2021年1月14日からZee5で配信開始された「The Power」は、ムンバイーを舞台に繰り広げられるマフィア同士の抗争を下敷きに、ロマンスやアクションを詰め込んだ娯楽作である。ヒンディー語映画界で曲者俳優として活躍するマヘーシュ・マーンジュレーカルがストーリー構想と監督をしており、出演もしているが、それ以上に、ヒンディー語映画界の影のアクションヒーロー、ヴィデュト・ジャームワールが主演していることが注目される。
ヒロインはシュルティ・ハーサン。タミル語映画界の大スター、カマル・ハーサンの娘だが、意外に大衆向けの娯楽作にも好んで出演している。
他に、ザーキル・フサイン、サチン・ケーデーカル、ソーナール・チャウハーン、ジーシュー・セーングプター、メーダー・マーンジュレーカル、プラティーク・バッバル、ムルンマイー・デーシュパーンデー、スダーンシュ・パーンデーイ、ユヴィカー・チャウダリー、サリール・アンコーラー、サミール・ダルマーディカーリー、チェータン・ハンスラージ、アハム・シャルマーなどが出演している。渋い個性派俳優を取り揃えており、マーンジュレーカル監督のセンスが光っている。
ムンバイーのアンダーワールドを支配するタークル家の首領カーリダース(マヘーシュ・マーンジュレーカル)の息子デーヴィーダース(ヴィデュト・ジャームワール)は、母親の誕生日を祝うために久しぶりにシンガポールから帰ってきていた。カーリダースにはアンワル(ザーキル・フサイン)という忠臣がおり、デーヴィーダースはその娘パルヴィーン(シュルティ・ハーサン)と恋仲にあった。 カーリダースの旧友ラーナー(サチン・ケーデーカル)は、いつかカーリダースの王座を手にしようと画策していた。カーリダースの娘ラトナー(ムルンマイー・デーシュパーンデー)と結婚したランジート(プラティーク・バッバル)もいつかカーリダースを追い落とそうとしていた。ランジートの姉妹であるシャイラー(ユヴィカー・チャウダリー)は、デーヴィーダースの兄弟ラームダース(ジーシュー・セーングプター)の妻であったが、彼女はデーヴィーダースがパルヴィーンと付き合っていることを面白く思っていなかった。 あるとき、フランシス・デコスタ(サミール・ダルマーディカーリー)とファキーラー(チェータン・ハンスラージ)が麻薬の密売をカーリダースに持ちかけてきた。カーリダースは違法な稼業に手を染めていたが、麻薬密売には手を出さないというポリシーを貫いており、彼らのオファーも断る。2人はカーリダースが存命の限り、ムンバイーで麻薬ビジネスはできないと考え、彼を暗殺しようとする。カーリダースは刺客に襲撃され、一命は取り留めるものの、昏睡状態に陥る。 カーリダースの意識が戻らない間、デーヴィーダースがドンの業務を代行する。彼は単身、デコスタとファキーラー、そして共謀者になっていた警察官僚を殺害し、警察から追われる身になる。また、デーヴィーダースはパルヴィーンとの結婚をすっぽかしており、しかもアンワルが裏切りの濡れ衣を着せられて殺されたことで、パルヴィーンはタークル家を皆殺しにすることを誓う。ただ、パルヴィーンはデーヴィーダースの子供を身籠もっていた。ラーナーは、自分の息子ボビーをパルヴィーンと結婚させる。 意識を取り戻したカーリダースは、警察に多額の賄賂を支払うことでデーヴィーダースを無罪放免とし、デコスタの弟ロッキー(スダーンシュ・パーンデーイ)と和解に乗り出す。ロッキーはデーヴィーダースへの復讐に燃えていたものの、ラーナーの取りなしにより、何とか和解は成立する。カーリダースは違法なビジネスから足を洗い、政界進出を模索するようになるが、マフィアのドンの地位を狙っていたランジートは反発し、ラームダースを惨殺する。アンワルを暗殺したものランジートであった。それを知ったデーヴィーダースはパルヴィーンに電話をし謝罪をする。 ラームダースの追悼会においてラーナーはタークル家を根絶やしにしようとし、それにランジートも協力する。だが、そこでカーリダースやデーヴィーダースは助かる。ラーナーやロッキーは再びデーヴィーダースを殺そうとするが、デーヴィーダースの罠にはまり、ロッキーは殺される。それに対してラーナーは、ボビーを殺してパルヴィーンの息子イシャーンを誘拐し、デーヴィーダースが実行したと思わせる。パルヴィーンはデーヴィーダースを襲撃するが、実は全てはラーナーが仕組んだことだと発覚する。デーヴィーダースは傷つきながらもラーナーを殺し、パルヴィーンを助けて息を引き取る。また、ランジートもカーリダースの目の前で妻ラトナーに殺される。
