海外に住むインド人のことをNRI(在外インド人)と呼ぶが、NRIが作ったNRIの映画が流行した時代があった。「Bend It Like Beckham」(2002年/邦題:ベッカムに恋して)や「American Desi」(2002年)がその代表である。その後も時々NRI映画は作られていたのだが、インド系移民2世の若者がインド文化と現地文化の狭間で葛藤するという内容にあまり変化がなく、インド本国ではすぐに廃れてしまった記憶がある。
2022年8月4日からNetflixで配信された米国映画「Wedding Season」も、そんなNRI映画の一種に含めていいかもしれない。米国ニュージャージー州に住むインド系移民2世たちが主人公の、英語の映画である。親から結婚を強要されるという点では進化がないが、インド文化を拒絶したり、白人から差別を受けたりするような場面はなく、だいぶ時代は変わったとも感じられる作品であった。
ただし、監督は米国人映画監督のトム・デイであり、NRIではない。おそらくインドとはあまり接点のない人物だ。しかしながら、脚本はインド人女性シワーニー・シュリーヴァースターヴァである。主演は、「Lion (Australia)」(2017年/邦題:ライオン)や「Hotel Mumbai」(2018年/邦題:ホテル・ムンバイ)に出演していたインド系オーストラリア人女優パッラヴィー・シャールダーと、「Life of Pi」(2012年/邦題:ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日)でデビューしたスーラジ・シャルマー。他に、リズワーン・マンジー、アリアナ・アフサール、ショーン・クライアー、ヴィーナー・スード、マノージ・スードなどが出演している。
日本語字幕付きで配信されており、邦題はそのまま「ウェディング・シーズン」になっている。インドで「ウェディング・シーズン」といったら10月~12月くらいのことを指すが、この映画が具体的にどの季節のことをいっているのかはよく分からなかった。
舞台は米国ニュージャージー州。経済学者ヴィジャイ(リズワーン・マンジー)とその妻スニーター(ヴィーナー・スード)の娘アーシャー(パッラヴィー・シャールダー)はインド系移民2世で、東南アジアの恵まれない女性を援助する少額融資機関に勤めていた。スニーターは勝手にオンライン婚活サイトにアーシャーのプロフィールを登録してまでして彼女の結婚相手を見つけようとしていた。スニーターが見つけたのは、ラヴィ(スーラジ・シャルマー)というMIT卒の起業家だった。アーシャーは仕方なくラヴィとお見合いをするが、会ってすぐに強制されたお見合いだと明かし、二人は別れる。 ラヴィもインド系移民2世であり、両親はインド料理レストランを経営していた。ラヴィも両親から結婚するように急かされており、婚活サイトのプロフィールも両親が勝手に載せたものだった。 その後、アーシャーはラヴィと会う機会が何度かあり、お互い似た境遇にあることに気付く。そして、親からのプレッシャーをはねのけて仕事に集中するため、付き合っている振りをすることを提案する。二人は偽のカップルとして、インド系コミュニティーの結婚式に出席するようになる。 アーシャーとラヴィの両親は、遂に二人が結婚してくれそうになり大喜びする。だが、アーシャーは仕事で成功し、ロンドンに栄転することになった。それを知った親たちは早く婚約するように言うが、ラヴィは怒って秘密をばらしてしまう。実はラヴィはMITを中退しており、DJをして生計を立てているのだった。ただ、資産は持っていた。Facebookの株を持っていたため、それで一財産築いたのだった。アーシャーにとって、それはどうでもいいことだったが、実はラヴィが彼女の仕事の成功を裏でお膳立てしていたことも分かってしまい、それにショックを受けて、彼と離れることにする。 ところで、アーシャーの妹プリヤー(アリアナ・アフサール)は白人のニック(ショーン・クライアー)と結婚しようとしていた。アーシャーは二人の結婚式に出席し、結婚を前にマリッジブルーに陥っているプリヤーに対して「心の声を聞いて」と助言する。それを聞いてプリヤーは気を取り直すが、アーシャー自身も勇気づけられ、ラヴィに謝罪する。結婚式ではサプライズとしてラヴィがDJとして呼ばれており、彼は皆の前で学歴を詐称していたことを明かす。そしてアーシャーに謝る。アーシャーとラヴィはそのまま二人で式場を後にする。
