが主演した「English Vinglish」(2012年/邦題:マダム・イン・ニューヨーク)を思い出す。おそらくミリーの役柄はシュリーデーヴィーへのオマージュも含まれていると思われる。ミリーはIELTSで合格点を取り、カナダ行きを実現する。ところが、一連の事件を経て、彼女はカナダ行きを止めて父親と一緒にデヘラードゥーンに残ることを決意する。インド人の大半は海外留学や外国での就職を望むが、「Mili」のように、インドに残ることを決めるインド人の物語というのも、コロナ禍を経て、インドが国力を付けてくる中で、増えていくのかもしれない。

 ジャーンヴィー・カプールは、冷凍庫に閉じ込められ、冷気に身体を蝕まれていく主人公を体当たりで演じた。元々演技力のある女優であるが、彼女の本気を見た映画であった。キャリアベストと評価していいだろう。

 ヴィッキー・カウシャルの弟サニー・カウシャルは今後伸びていきそうな男優であるが、今のところは主演男優というよりも「Mili」で演じたような準主役の役柄が中心となりそうだ。マノージ・パーワーは相変わらずの味のある演技であったし、彼の妻スィーマー・パーワーも端役ながら出演していた。サンジャイ・スーリーも渋い役で出演していた。さらにジャッキー・シュロフが一瞬だけ登場するが、これは大きなサプライズだった。

 「Mili」は、冷凍室に閉じ込められた女性が主人公のサバイバル映画である。もはやヒンディー語映画のヒロインは、ヒーローが助けにきてくれるのを待つだけではなく、自分で活路を切り拓こうとする強い女性でなければやっていけない。そんな現代的なヒロインをジャーンヴィー・カプールが熱演し、映画を完成させていた。興行的には成功しなかったが、決して悪い映画ではない。