劇中で時代が明示されていなかったが、登場人物が携帯電話を利用していない一方で、衛星電話は存在したため、1990年代だと思われる。その時代のムンバイーにおけるマフィアの抗争を描いた映画である。マフィア映画にありがちなことだが、米映画「ゴッドファーザー」シリーズから多大な影響を受けており、マヘーシュ・マーンジュレーカル演じるカーリダースは正にゴッドファーザー的存在、そして彼が家父長を務めるタークル家は正にコルレオーネ家であった。また、その息子デーヴィーダースは、マフィアの道に入らず、シンガポールに住んでいた。この点も「ゴッドファーザー」シリーズでアル・パチーノが演じたマイケルを想起させる。ただ、デーヴィーダースは帰郷中に抗争に巻き込まれ、父親に代わるマフィアのドンに変貌していく。
カーリダースはポリシーを持ったマフィアであり、賭博や不動産などでは儲けていたが、社会を堕落させる麻薬には反対の立場であった。そこに、麻薬で大儲けを狙うマフィアが登場し、共に麻薬密売で儲けようと儲け話を持ちかけてきたことで、物語が動き出す。カーリダースはそのオファーを拒絶するが、カーリダースがいる限りはムンバイーで麻薬ビジネスができないと考えたライバルたちが彼の暗殺を画策するのである。
本格的に抗争が始まったことで、暗殺、銃撃戦、裏切りなどが起こり、両陣営の人が次々に死んで行くのだが、その中で最大のドラマになっていたのは、デーヴィーダースとパルヴィーンの関係だった。パルヴィーンは、カーリダースの忠臣アンワルの娘で、デーヴィーダースの恋人であり、二人の仲は半ば両家の公認状態でもあった。しかも、二人は結婚直前であった。しかし、結婚の当日にカーリダース暗殺未遂事件が起き、アンワルが裏切ったとされて殺されたことで、デーヴィーダースとパルヴィーンの関係は崩壊する。そしてパルヴィーンは、タークル家を皆殺しにすることを誓う。皮肉なことに、彼女のお腹にはデーヴィーダースの子供がいた。つまりそれはタークル家の新世代であった。
題名の「The Power」とは、映画序盤にタークル家が保有していた絶対的な権力のことを指していると考えていいだろう。だが、その権力を狙う人々がタークル家の内外に現れ、結託してタークル家の力をそいでいく。それに対し、頭脳明晰で圧倒的な戦闘力を持つデーヴィーダースが、その企てを打ち砕いていく。ただ、最後にはデーヴィーダースはパルヴィーンを守りながら絶命する。
非常に長大な物語を2時間半に無理矢理詰め込んだような印象を受けた。登場人物が多く、人間関係が複雑に絡み合っており、しかもいくつもの重大な事件が起こる。だが、ひとつひとつの事件が非常に簡潔にしか描写されておらず、物語はハイスピードで進んでいく。特に終盤は展開が早すぎて付いて行けない。一本の映画にまとめるよりも、数部作にするか、もしくはウェブシリーズのような連続ドラマ形式で映像化した方が良かったかもしれない。
力のある俳優が揃っているため、演技は一級品だった。監督も務めるマヘーシュ・マーンジュレーカルの貫禄あるドンの演技は最高であったり、主演ヴィデュト・ジャームワールも光っていた。シュルティ・ハーサンも、主人公を愛しながらも復讐のターゲットにするという、非常に重層的な役で起用されており、実力を存分に発揮していた。他にも、ザーキル・フサイン、ジーシュー・セーングプター、サチン・ケーデーカル、プラティーク・バッバルなどが好演していた。
ムンバイーを舞台にしたマフィア映画となると、ダーウード・イブラーヒーム率いるDカンパニーが主題になることが多かったのだが、この「The Power」からはダーウードとの関連性を見出すことができなかった。その点ではヒンディー語映画界においてユニークなマフィア映画かもしれない。
「The Power」は、個性派俳優マヘーシュ・マーンジュレーカルが、個性派俳優を集めて作った重厚なマフィア映画である。長大なストーリーを無理矢理短くまとめてしまったがために味わいが減ってしまっていたが、俳優たちの演技は素晴らしかった。完成度は高くないものの、もっと評価されていい作品である。