2010年3月28日公開の「Ashok Chakra: Tribute to Real Heroes」は、2008年11月26日に発生したムンバイー同時多発テロ事件、いわゆる26/11事件を扱った映画である。事件から1年余りしか過ぎていない中で、もっとも早くこの事件を映画化した作品だ。
題名の「Ashok Chakra」とは、インド国旗の中心に置かれた法輪のことを指すが、ここでは同名の勲章の意味の方が強い。アショーク・チャクラ勲章は、平和時に戦場において勇敢に戦って国防に貢献した人物に授与される勲章である。ムンバイー同時多発テロ事件では何人もの警察官が殉職しており、特に功績のあった4人の警察官にこのアショーク・チャクラ勲章が授与されている。映画「Ashok Chakra」は、殉職した警察官を「真の英雄」として追悼する目的で作られた愛国主義映画である。
監督は新人のSPムネーシュワル。キャストは、ラージャン・ヴァルマー、サンディープ・ムンデー、スデーシュ・ベリー、アルン・バクシー、ミリンド・グナージー、エヘサーン・カーン、アヴタール・ギル、ムシュターク・カーン、ホーミー・ワーディヤー、アミト・ベヘル、アーディ・イーラーニー、アショーク・サマールトなどである。
2008年11月26日、10人のテロリストがムンバイーに上陸し、各地でテロ事件を起こした。彼らは重武装しており、市民の無差別殺戮を行った。映画は、テロリストに立ち向かった5人の警察官、アジャイ・サルガーオンカル、スマント・カーレー、スレーシュ・アムテー、プラシャーント・シンデー、トゥラーラーム・アントゥレーを主人公にしている。
一方、このとき唯一生け捕りにされたテロリスト、アジマル・カサーブをモデルにしたアサーブが悪役になっており、ラージャン・ヴァルマーが演じてる。アサーブが実働部隊のテロリストを率いており、生け捕りにされた後は尋問を受け、テロに加担するようになった理由を自白している。
ムンバイー同時多発テロを計画したのは、主にラシュカレ・タイイバ(LeT)やジャイシェ・ムハンマド(JeM)だとされている。LeTやJeMはパーキスターンを拠点にしたイスラーム教過激派テロ組織で、前者はハーフィズ・ムハンマド・サイードやザキーウッレヘマーン・ラクヴィーによって、後者はマスード・アズハルによって創立された。「Ashok Chakra」には、ムンバイー同時多発テロ事件の黒幕として、アブー、チャーチャー、ナクヴィーという3人が登場したが、彼らは上記のテロリストたちをモデルにしていると思われる。
アジマル・カサーブの死刑が実行されたのは2012年11月21日であり、この映画の公開時にはまだ生きていたことになる。よって、カサーブは実名ではなく「アサーブ」になっていたのだと思われる。テロの真相よりも、殉職した警察官を讃えるために急いで作られた映画という印象で、ストーリーはないに等しく、淡々と事件の内容が大袈裟な演技によって説明されていく。主人公のはずの5人の警察官についても個性がなく、ただ単に次々にテロリストの手に掛かって殺されていくだけの存在だ。
さらに、予算がよほど限られていたのだろう、ムンバイー同時多発テロ事件の全貌を描き切れておらず、例えばタージマハル・ホテルでの攻防戦は映像では全く取り上げられていなかった。中心になっていたのはチャトラパティ・シヴァージー・ターミナス(CST)での殺戮であるが、それについてもかなりスケールダウンした映像であった。正直言って、素人の域を出ない作品である。
「Ashok Chakra: Tribute to Real Heroes」は、2008年11月26日に発生したムンバイー同時多発テロ事件を映画化したもっとも早い作品である。何しろまだアジマル・カサーブの死刑が執行される前に公開されているのだ。しかしながら、素人がかなり急いで作り上げたような雑な映画であり、鑑賞するに耐えない出来である。観るだけ損の映画ではあるが、26/11事件に関連する映画の一本ということで、映画史の片隅に名前だけ残って行くことになるだろう。