ラーム・ゴーパール・ヴァルマー監督は、ヒンディー語映画にホラーというジャンルを根付かせた立役者の一人であり、彼が監督した「Bhoot」(2003年)はヒンディー語ホラー映画最初期の好例である。ただ、あまりに多作すぎて、彼のひとつひとつの作品は雑になっていき、観客からも飽きられるようになってきた。
2012年10月12日公開の「Bhoot Returns」は、タイトル上では「Bhoot」の続編に見えるが、実際には前作と何のつながりもなく、家に取り憑いたブート(幽霊)が登場するホラー映画という点だけが共通している。キャストは、マニーシャー・コーイラーラー、JDチャクラヴァルティー、マドゥ・シャーリニー、アランニャー・シャルマー(子役)、バラト・ガネーシュプレー、ニティン・ジャーダヴ、クシャーンク・タークル(子役)などである。
公開当時は見逃しており、2022年11月20日にYouTubeで配信されていたものを鑑賞した。
舞台はムンバイー。タルン・アワスティー(JDチャクラヴァルティー)と妻ナムラター(マニーシャー・コーイラーラー)には、タマン(クシャーンク・タークル)とニンミー(アランニャー・シャルマー)という2人の子供がいた。また、使用人としてラクシュマン(ニティン・ジャーダヴ)を雇っていた。彼らは、とある家に引っ越してきた。前の住人は忽然と姿を消し、格安で次のテナントが募集されていたのだった。しかし、この家には幽霊が住んでいた。 この家に引っ越して以来、ニンミーは奇行を見せるようになる。シャッブーという架空の友達のことを頻繁に口に出すようになった。また、タルンやナムラターは夜中に異音を聞くようになる。タルンの妹プージャー(マドゥ・シャーリニー)が遊びにやって来てしばらく滞在するが、彼女も同様に異変を感じる。ラクシュマンは、家に幽霊がいるからお祓いをした方がいいと言うが、タルンは耳を貸さなかった。 ある日、ラクシュマンが姿を消す。タルンは、村に逃げ帰ったと考え、特に気にしなかった。ところが翌日にはニンミーも姿を消す。彼らは捜索願を出して警察を呼ぶが、ニンミーは見つからなかった。プージャーは家中に監視カメラを仕掛けていたが、そこには夜中に幽霊と遊ぶニンミーの姿が映っていた。しかしながら、それを見ても警察は真面目に取り合わなかった。 そこへ、ニンミーから電話が掛かってくる。ニンミーは上階にいるという。そこへ行ってみると、ラクシュマンの遺体があった。彼らは家から逃げ出そうとするが、戸や窓は全て閉ざされていた。まずはタマンが引き込まれ殺される。そしてニンミーが現れるが、変わり果てており、自分をシャッブーと名乗った。シャッブーに取り憑かれたニンミーはタルンを包丁で刺し、次にナムラターも殺そうとする。だが、プージャーはニンミーにケロシンを掛け、タルンに火を付けさせる。タルン、ナムラター、プージャーは家から逃げ出す。
幽霊映画は、映像的に幽霊の姿を見せるか否かで大きく味付けが異なってくる。「Bhoot Returns」は基本的に幽霊の姿を出さないまま進行するタイプのもので、観客の想像力をかき立てるタイプのホラー映画になっていた。このタイプのホラー映画は、実際に幽霊を見せて怖がらせるタイプのホラー映画よりも、ボディーブローのように怖さが募ってくるものだ。
ただ、夜中に家の中を人が歩くところなど、特定のシーンが延々と映し出され、中にはほとんど無意味なものもあった。一定程度までは、そういう何でもないシーンが逆にとてつもなく怖いのだが、中盤くらいまでは大きな出来事もなく、それが何度も何度も繰り返されるため、だんだん慣れて来てしまって、感覚が麻痺してくる。元々この映画は3D映画として作られているため、もしかしたら3Dで観たらそれらの映像からはもっと違った印象を受けるのかもしれない。音響に凝っているのはYouTubeでの鑑賞でも分かった。時計の針の音や足音など、日常的な音が大きめに再生され、強調されていたが、こういうのが後々余韻として残る。
ホラー映画に後味の良さを求めるのは間違っているかもしれないが、「Bhoot Returns」はホラー映画の中でも特別後味の悪い映画だった。その理由は2つ挙げられる。ひとつは、子供が殺されてしまうことである。アワスティー家は、父親、母親、長男、長女の4人家族で、使用人が1人おり、しかも子供たちの叔母にあたる若い女性も一時的に一緒に住んでいた。この中で最後まで生き残ったのは父親、母親、そして叔母の3人である。長男は殺され、長女は幽霊に取り憑かれたままになってしまった。子供が出て来るホラー映画で、子供が全員犠牲になって終わるという結末は、最悪の後味である。
また、長女ニンミーに取り憑いたシャッブーという幽霊が、なぜ幽霊になり、何を求めていたのかが全く説明されていなかった。普通のホラー映画では、幽霊の身の上も明かされるものだ。そこに悲劇などを盛り込んで映画を重層的に演出すると同時に、人々を襲う正当性を加えて、観客を納得させるのが常だが、「Bhoot Returns」ではそのような配慮はなされておらず、幽霊の来歴は謎のまま終わる。よって、なぜこのようなことが起こっているのか、映画を見終わった後も分からない。とてももどかしい。
もっとも、ラーム・ゴーパール・ヴァルマー監督の映画は、こういう観客を突き放すようなものが多く、RGV監督らしいといえばそうなる。RGV映画といえば、奇をてらったカメラワークにも特徴がある。今回もいくつか斬新なカメラワークが見られたが、どちらかといえば定点からの撮影が多かった。これが、幽霊がじっと登場人物を睨んでいる様子を表現したかったのだと思われる。
キャストの中ではマニーシャー・コーイラーラーの起用が目を引く。ネパール人ながら、1990年代からヒンディー語映画界のトップ女優の一人として活躍してきており、2010年前後には既にヒロイン女優としての最盛期は過ぎていたものの、依然として活発に出演していた。「Bhoot Returns」では、娘の奇行に過敏に反応する神経質な母親を迫真の演技で演じていた。マニーシャーはこの映画の公開後に癌に冒されていることが分かり、手術と治療のためにしばらく銀幕から遠ざかる。その後、手術のおかげで癌は完治し、映画への出演も再開しているが、この映画は彼女の癌発症前の最後の作品になる。
幽霊に取り憑かれるのは6歳の女の子という設定であり、子役の配役にもっとも気を遣う映画だったと思われる。ニンミーをアランニャー・シャルマー、その兄のタマンをクシャーンク・タークルという子役俳優たちが演じているが、可もなく不可もなくという感じだった。その後、彼らが別の映画に出演した形跡もない。
「Bhoot Returns」は、多くのホラー映画を撮ってきたラーム・ゴーパール・ヴァルマー監督が作った幽霊映画である。敢えて幽霊の姿を見せないという手法で作られた、高度な部類に入るホラー映画ではあるが、時間稼ぎをしているような冗長なシーンが多く、後味のいいストーリーにもなっていない。無理して観る必要はない。