ビパーシャー・バスの人気を決定付けたホラー映画「Raaz」(2002年)のヒット以来、ヒンディー語映画界では盛んにホラー映画が作られるようになった。残念ながらインドのホラー映画はまだ未熟で、日本のホラー映画のような精神的な怖さはない。映像と音響で観客を無理矢理怖がらせる類の原始的なものである。だが、ホラー映画をホラー映画として評価したらインドでは失敗するし、正確な評論もできない。インド人は愉快なことに、ホラー映画をコメディー映画として観ているのである。それはインドの映画館でホラー映画を観なければ理解できないだろう。そういう観点でインドのホラー映画を観ると、なるほどなかなかよくできたコメディー映画に見えてくる。特にラーム・ゴーパール・ヴァルマー監督がこのジャンルにこだわりを見せており、2008年8月22日公開の「Phoonk」も、ヴァルマー監督らしいホラー映画に仕上がっていた。
監督:ラーム・ゴーパール・ヴァルマー
制作:アーザム・カーン
音楽:アマル・モーヒレー
衣装:ナーヒド・シャー
出演:スディープ、アムルター・カーンヴィルカル、エヘサース・チャンナー、シュレーイ・バーワー、ジョーティー・スバーシュ、アシュヴィニー・カルセーカル、ケニー・デーサーイー、ガネーシュ・ヤーダヴ、リレット・ドゥベー、KKラーイナー、ザーキル・フサインなど
備考:PVRアヌパム4で鑑賞。
建設エンジニアのラージーヴ(スディープ)は、迷信を全く信じない無神論者であった。建設現場からガネーシュ神の姿をした石が発掘され、労働者たちが寺院を建てたいと申し出るが、ラージーヴはそれを認めなかった。ラージーヴは、妻のアールティー(アムルター・カーンヴィルカル)、10才の娘ラクシャー(エヘサース・チャンナー)、8才の息子ローハン(シュレーイ・バーワー)、母親(ジョーティー・スバーシュ)と共に暮らしていた。 ラージーヴは、マドゥ(アシュヴィニー・カルセーカル)とアンシュマン(ケニー・デーサーイー)をアシスタントとして使っていたが、ある日2人の不正が発覚する。ラージーヴは怒って公衆の面前で2人を罵倒し、会社から追放する。 その頃からラージーヴの身の回りでおかしな出来事が起こるようになる。家の庭に骨とライムが置かれていたり、マドゥとアンシュマンの後継者として採用したエンジニアが事故で死んだりした。特にラクシャーの様子がおかしくなった。急にどこかへ行ってしまったり、テスト中に男の声で笑い出して気を失ったりした。母親は黒魔術だと言うが、ラージーヴはそんな迷信を信じず、医者に診せる。Dr.パーンデーイ(KKラーイナー)は特に異常なしと診断するが、その後、両親の目の前でラクシャーは男の声でしゃべり、暴れ出す。精神科医のDr.スィーナー・ワールケー(リレット・ドゥベー)が呼ばれ、彼女は統合失調症だと診断する。 しかし、ラクシャーの様子はおかしくなるばかりだった。再び彼女は男の声でしゃべり出し、しかも宙に浮き始める。ラージーヴはラクシャーを急いで入院させるものの、遂に黒魔術だと認めざるをえなくなり、部下の勧めに従って、呪術師マンジャー(ザーキル・フサイン)に相談に行く。マンジャーは、ラクシャーを見た途端、黒魔術だと判断し、ラージーヴの家へ行く。そこで、黒魔術が行われた跡を明確に察知し、1人の男と1人の女が黒魔術を行い、1人の男が手助けしていると伝える。手助けしていたのは、ラージーヴの運転手であった。また、黒魔術を行っていたのは明らかにマドゥとアンシュマンであった。 ラージーヴはマドゥとアンシュマンの家へ直行する。そこではマドゥがラクシャーに黒魔術をかけており、最後の一撃を喰らわそうとしているところだった。ラージーヴはそれを止めるが、マドゥは魔力で持ってラージーヴを殺そうとする。だが、マンジャーの力によってマドゥは殺される。 その後、ラージーヴが病院に駆けつけると、ラクシャーは正気に戻っていた。
大袈裟な演出、効果的過ぎる効果音、アップを多用した凝ったカメラアングル、ストーリー上全く不必要なホラーシーンなどなど満載の、正真正銘ヴァルマー印ホラー映画。これはもはや独立したジャンルと考えてもいいだろう。ヴァルマー監督は我々に、「恐怖を笑う」という新たな楽しみを与えてくれている。
もし、鳥肌が立つような恐怖を求めるならば、「Phoonk」はオススメできない。だが、日本人には多少興味深いシーンもある。なぜなら、日本の呪術――丑の刻参りや藁人形など――とよく似た方法でインドでも黒魔術が行われていることが分かるからだ。
しかし、この映画でひとつだけ心の残ったポイントがあった。それは、迷信は自分の目で見るまでしか迷信でいられないこと、そして、迷信が迷信でないと知った者は、他人にそれを簡単に教えないことである。主人公のラージーヴは、神様、悪魔、黒魔術など全く信じていなかった。だが、娘の状態が変になり、それが解雇した部下たちによる黒魔術だと判明した後、彼は迷信を信じるようになる。ラージーヴは黒魔術をかけた張本人と戦い、何とか娘を救う。だが、そのとき病院に入院していた娘は、精神科医によって治療を受けていた。黒魔術師との戦いの後に病院を訪れたラージーヴは、娘が回復しているのを見てホッとする。娘と一緒にいた妻は、精神科医が娘を救ってくれたと信じ、それを夫に言う。ラージーヴは一瞬反論しようとするが、それを抑え、妻の言葉に相槌を打つ。このように、迷信は実際にそれを見た者の心の中でのみ真実として生き続けるのである。その主張こそが、ヴァルマー監督が観客の心に「恐怖」として植え付けたかった真の要素であろう。我々は、いつ迷信が実は迷信でないと気付くことになるか、分からない。それは突然やって来るかもしれない。
出演していた俳優はほとんど無名の人々ばかりである。ヴァルマー監督は、作品を完全に自己のコントロールに置くため、好んで無名の新人を起用する。有名スターだと自我が強いためにコントロールが難しいのである。今回はそれが功を奏していた。ちなみに、主演のスディープはカンナダ語映画の俳優で、妻役のアムルター・カーンヴィルカルはマラーティー語演劇界の女優である。どちらもヒンディー語映画界では全く知られていない。
「Phoonk」は、インド版の黒魔術映画であり、オカルトに興味のある人にとっては面白いだろう。ホラー映画として観るとがっかりするが、新手のコメディー映画として観れば、非常に楽しめる。