インドっぽいモチーフが並べられていたが、インド映画の文法で作られた映画ではなかった。インド映画とは似て非なるNRI映画に分類するのがやはり正しいだろう。結婚を強要される若い男女が付き合っている振りをしている内に恋に落ちてしまうという前半の流れは完全にインドのロマンス映画の定番なのだが、監督の国籍が異なるとこうも味付けが異なってくるものかと感じる。悪く言ってしまえば、登場人物の言動がインド人っぽくない。これはウェブドラマ「ミズ・マーベル」(2022年)でも感じたことだ。ただ、あくまで米国映画であるし、米国在住のインド人は本当にこんな感じかもしれないので、その点はNRI映画の特徴として捉えておけばいいだろう。
インド映画を見慣れた者からしたら、「Wedding Season」で描かれていた結婚式は非常にラディカルなものだった。インド人とユダヤ人が結婚したり、イスラーム教徒とヒンドゥー教徒が結婚したりするのである。インド映画がそれを扱うとしたら、ひとつひとつ非常にヘビーなテーマになるのだが、この「Wedding Season」ではあっさりと流してしまっていた。
主人公アーシャーとラヴィの結婚については、宗教、人種、カーストなどの差が立ちはだかることはなかったのだが、アーシャーの妹プリヤーはインドにかぶれた変な白人と結婚していた。カーストについては、アーシャーの母親スニーターが昔の恋人と結婚できなかった理由として言及されていたが、取って付けたような理由付けだった。
また、米国のインド系移民社会では、結婚式が出会いの場、社交の場になっている様子がうかがわれた。アーシャーとラヴィは、結婚式に共に出席することで世間に付き合いが順調に行っていることを示していた。
この映画で面白いのは、主要な登場人物が皆、嘘を付いているか、嘘の自分を演じていることである。アーシャーは「家事が大好きな普通の女の子」としてお見合い相手に会っているし、ラヴィは「MIT卒の起業家」という嘘をつき通していた。アーシャーとラヴィは両親からの結婚圧力をかわすために付き合っている振りをするが、これも嘘であった。また、ラヴィはFacebook株で築いた資産を使って、両親のインド料理レストランを密かに資金援助し、アーシャーのキャリアに関わる重要な案件にもこっそり手を差し伸べていた。最終的に、ラヴィのこのお節介がアーシャーの自尊心を傷付け、二人の間に亀裂が走ることになる。
アーシャーとラヴィのその後は明示されない。アーシャーは父親と母親から別々の助言を受ける。父親からはロンドンへ行って仕事上の成功を追い求めるように励まされ、母親からはラヴィがたとえMIT卒でなくても彼女を愛していることには変わりがないと言って彼と結婚するように勧める。アーシャーはラヴィと仲直りまではしただろうが、果たして彼女が仕事を選んでロンドンへ行ったのか、それとも米国に残ってラヴィと結婚したのか、分からない。ただ、何となくアーシャーはロンドンで仕事をしながら、DJとして世界中を飛び回るラヴィとたまにデートをするというグローバルなカップルになっているような気がする。
「Wedding Season」は、ヒンディー語映画界でも活躍する国際はのインド人及びインド系移民俳優たちが出演しており、脚本もインド人が書いているが、あくまで米国人監督が撮った米国映画なので、インド映画とは似て非なる作りになっている。米国インド系移民コミュニティーの結婚観や在り方についても多少の疑問は感じた。だが、20年前に一時期流行したNRI映画の進化形を思わせる内容であり、それはそれとして楽しめる映画である。