ネパール映画は全く射程外だったが、もしかしたら近年レベルが上がっているのかもしれない。2022年9月23日公開の「Prem Geet 3」は、初のインド・ネパール合作であり、ネパール映画史上最大の製作費を掛けて作られた大作である。ネパーリー語版とヒンディー語版が公開された。2022年9月25日、名古屋のミッドランドスクエアシネマにて、SpaceBox主催の自主上映会でヒンディー語版を鑑賞した。
監督はチェータン・グルング。元々脚本家として映画に関わってきており、「Damaru Ko Dandibiyo」(2018年)で監督デビューをした。「Prem Geet 3」は彼にとって監督2作目だ。しかしながら、2020年に死去しており、この映画は彼の遺作になった。監督が死ぬ直前の2020年4月には公開可能になっていたが、コロナ禍により何度も延期となり、2022年にようやく公開になった。
キャストはプラディープ・カドカー、クリスティーナ・グルング、シヴァ・シュレーシュタ、スニール・ターパー、サントーシュ・セーンなど。
主演のプラディープ・カドカーは、「Prem Geet」(2015年)の大ヒットで一躍有名になり、ネパール映画界を代表するスターに成長した。続編「Prem Geet 2」(2017年)でも引き続き主演を務め、ヒットを飛ばし、この第3作につながっている。シヴァ・シュレーシュタは「ネパール映画界のアクション王」と呼ばれるベテラン俳優で、パーキスターン映画で活躍した時期もあった。スニール・ターパーもネパール映画界を代表する俳優であり、過去には「Mary Kom」(2014年)など、数本のヒンディー語映画にも出演している。つまり、製作費だけでなく、ネパール映画界の人材の総力を結集して作られている。
ところで、「Prem Geet」シリーズは、主演がプラディープ・カドカーであることと、主役の男女がプレームとギートという名前であること以外は、ストーリー上のつながりはないようだ。作品ごとに監督も異なるし、ヒロインも違う。よって、「~3」から観ても特に問題ない。
7つの村を恐怖政治によって支配するダルガーのユドヴィール王(シヴァ・シュレーシュタ)には、アマン(サントーシュ・セーン)とプレーム(プラディープ・カドカー)という二人の息子がいた。どちらも有能な青年に育っており、ユドヴィール王はどちらを後継者にすべきか悩んでいた。だが、次男のプレームの方により愛情を注いでいた。 アマンとプレームの命を狙う覆面の刺客たちが現れ、プレームはその調査に出る。彼が立ち寄った村には、ギート(クリスティーナ・グルング)という利発な女性がいた。プレームは子供の頃にギートと出会っており、ずっと彼女のことを想い続けていた。ギートも、突然現れた男がプレームだと気付き、二人の間に恋が芽生える。 だが、プレームが村に現れた覆面の刺客たちを殺したことで、ギートは彼の存在が村の平和を脅かすと感じ、彼を避けるようになる。一旦、ダルガーに戻ったプレームは、ダルガーの中に裏切り者がいると宣言する。ユドヴィール王はハージーがその裏切り者だと特定する。ハージーは息子に殺される。 ユドヴィール王は、友好関係にあるナーカーの王の2人の娘を息子たちと結婚させようとする。だが、ギートとの結婚を誓っていたプレームはそれを拒否し、王子の地位を投げ打って、ギートの村に住み始める。そして、ユドヴィール王に反旗を翻すが、ユドヴィール王はプレームに対して強硬姿勢は取らず、逆に彼を後継者に任命する。 怒り狂ったアマンは、ユドヴィール王を殺し、ギートも殺す。負傷したプレームはしばらく意識を失うが、目を覚ました後はダルガーに乗り込む。彼は、ギートが妊娠していたことも知らされる。プレームとアマンは死闘を繰り広げ、最後にはプレームがアマンを倒す。そしてプレームはギートの遺体を抱え、天国へつながるという山の頂を目指す。
架空の中世を舞台にした、王家における兄弟間の確執を描いたドラマであり、そして王子と村娘の間のロマンスでもあった。全体的な雰囲気は、「Baahubali: The Beginning」(2015年/邦題:バーフバリ 伝説誕生)や「Baahubali 2: The Conclusion」(2017年/邦題:バーフバリ 王の凱旋)などの強い影響を感じる。ただし、ネパール映画史上最大の製作費を掛けて作られたとはいっても、やはりネパール映画レベルなので、例えば大量のエキストラを動員した戦闘シーンのような大規模なシーンはない。それでも、ネパール映画の自信や野望を感じさせる、価値ある一作であった。
ほぼ全編、ヒマーラヤ山脈奥地のマナーングで撮影されている。控えめに言っても絶景であり、その手つかずの雄大な自然が、中世を舞台にしたこの映画の世界観創出に多大な貢献をしていた。劇中に登場する山村も、とてもセットとは思えない。おそらく今でも昔ながらの生活をしている村が存在し、それをうまく活用して撮影が行われたのだろう。
中世のアクション映画なのでいろいろな武器が登場するのだが、興味深かったのは、近接攻撃用の武器として斧が使われていたことである。斧というと無骨な印象があるのだが、「Prem Geet 3」では、王族から兵士まで一律に斧で攻撃をしていた。ネパールでは斧での戦闘が標準なのだろうか。ネパールのゴールカー兵の武器として有名なのは「ククリー」と呼ばれる湾曲ナイフだが、意外なことにククリーは一度も登場しなかった。
題名は「愛の歌」とも読め、ロマンス主体の映画だと期待されるが、実際には王位を巡る兄弟間の戦いに帰結しており、その中で愛は犠牲になってしまう。ヒロインのギートがヒーローの兄アマンに容赦なく殺されてしまうのである。しかもギートは身籠もっており、その子供共々死んでしまう。ヒロインを死なせるという大胆な展開には思い切りの良さを感じたが、ロマンス映画としては後味の悪いものになってしまっていた。兄弟間の確執も、気持ちのいい形で終わっていない。もしかしたら、インドとの国民性の違いが出ているのかもしれない。
ヒーローのプレームを演じたプラディープ・カドカーは、ネパール映画界を背負うスターとしての貫禄があり、堂々とした演技をしていた。彼はおそらく、今まで都会的なロマンティックヒーローを得意としてきたはずで、今回はかなり荒々しいビジュアルに挑戦した。今後も伸びていきそうな俳優である。
ヒロインのクリスティーナ・グルングはオーディションで選ばれており、映画での演技は初である。それを感じさせない演技だった。
南アジアの映画は、ヒンディー語映画などの影響で、ダンスシーンやソングシーンが入る傾向にある。ネパール映画も同様で、「Prem Geet 3」でもいくつかダンスシーンやソングシーンが入る。ヒンディー語版ではちゃんとヒンディー語の歌詞が載っていた。ただ、ヒンディー語版とネパーリー語版の挿入歌を見比べてみると、歌手も作曲家も異なるため、もしかしたら全く別の曲になっているかもしれない。
「Prem Geet 3」は、初のインド・ネパール合作かつ、ネパール映画史上最大の製作費を掛けて作られたエピックアクション映画ということで、話題に事欠かない映画だ。ネパールの他にインドなどでかなり大規模に公開されており、サプライズヒットとなっているようである。今後、ネパール映画も勢いづいてくるかもしれない。